聖女の私は勇者に失恋した直後に魔王に拐われました

５、魔王との対面

「よく来たな。人の子よ」

　白い牙の覗く口から、甘く滑らかな声が紡ぎ出される。
　うわっ、この人もイケボ！　魔王軍ってみんないい声なの？

「……勝手に連れて来といてご挨拶ね、誘拐魔が！」

　ホントは怖くて足がガクガクしてるけど、精一杯虚勢を張ってみる。卑劣な魔王軍なんかに屈しないんだからっ。
　不遜な私に、魔王は愉快そうに目を細める。

「気の強い娘だ。さすが聖女というべきか」

　……なに？　私のこと知ってるの？
　そういえば、あの翼猫も最初っから私を狙っていたみたいだし。こいつらの目的は一体……？
　警戒する私に、魔王は艶のある声で、

「聖女、そなたは勇者の恋人なのであろう？」

「……！」

　突然ガラガラッと足元が崩れる感覚がした。

「勇者の最愛の者である聖女に頼みがある。実は……」

「……がう」

「は？」

「違うわよおおおぉぉぉぉ！」

　気がつけば私は、魔王の言葉を遮って叫んでいた。

「あんな裏切り者、恋人じゃないもん！　あんなサイテーな奴、こっちから捨ててやるわ！　子供の頃からずーっと尽くしてきたのに、二股も三股も四股もかけて！　なにが勇者よ！　あんな奴、あんな奴……」

　うわーん！　と泣き崩れる私に、魔王が焦って玉座から飛び降りてくる。

「ああと、その……、すまん。なにも事情を知らず。それは勇者が悪いな」

　慰めてくる魔王に、私は反射的に、

「いやー！　ジェフリーの悪口言わないでー！」

「えぇ!?　それを余が責められるのか!?」

「だって、だって、好きだったんだもん！」

「そうか、それはつらいな」

「つらくないもん！　あんな奴の為になんか泣かないも……っ」

「そうかそうか。聖女は強いな」

　涙と鼻水をダバダバ流し続ける私の顔を、魔王は狼狽えながらもローブの裾で拭ってくれる。うわあ、上等な絹のローブがドロドロだ。
　しばらく泣きじゃくっていると、遠くから駆け足の音が近づいてきた。顔を出したのは、メイド姿の耳から鳥の羽が生えた女の子。

「なんの騒ぎ……って！　魔王様、なに聖女を泣かせてるんですか!?」

「いや、余のせいじゃないぞ!?」

　批難の声に冤罪を免れようと魔王が両手を上げて私から後ずさる。

「セレレ、応接室に菓子を用意しろ。人間の娘は甘味を与えれば機嫌が良くなるのであろう？」

「えーん、バカにされたー！　そんな単純じゃないもーん！」

「あーあ。魔王様、本人の前で言っちゃダメですよー」

　オロオロしっぱなしの魔王に、より一層泣き喚く私と、それを冷ややかに眺めるメイドさん。

　……斯かくして、私と魔王のファーストコンタクトは、最悪な形で幕を閉じたのだった。