夢幻花を散らす

猫丸

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1.異能バトル幕開け

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 最近世話になっている男の部屋のインターフォンがなった時、俺は真っ裸でベッドの中にいた。昨日の情事の痕跡を残すかのように、乱れた布団に乱暴に脱ぎ捨てられた服。テーブルの上には煙草と酒とつまみが散乱していた。
 男がしつこく鳴るチャイムに舌打ちをしながらモニター画面に近づいて、通話ボタンを押した。
 俺はすこし酒が残ってぼんやりする頭をスッキリさせようと、テーブルの上に置かれている煙草を手を伸ばした。
 火を点けようとした瞬間、モニターから俺の名前が聞こえた。驚いて小さな画面の方を見る。
 男が驚いてこちらを振り返った。男の体が横にずれると、モニターにはスーツを着てサングラスを掛けた黒尽くめの男が写っていた。背後にも人影。その姿を見た瞬間、俺の背筋に冷たいものが流れる。
「お前の借金って言ってるけどどういうこと? ……お前、金に困っているのか? 困っているなら俺が代わりに……」
 男の戸惑いと申し出を無視して、俺は慌てて短パンを履くと、脱ぎ散らかした服を掴んで窓から飛び出した。男が「待って!」と悲壮な声を上げたが、かまっていられない。部屋は二階。しかも裸足だ。
 着地した瞬間、足の裏に細かな石が食い込んだ。前転し、受け身を取って痛みと衝撃をやり過ごす。高級車が停まっている方向を確認し、それとは逆へ向かって走り出す。奴らに気づかれる前に。
 必死に走って角を曲がって、細い道へと入った。
(もう大丈夫だ)と一息ついた時、俺の進行方向から男達が現れた。
 
「ご無沙汰しております。主基かずき様……」
 ロマンス・グレーの髪をぴっちりと後ろに流した姿勢の良い男。記憶よりも少し年を取ったその男の姿を確認し、俺は盛大に舌打ちをした。そして、ダメ押しのように黒尽くめの男達に背後を塞がれると、さすがに観念して男達に従った。

 ◇

 俺の年収の何倍もの値段のする高級車の後部座席。その真ん中に俺は黒尽くめの男に挟まれて座る。革張りのシートは高級すぎて、Tシャツと短パン、裸足で飛び出してきた俺には不釣り合いだった。だが誰よりもふてぶてしい態度で後部座席でふんぞり返る。地面に着地した時についた砂や細かな石もわざとそこで払い落とした。
 先ほど俺の行く手を阻んだ男が苦笑いを浮かべながら助手席から振り返った。
「次期が開催されます」
「はっ? だから? 俺にはかんけーねーし」
「……借金は1,894万でしたよ?」
 心当たりはなかったが、嫌な予感がして男の方へ身を乗り出した。
「は? さっきから借金ってなんだよ? ……お前、もしかしてっ……」
「皆様、主基様に会いたがっておりましたよ?」
「……それ……は……」
「お察しのとおりです。諦めてお父上にお会いください」
 この家から逃げて10年。俺はため息をついてシートに寄り掛かると、目的地に着くまでふて寝をすることにした。
 
 車は高級住宅街の中でも一際大きな屋敷の前に到着した。ぐるりと高い塀に囲まれ、中は見えない。大きな門をくぐり抜け、車は敷地内へと入っていく。ちらりと後ろを振り返れば、門扉が締まるのが見えた。
(相変わらず監獄のようだ)と思う。厳重に張り巡らされた警備用のセンサー。一度ここに入ってしまえば、出ることは容易ではないだろう。

