手紙

猫丸

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8.老人の告白⑦

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 私はそのまま立ち去るべきだったとひどく後悔しました。
 言い訳のしようがありません。
「いいんだ。初めから知っていた。この手紙を書いたのは、お前だろう? 」
 兄は言いました。
「……」
「Sからの手紙を読んだのだろう?」
 Sと聞いて、反射的に私の身体がびくりと揺れ、ますます誤魔化しようがなくなりました。
 幼い頃から私の行動は兄にはすべてお見通しなのです。
 私は混乱していましたが、兄は話を続けました。
 大体はあの手紙に書かれていた通り、戦場で兄とSは密かな恋人同士だったようなのですが、唯一違っていたのはSは既に亡くなっていたのです。
 それも戦闘中に兄の目の前で。
「そんな……ならばあの手紙はいったい誰が……」
「お前が書いた最後のもの以外は私が書いたものなんだよ……私はSを見殺しに……」
 兄の身体は震えていました。
「兄さん、つらいなら言わなくていい。思い出さなくていい……」
 私は兄の傷をえぐるような真似をしてしまったことをひどく後悔しました。
 その時まだ実戦経験のなかった私にだってわかりました。目の前に敵が迫っている中、仲間を助けて自分も助かるだなんてそんな余裕あるはずがないと。
 それでも兄を助けてくれたSという男に心から感謝しました。
「し、死が間近に迫ってきてお前の顔が浮かんだんだ……。お国のために死を覚悟して戦地に来たというのに、どうしてもお前にもう一度会いたいと……。お前に会わずにこんなところで死にたくないと」

 ですが帰って来てからも、仲間の、恋人の命を犠牲にして、自分だけが生き残ってしまった罪悪感に兄は苛まれていました。
 そしてその愛を裏切る実の弟への許されぬ不道徳な感情。兄を取り巻くすべてものに押しつぶされそうになっていたのです。
 そして戦地でのSとの関係を思い出し、少しでも罪悪感を和らげようと、彼と共にフィリピンから帰還し、普通に別れたのだという虚構に取り憑かれたのでした。

 兄のような症状が他にもあったのかどうか、当時の日本軍の資料のほとんどは焼却処分されているらしく私も詳しくはわかりません。ただ、死者との対話というのは戦争神経症ではよくある症状のようです。

「弱い兄貴ですまない。こんな兄貴で……。日本国男児として、お国の為にお前を笑顔で送り出さなきゃいけないとわかっていても、どうしてもできないんだ……」
 兄は泣きながら私を抱きしめました。
「兄さん、俺は帰ってくるよ。必ず、兄さんの元へ……」
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