森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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108、いつものこと

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 ジェレマイヤーがシルウァの街の駐在員になってから一ヶ月ほど。彼は毎週草曜日の昼間に、大樹の家に顔を出すようになった。

「こんにちは、リルさんお変わりはありませんか?」

 挨拶しながら渡されたのは、数種類の香辛料の入った袋。

「ありがとうございます。無事に過ごしてますよ」

 リルは袋の中身を確認し、ホクホク顔で挨拶を返す。

「こんなにたくさん! 森で採れない食材を持ってきてもらえるのは助かります」

「いえいえ。こちらも定期連絡のついでですから、手間はありませんよ」

 人間達が社交辞令を述べ合っている足元で、黒い子狐がふんぞり返る。

「異国の妙なにおいの実は生らなくても、うちの森には立派な岩塩坑があるから料理の味付けには困らんぞ。先日、我はリルに熊を撲殺できる大きさの岩塩の塊を持ってきてやったわ!」

「うんうん、ノワ君その節はありがとう。でも例えが凶暴」

 ジェレマイヤーが来る日はノワゼアもやってきて、いちいち神殿騎士に張り合うのも最早慣例行事だ。

「しかし、シルウァの街は平和ですね。穏やかで諍いが少ない。剣を振るう場面がないのは良いことですが、腕が鈍ってしまいそうだ」

 みんなで昼食を摂りながら、近況を語り合う。といっても、森の生活は変わり映えがないので、ジェレマイヤーが話題を提供することが多いが。リルは遠方で生まれ育った彼の話を聞くのが好きだった。

「聖域ではよく剣を振っていたんですか?」

「神殿騎士は朝から晩まで訓練漬けの生活ですから、フォークやスプーンよりも剣を握っている時間が多かったです。今も鍛錬は続けていますが、実戦がない分、気が緩みがちです」

 もっと引き締めないと、と自戒するジェレマイヤーにリルは小首を傾げる。

「聖域では実戦が多かったんですか?」

「いいえ。聖域には強固な結界が張ってあって、禍物は侵入できません。その代わり、禍物出現の情報が入ると、我等神殿騎士は大陸全土に討伐に派遣されます」

「大陸全土……!」

 シルウァの街と碧謐の森しか知らないリルにとっては壮大すぎる話だ。

「マガモノって、色々な場所に出没るんですね」

「禍物は天災のようなものですから、どこにでも発生します。そして虚無を根城に力を蓄える」

「虚無?」

「なにもないこと、むなしいことです。禍物は実体がないので、空っぽの器……死体や心の隙間に入り込み、宿主を乗っ取ります。大きな力の器に憑けば、それだけ被害が大きくなる」

 リルはジェレマイヤーに会った日のことを思い出す。あの時現れた大蛇は森に棲んでいた霊獣で、その亡骸に禍物が憑いたのだと、後にリルはスイウから教わっていた。

「心の隙間って……生きている物にも禍物は憑くってことですか? だとしたら怖いですね」

 温かいお茶を飲みながら身震いするリルに、ジェレマイヤーは苦笑する。

「大丈夫ですよ。もしリルさんに禍物が憑くようなことがあれば、僕が祓ってあげます」

「その前に、隙間なんて作る余地がないほどリルの心を我が埋めてやるがな!」

 どさくさに紛れてテーブルに置いたリルの手を握ろうとするジェレマイヤーの手を、少年型のノワゼアがはたき落とす。
 同じテーブルに居るスイウは、騎士と幼獣の小競り合いにも、オロオロと二人を止めるリルにも興味を示す様子もなく、窓を眺めながら静かにお茶を啜っていた。
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