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2章 本を出る
2章 本を出るー4
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別所さんが私を覚えていなかったようで私は少し安心していた。彼は私のトラウマであった。
高校二年生の夏休み、私は小説を書いた。私はいつも少し現実的ではない、SFやファンタジーを書いてきていて、それは私が初めて書いた純文学に近い作品だった。
それはほぼ私小説だった。ほとんど私の経験で、進学先に迷ったり、委員会で疎外感を感じたり、文芸部でもない他の生徒が書いた作品が評価されると言った、ありがちでありながら私にとっては大問題である悩みを、切々と書いた作品だった。
正直なところを言うと、その頃の問題は今も解決されず残っている。しかしその小説を今読むと何故か幼稚に感じられる。しかし切実な、いえば深いぬかるみにつかってしまったようなその頃の絶望を思い出して、私は辛くなるのだった。
その小説を、私はとある公募の新人賞に応募しようとしていた。私は送る前に、小説を添削してもらいたかった。他者から見てどういう評価が得られるのか、小説を書くものなら気になるもである。でもその頃私の周りには文芸部でも、そんな小説を読ませられる人はいなかった。添削することが出来ないのもそうだったが、そんな恥ずかしいものを読んでくれと頼む気にはなれなかった。
ならばと、私は地元の大学に進学した先輩が文芸部に遊びに来た時に、先輩と同じ部の人で私の小説を読んでくれる人がいないかと尋ねた。すると夏休みの終わりごろ、少人数で集まる予定だから遊びに来るといいと言われ、私は尋ねたのだった。
知らない人だから平気、それに大学生は自分よりずっと大人だからいいと思っていたわけだが、今から考えると大学生は別に大人ではない。今なら恥ずかしくて読ませる気にはなれない。自分の書いた小説を読ませることは、自分の心を見られることだからである。
「へぇ、後輩なんだ」
大学というととても立派な場所を想像していたが、文芸部を訪ねて訪れた地元の大学は、あまりきれいではなかった。ごちゃりとした机を囲んで、低いソファが置かれていた。ソファは二脚あって、片方は端が破れてしまっていて綿が覗いていた。残暑が厳しくて、暑かった。カーテンを閉めていても外が明るいのがよく分かった。そのソファに腰を掛けて、先輩についてやってきた私の説明を聞いて、そう訳知り顔に言ったのが別所さんだった。
別所さんは、私の小説をすすんで読むと言ってくれた。
「すみません、長くて」
と言うと、これ原稿用紙何枚換算かな、と紙の束を数え、これくらいなら長編ではないね、中編かな、長くはないよ、と言った。
先輩がジュースをおごってくれた。飲みながら読んでいる別所さんを眺めると緊張した。別所さんの隣にでんと置いてあるカバンから、プリントが覗いていた。真面目なのだろう、授業のレジュメか何かに、書き込みがしてあるのが見えた。彼について、こいつは上から口調なんですよ、と別の人が言った。怖くてごめんね。
かなり時間が経って、ふん、と別所さんは私の原稿を置いた。赤いペンで印をつけながら読んでいたので、指に赤いしみが所々ついてしまっていた。
「ちょっと待って、もう一回ざっと読むから。あ、これ書き込んじゃったけど良かったよね?」
「あ、はい全然」
私はかしこまって答えた。私の先輩が、そんな私を見て「もとなっちゃん、そんな緊張しなくていいよー」と笑った。先輩は他の部員と共に、最近読んだ本の感想を言い合ったり、今度出す部誌の話、部員の話をしていた。あまり私と別所さんについては見ていなかったと思う。
別所さんがまた原稿を置いた。少し腕組をしてから、
「君はこれをどうしたいの」
と言った。
「どう、とは」
「高校の文芸部の部誌に出すの」
「あ、いやえっと、公募に出すつもりです」
私は緊張して答えた。汗が噴き出した。まだ何も言われていないのに帰りたかった。
「多分これじゃだめだよ」
別所さんは静かに言った。
「これ、誰か友達とかに見せた?」
「いえ、見せて無いです」
「知っている人にも見せられない小説が、なんで知らない大人に評価されるって思うの」
「えーっと、それは」
私は下を向いた。批判されている、そう思うと泣きそうだった。私には小説しかないからだ。つまり私はその批判を、自分自身全てへの批判として受け取った。
「まぁいいけどね。割と理解しやすい内容だったし、そこそこ面白いよ。ただね」
私は理解しやすいと言われたことにも傷ついてた。自分だけの問題について、平凡だと言われたと感じたからだ。今から考えれば褒めてくれていたのに、私はそうは受け取れなかった。
「まず誤字が多いよ。あと流れが唐突なところが多い、こことかこことかね」
別所さんは赤で線を引いた部分を見せた。それに、と彼は続けた。
「表現が割と平凡。もうちょっと工夫して」
私はその時に、ようやく「はい」と我ながら蚊の鳴くような声で返事をした。
