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93、来訪(1)
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ひやりと冷たい空気が心地よい。
リルはぐんっと伸びをしてから、しゃがみこんで雑草引きを始める。朝食後、涼しい午前の内に畑仕事をし、午後から魔法の勉強をするのが最近のリルの日課だ。
枯れた花がらを摘んで、熟れた作物を収穫する。穫れる野菜が増えたことで、料理のバリエーションも広がった。魔法使いの大樹の家は、彼女が来た当初よりよほど快適に暮らせるようになっていた。
(……といっても、私に住みやすいだけなんだけど)
百年以上質素すぎる暮らしを続けてきたスイウには、最近の変化がどう映るのかは疑問だ。文句は言われないから、きっと容認はしているのだと思うが。
「もうちょっといろいろリアクションして欲しいんだけどなぁ」
ぼそっと独りごちると、
「なんか言ったか?」
足元から高い声が返ってきた。そこには愛らしい黒狐の幼獣がいて、前足で熱心に土を掻いている。
「ううん、なんでも」
リルは笑って誤魔化した。
「ありがと、ノワ君。それくらいでいいよ。たくさん掘り返してくれたから、いっぱい種が蒔けるよ」
新しい農地を開墾してくれたノワゼアにお礼をいうと、彼は誇らしげにふんぞり返る。
「任せておけ。穴掘りは我の特技だ!」
流石、狐。霊獣でもその習性は活きている。
「最近ノワ君毎日来てるね」
瓜の種を蒔きながら、リルが言う。以前は数日置きにふらりと現れていたが、今は朝から夕食の時間までいる。
「それはそうだ。有害生物が近くにいるんだ。目を光らせておかねばな」
「有害って……」
ノワゼアの赤い瞳が睨む先には、チュニック姿の若者が剣の素振りをしているのが見える。額を伝う汗すら爽やかな青年は、神殿騎士のジェレマイヤーだ。彼はリルの視線に気づくと、屈託のない笑顔で手を振ってくる。思わずリルが片手を上げると、
「こら、振り返すな! 浮気者!」
すかさずノワゼアがしがみついて手を下ろさせる。
「……浮気じゃないし、ただの挨拶だし」
この子狐、存外嫉妬深い。
「あの居候、いつまでタダメシを食う気だ? ずうずうしい」
「そろそろ帰るとは言ってたけど。毎日三食食べてるのはノワ君も変わらないんじゃない?」
「我はちゃんと食材を持参しておる! あいつと一緒にするな!」
「昨日のステーキの鹿はジェレマイヤーさんが獲ってきてくれたんだけど……」
「むきー! 世話になってるんだから、狩りに行くくらい当然だろう! そして肉に罪はないから食う!」
「……はいはい」
リルが駄々っ子の子狐をいなしていると……、
「っ!?」
不意にくらりと平衡感覚が狂い、よろめいてしまう。異変を感じたノワゼアも、リルを背にかばうように立つと、頭を低くして唸り声を上げ始める。
大樹の家のドアが開き、自室に籠もっていたスイウも外に出てきた。
「来たか」
呟く魔法使いの視線の向こうには、地面に膝をついて頭を垂れるジェレマイヤーの姿があった。そして……。
神殿騎士の付近の景色が揺らいだ。
「え?」
目がおかしくなったのかと何度も瞬きするリルの前で、景色の揺らきが徐々に大きくなり、ねじ曲がって……やがてデタラメに絵の具を混ぜたような渦になった。その渦の中心がゆっくりと開くと同時に、景色が元に戻っていく。
「な……に?」
今見ている光景なのに、現実味がない。
やがていつもの静かな森に戻った頃には……景色が歪んだはずの場所に、一人の少女が立っていた。
年はリルより少し下の十五、六歳か。
膝まで伸びた真っ直ぐな金髪に青い瞳、真っ白な絹のローブを身に纏った彼女は――
「よくお越しくださいました。聖女様」