 車は玄関の前に横付けされた。降りれば、二階から飛び降りたときに傷ついた足の裏に痛みが走った。
「ちっ、無理やり人を連れて来たくせに、靴くらい用意する気遣いはねーのかよ、桐谷?」
「はは、坊ちゃまこそ、債権回収で連れてこられたという自覚はないようですね? 借金に上乗せしてもよろしいのでしたら、ご用意いたしますが?」
 ロマンスグレーの髪の男、桐谷が涼やかな顔で答える。昔からこの家に仕える執事。ガキの頃から世話してくれている桐谷にはなにも敵わない。
「けっ、奴らが勝手に奢ってきたり貢いできたんであって、俺の借金じゃねぇ。見てろよ? 俺がこの家継いだら、お前ンとこ真っ先にクビにしてやるからな」
 指差しながら悪態をつくと、桐谷は笑った。
「坊ちゃまが継いでくださるのであれば、私は安心していつでも引退しますよ?」
 広々とした玄関ホール。西洋風に作られている正面の建物は、土足で上がれるようになっている。
「ふん、せいぜい首でも洗って待っとけ……」
 そんな話をしていると、わずかな殺気を感じた。ホール階段の上に視線を移すと、降ってくる黒い大きな影。
 桐谷はさっと身を翻して俺から距離を取った。
 二階から降ってきた手刀を、身体を横にずらして衝撃負荷をいなす。的を失い、行き場を失った力を利用して、男の背中を強く突き飛ばした。男は一瞬バランスを崩したが、一歩踏み出してふんばると、その流れる身体を止めた。俺は男が体勢を整える前に横蹴りを繰り出したが、その男はすぐに身を回転させ、それを避けると、その勢いのまま俺に回し蹴りをしてきた。
 俺は後ろへ飛び下がり、攻撃体勢を整える。
 男は、空を切った脚を下ろすと、乱れた着物を整え豪快に笑った。
「がっはっは、久しぶりだなぁ。主基。まだ多少は動けるようで安心したぞ?」
「うるせー、このクソ親父。挨拶がてらに攻撃してくるんじゃねぇ」
「わはは、お前、確かもう32歳だろ? なのにいつまでも反抗期で困ったもんだなぁ」
「うっせ、さっさとくたばれ」
 俺の悪態にも笑って流す父親。
 俺達から距離をとっていた桐谷が一歩前へ出ると、応接室へと促した。

 ◇
 
「まぁ、要件は桐谷から聞いたとおりだ……」
「ほー……ってか、なんも聞いてねぇよっ‼」
 省略しまくった話に俺はがっくりと力が抜ける。この親父は毎回説明が足りない。
「ん? 桐谷、お前話してないのか?」
 目の前のテーブルに置かれた和菓子の包みを開けながら、横に控える桐谷をちらりと見る。
「はぁ、車内に他の者もおりましたので『王座決定戦が行われる』としか……」
「……そうか……まぁ、そういうことで、我々、右門うもんの代表はお前ってことだ」
「はぁ⁉ そんなン知るかよ‼ そんなもん、やりたいやつがやればいいだろ? 俺には関係ない!」
「桐谷、説明してやれ」
 親父が茶をすすりながら言った。