そのあとも別所さんの指摘は続いた。ここどういうこと、とか表現を直せ、てにおはを変えた方がいい、とかそういうのだ。私はそれを全てメモに取った。しかし、本当は早く帰りたかった。
高校二年生の夏休み、私は小説を書いた。私はいつも少し現実的ではない、SFやファンタジーを書いてきていて、それは私が初めて書いた純文学に近い作品だった。
それはほぼ私小説だった。ほとんど私の経験で、進学先に迷ったり、委員会で疎外感を感じたり、文芸部でもない他の生徒が書いた作品が評価されると言った、ありがちでありながら私にとっては大問題である悩みを、切々と書いた作品だった。
正直なところを言うと、その頃の問題は今も解決されず残っている。しかしその小説を今読むと何故か幼稚に感じられる。しかし切実な、いえば深いぬかるみにつかってしまったようなその頃の絶望を思い出して、私は辛くなるのだった。
その小説を、私はとある公募の新人賞に応募しようとしていた。私は送る前に、小説を添削してもらいたかった。他者から見てどういう評価が得られるのか、小説を書くものなら気になるもである。でもその頃私の周りには文芸部でも、そんな小説を読ませられる人はいなかった。添削することが出来ないのもそうだったが、そんな恥ずかしいものを読んでくれと頼む気にはなれなかった。
ならばと、私は地元の大学に進学した先輩が文芸部に遊びに来た時に、先輩と同じ部の人で私の小説を読んでくれる人がいないかと尋ねた。すると夏休みの終わりごろ、少人数で集まる予定だから遊びに来るといいと言われ、私は尋ねたのだった。
知らない人だから平気、それに大学生は自分よりずっと大人だからいいと思っていたわけだが、今から考えると大学生は別に大人ではない。今なら恥ずかしくて読ませる気にはなれない。自分の書いた小説を読ませることは、自分の心を見られることだからである。
「へぇ、後輩なんだ」
大学というととても立派な場所を想像していたが、文芸部を訪ねて訪れた地元の大学は、あまりきれいではなかった。ごちゃりとした机を囲んで、低いソファが置かれていた。ソファは二脚あって、片方は端が破れてしまっていて綿が覗いていた。残暑が厳しくて、暑かった。カーテンを閉めていても外が明るいのがよく分かった。そのソファに腰を掛けて、先輩についてやってきた私の説明を聞いて、そう訳知り顔に言ったのが別所さんだった。
別所さんは、私の小説をすすんで読むと言ってくれた。
「すみません、長くて」
と言うと、これ原稿用紙何枚換算かな、と紙の束を数え、これくらいなら長編ではないね、中編かな、長くはないよ、と言った。
先輩がジュースをおごってくれた。飲みながら読んでいる別所さんを眺めると緊張した。別所さんの隣にでんと置いてあるカバンから、プリントが覗いていた。真面目なのだろう、授業のレジュメか何かに、書き込みがしてあるのが見えた。彼について、こいつは上から口調なんですよ、と別の人が言った。怖くてごめんね。
かなり時間が経って、ふん、と別所さんは私の原稿を置いた。赤いペンで印をつけながら読んでいたので、指に赤いしみが所々ついてしまっていた。
「ちょっと待って、もう一回ざっと読むから。あ、これ書き込んじゃったけど良かったよね?」
「あ、はい全然」
私はかしこまって答えた。私の先輩が、そんな私を見て「もとなっちゃん、そんな緊張しなくていいよー」と笑った。先輩は他の部員と共に、最近読んだ本の感想を言い合ったり、今度出す部誌の話、部員の話をしていた。あまり私と別所さんについては見ていなかったと思う。
別所さんがまた原稿を置いた。少し腕組をしてから、
「君はこれをどうしたいの」
と言った。
「どう、とは」
「高校の文芸部の部誌に出すの」
「あ、いやえっと、公募に出すつもりです」
私は緊張して答えた。汗が噴き出した。まだ何も言われていないのに帰りたかった。
「多分これじゃだめだよ」
別所さんは静かに言った。
「これ、誰か友達とかに見せた?」
「いえ、見せて無いです」
「知っている人にも見せられない小説が、なんで知らない大人に評価されるって思うの」
「えーっと、それは」
私は下を向いた。批判されている、そう思うと泣きそうだった。私には小説しかないからだ。つまり私はその批判を、自分自身全てへの批判として受け取った。
「まぁいいけどね。割と理解しやすい内容だったし、そこそこ面白いよ。ただね」
私は理解しやすいと言われたことにも傷ついてた。自分だけの問題について、平凡だと言われたと感じたからだ。今から考えれば褒めてくれていたのに、私はそうは受け取れなかった。
「まず誤字が多いよ。あと流れが唐突なところが多い、こことかこことかね」
別所さんは赤で線を引いた部分を見せた。それに、と彼は続けた。
「表現が割と平凡。もうちょっと工夫して」
私はその時に、ようやく「はい」と我ながら蚊の鳴くような声で返事をした。
そのあとも別所さんの指摘は続いた。ここどういうこと、とか表現を直せ、てにおはを変えた方がいい、とかそういうのだ。私はそれを全てメモに取った。しかし、本当は早く帰りたかった。
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