――感極まった声で肩を震わせる神殿騎士に、その正体は明らかだった。
リルはぐんっと伸びをしてから、しゃがみこんで雑草引きを始める。朝食後、涼しい午前の内に畑仕事をし、午後から魔法の勉強をするのが最近のリルの日課だ。
枯れた花がらを摘んで、熟れた作物を収穫する。穫れる野菜が増えたことで、料理のバリエーションも広がった。魔法使いの大樹の家は、彼女が来た当初よりよほど快適に暮らせるようになっていた。
(……といっても、私に住みやすいだけなんだけど)
百年以上質素すぎる暮らしを続けてきたスイウには、最近の変化がどう映るのかは疑問だ。文句は言われないから、きっと容認はしているのだと思うが。
「もうちょっといろいろリアクションして欲しいんだけどなぁ」
ぼそっと独りごちると、
「なんか言ったか?」
足元から高い声が返ってきた。そこには愛らしい黒狐の幼獣がいて、前足で熱心に土を掻いている。
「ううん、なんでも」
リルは笑って誤魔化した。
「ありがと、ノワ君。それくらいでいいよ。たくさん掘り返してくれたから、いっぱい種が蒔けるよ」
新しい農地を開墾してくれたノワゼアにお礼をいうと、彼は誇らしげにふんぞり返る。
「任せておけ。穴掘りは我の特技だ!」
流石、狐。霊獣でもその習性は活きている。
「最近ノワ君毎日来てるね」
瓜の種を蒔きながら、リルが言う。以前は数日置きにふらりと現れていたが、今は朝から夕食の時間までいる。
「それはそうだ。有害生物が近くにいるんだ。目を光らせておかねばな」
「有害って……」
ノワゼアの赤い瞳が睨む先には、チュニック姿の若者が剣の素振りをしているのが見える。額を伝う汗すら爽やかな青年は、神殿騎士のジェレマイヤーだ。彼はリルの視線に気づくと、屈託のない笑顔で手を振ってくる。思わずリルが片手を上げると、
「こら、振り返すな! 浮気者!」
すかさずノワゼアがしがみついて手を下ろさせる。
「……浮気じゃないし、ただの挨拶だし」
この子狐、存外嫉妬深い。
「あの居候、いつまでタダメシを食う気だ? ずうずうしい」
「そろそろ帰るとは言ってたけど。毎日三食食べてるのはノワ君も変わらないんじゃない?」
「我はちゃんと食材を持参しておる! あいつと一緒にするな!」
「昨日のステーキの鹿はジェレマイヤーさんが獲ってきてくれたんだけど……」
「むきー! 世話になってるんだから、狩りに行くくらい当然だろう! そして肉に罪はないから食う!」
「……はいはい」
リルが駄々っ子の子狐をいなしていると……、
「っ!?」
不意にくらりと平衡感覚が狂い、よろめいてしまう。異変を感じたノワゼアも、リルを背にかばうように立つと、頭を低くして唸り声を上げ始める。
大樹の家のドアが開き、自室に籠もっていたスイウも外に出てきた。
「来たか」
呟く魔法使いの視線の向こうには、地面に膝をついて頭を垂れるジェレマイヤーの姿があった。そして……。
神殿騎士の付近の景色が揺らいだ。
「え?」
目がおかしくなったのかと何度も瞬きするリルの前で、景色の揺らきが徐々に大きくなり、ねじ曲がって……やがてデタラメに絵の具を混ぜたような渦になった。その渦の中心がゆっくりと開くと同時に、景色が元に戻っていく。
「な……に?」
今見ている光景なのに、現実味がない。
やがていつもの静かな森に戻った頃には……景色が歪んだはずの場所に、一人の少女が立っていた。
年はリルより少し下の十五、六歳か。
膝まで伸びた真っ直ぐな金髪に青い瞳、真っ白な絹のローブを身に纏った彼女は――
「よくお越しくださいました。聖女様」
――感極まった声で肩を震わせる神殿騎士に、その正体は明らかだった。
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