聖女の私は勇者に失恋した直後に魔王に拐われました

灯倉日鈴(合歓鈴)

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3、魔王の城

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「アリス、そのクッキー、半分ちょうだい」

「え? ジェフリーの分は?」

「もう食べちゃった。でもまだお腹へっててさ。お願い!」

「しょうがないなぁ」

「ありがと。あと、宿題やっておいて。俺、他の子と遊ぶ約束してて」

「えー。今日だけだよ?」

「やった。アリスは優しいから大好き!」

 チュッとこめかみにキスが落とされると、天にも昇る気持ちになる。

 甘酸っぱくて幸せな……。
 あれは……十歳の時の記憶。

◆ ◇ ◆ ◇

「ん……」

 寝返りを打つと、柔らかなベッドに体が沈み込む。
 うーん、やっぱ王城のベッドって高級だわ~。
 ……。

「……って!?」

 私はがばっと跳ね起きた。
 寝起きのボサボサ髪をそのままに、キョロキョロと辺りを見回す。

「ここ……どこ?」

 ゴシック調とでもいうのだろうか。黒を基調とした色合いに、刺々しいデザインの室内装飾インテリア
 真鍮製のドクロ型燭台なんて、なんかいかにも……、

「魔王が住んでそう」

 ……な雰囲気だ。
 私は自分の体を触って、昨日と同じ服のままで脱がされた形跡もないことに安堵する。シワだらけだけど。ベッドの下には、履いていた靴が揃えて置いてあった。
 ……えーと。私、魔物に誘拐されたんだよね?
 翼猫が北に向かって飛んでいたのは覚えているんだけど……途中で気絶したのかしら。
 とりあえず、生きていたことに感謝。
 私は靴をつっかけてベッドから下りた。
 ドアを開けて部屋を出ると、長い廊下が続いている。窓から見える空は暗い雲に覆われてるけど、昼間っぽいな。下は断崖絶壁だから、窓からの脱出は無理そう。
 一本道の廊下を真っ直ぐ進んでいくと、私の身長の五倍はあろうかという巨大な彫刻扉が見えてきた。左右の戸板には躍動感たっぷりのガーゴイルが一体ずつ彫られていて、黒い宝石を嵌め込まれた眼で私を値踏みしている。

 ……なんかもう、嫌な予感しかしない。

 ごくりと喉を鳴らし、私は恐る恐る両開きの扉を押し開けた。大理石造りで重いはずなのに簡単に動いたのは、魔法が施されているからだろう。

「お邪魔します……」

 高いドーム型天井に、私の声がくわんくわんと反響する。荘厳なこの場所は、多分謁見の間だ。
 薄暗く、眩暈がしそうなほど広い大ホールの中央には、真っ赤な細いカーペットが一本敷かれている。
 カーペットの終着地点は他の床より数段高くなっていて、頂上には火水風地の四体の竜を象った一脚の椅子が。そしてそこには……一人の男が鎮座していた。
 宵闇を切り取ったような長い黒髪、鮮血に似た真っ赤な瞳。尖った耳の上には曲がりくねった羊の角が。漆黒のローブから突き出た長い足をこれみよがしに組んで、こちらを見下ろしている彼は……。

 ――ちょっと格好もシチュエーションもベタ過ぎない?

「あなた、魔王ね?」

 睨む私に、玉座の彼は不敵に口角を上げた。
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