 表向きには知られていないが、この世には『異能』と呼ばれる特殊能力を持つものがいる。人口の約1%に発現するといわれているが、強く出る者もいれば、ほとんど気付かない程度の者もいたりして、その比率は定かではない。わかりやすい例でいうとスプーン曲げや透視などがそれに該当する。だがそれはあくまで一例であって、気づかず相手の精神に影響を与えているような異能もある。
 間違いなく言えるのは、その能力は古来より存在しているということ。そして一定以上の異能を持っている者は、政府公認の裏組織で、『異能庁』と呼ばれている組織に登録されることが密かに義務付けられている。
 いや、実際は『登録』という建前の『管理』ではあるのだが。
 スプーン曲げ程度、人をちょっと驚かせる程度ならかわいいもの。相手の精神へ影響を与える能力は、その能力を悪用されないよう監視が厳しい。俺だってこの家を飛び出して10年。泳がされてはいたものの、ずっと監視されていたのは気づいていた。
 そんな政府とは協力したり、異能者一族で牽制したりと微妙な関係を続けている。
 ちなみに、俺の生家『右門家』はその異能の一族のと呼ばれる一派の筆頭だった。対してもう一つの一族が『左門家』である。通称
 二派閥があると言って、どちらが強いとかそういうこともない。この二つの家門同士は、政府とは違って、常に協力体制にあるし、過去に婚姻や養子縁組も多くあった。
 ミギ、ヒダリに分かれているのは、桐谷が俺を連れてきた理由『異能の王決定戦』、その儀式の性質のためである。
 その決定には、両家の代表が儀式の間に入り、戦って勝者を決めなければならない。その後、その勝者が『異能の王』という肩書を得る。かつては本当に強い者がなっていたのだが、現代においては、ただ古来より続く儀式という意味合いが強い。
 俺が代表になれ、と言われているのを見ても分かる通り、その代表が家門の中で一番優れているわけでも、人格者である必要はない。ただ卜占ぼくせんによって示された条件に合致していればいいだけ。そして我々一族は恙無く儀式を終えればよいのである。
 わかってはいるが、それでも自分がミギの代表として出るのは抵抗があった。
「だって、俺の異能なんて戦うもんじゃねぇし……。それに、他にもいんじゃん? 兄貴とか、他の親戚とかもいっぱい……」
 俺は必死に逃がれようとする。
「しらん。亀卜きぼく(※亀の甲羅を使った占い)で示された内容にお前が合致する。それに、該当する中でちょうどよい暇人はお前くらいしかおらん。お前の兄貴は、奥さんが出産間近だし、親戚連中も子供が小さかったり、儀式のために仕事が休めなかったり色々だ。昔とは時代が違うからな」
 やれやれと親父がため息を付く。
「お、俺だってちゃんと仕事を……!!」
「しがない風俗ライターだろ? この間の記事は『淫乱人妻、旦那の棒だけじゃ足りないんです!』だったか? はぁー、情けない。そんな記事を書いているお前は男好きときた。いや、お前が男好きだろうが、女好きだろうがそんなことはどうでもいい。それよりもお前、異能は人様に貢がせるためのもんじゃないだろ? もっとマシなことに使え。お前、バカなのか? お前の脳みそは藁でも詰まってんのか?」
「それ……は……」
「それになぁ、お前が住所不定なもんだから、被害者の皆さまが困ってらっしゃったようじゃないか、なぁ桐谷?」
「はい。坊ちゃまに関わってできたすべての債権を各会社よりお譲りいただきましたので、現在坊ちゃま絡みの借金はすべて旦那様が経営する債権回収会社へと移行いたしました。被害者の方々を思えば、坊ちゃまが払われるのが良いかと」
「被害者って言うな! 一応だっ! しかも勝手に人に借金押し付けてんじゃねぇ!! こんの、悪徳業者!!」
「悪徳業者とは心外な。ちゃんと法務省からのお墨付きをもらったまっとうな会社だぞ? あちらこちらの相手に貢がせて、めんどくさくなったらポイするお前に言われるとは心外な。ちゃんと引っ越すでもなく、次の相手の家に転がり込んんで住所不定になっているから、元カレの皆様もお前に会いたがって憔悴しきっていたぞ?」
「う゛……」
「安心しろ。もちろん元カレの皆様もお前に請求する気はなかった。だがな、お前の異能が原因なら、それはやはり彼らは被害者であるからな、なんとかしないといかん。だが、ワシも鬼じゃない。貢がれた品物はカウントしとらんぞ?」
「ったりめーだ。貢物は全部置いて出ていってるわ! そもそも、俺が本気出せば、もっと引っ張れるところをその程度で勘弁してやってんだ。良心的ってもんだぜ」
「異能とはいえ、こんな男に騙されている元カレの皆様がかわいそうだしな。だが、ちんこに毛が生えて、口が悪くなって、可愛げがなくなっても、それでもワシにとってはかわいい息子だ。代表として出てさえくれたら、ワシがその債務を肩代わりしてやろう。なんならちゃんと給料も払うぞ? かわいい息子のためだしな。がっはっは」
「親父……何を企んでる?」
「まぁ、代表と言ってもヒダリの代表は悠紀さんに決まったらしいので、今期の王はあちらでほぼ決まりですから大丈夫ですよ」 
 桐谷が口を挟んできた。
「悠紀? あのちっちゃかった?」
「悠紀様が小さかったのは、もう昔の話。何年たっていると思っているんですか? 今や日本最高峰学府、◯大学に通われる将来有望、将来我々異能の一族を率いてくださるであろう立派な人物へと成長されました!」
「んー……それってもうヒダリの不戦勝でよくね?」
「そうはいきません! 儀式は儀式ですから。それにできれば主基様を出してほしいというのはあちら側からの要求でもあるのです」
「そうだ! だから、お前が出てちゃちゃっと儀式終えちゃえば、それで我々は助かるし、お前の借金もきれいになる! 互いにWin-Winだろ? それにな。本当かは知らんが、王になれなかった側の異能は消えるという噂がある。それもあってみんな出たがらないんだよ」
「は? 異能が……なくなる……?」
「そうだ。過去の記録では、決定戦の後に登録が抹消されたものが多くてな。どうやら異能がなくなるという噂がある。お前、どうせその異能を持て余してるんだろ? 少しの間儀式に参加して、借金も消えて、異能も消えたらお前はもう苦しむ必要もなくなる……」
「……わかった。……負ければ、いいんだな?」
「そうだ! お前はミギの代表としてでる! そしてヒダリに負ける! それだけだ!」
 数日我慢して儀式に出るだけでこの忌々しい異能とオサラバできる。希望が見えてきた。
「あ、あくまでも異能が消えるっていうのは噂だけどな」
 期待を抱いた俺の胸には、親父のつぶやきはもはや聞こえなかった。




 

 
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