本を歩け!

悠行

文字の大きさ
17 / 63
2章 本を出る

2章 本を出るー4

しおりを挟む
 別所さんが私を覚えていなかったようで私は少し安心していた。彼は私のトラウマであった。
 高校二年生の夏休み、私は小説を書いた。私はいつも少し現実的ではない、SFやファンタジーを書いてきていて、それは私が初めて書いた純文学に近い作品だった。
 それはほぼ私小説だった。ほとんど私の経験で、進学先に迷ったり、委員会で疎外感を感じたり、文芸部でもない他の生徒が書いた作品が評価されると言った、ありがちでありながら私にとっては大問題である悩みを、切々と書いた作品だった。
 正直なところを言うと、その頃の問題は今も解決されず残っている。しかしその小説を今読むと何故か幼稚に感じられる。しかし切実な、いえば深いぬかるみにつかってしまったようなその頃の絶望を思い出して、私は辛くなるのだった。
 その小説を、私はとある公募の新人賞に応募しようとしていた。私は送る前に、小説を添削してもらいたかった。他者から見てどういう評価が得られるのか、小説を書くものなら気になるもである。でもその頃私の周りには文芸部でも、そんな小説を読ませられる人はいなかった。添削することが出来ないのもそうだったが、そんな恥ずかしいものを読んでくれと頼む気にはなれなかった。
 ならばと、私は地元の大学に進学した先輩が文芸部に遊びに来た時に、先輩と同じ部の人で私の小説を読んでくれる人がいないかと尋ねた。すると夏休みの終わりごろ、少人数で集まる予定だから遊びに来るといいと言われ、私は尋ねたのだった。
 知らない人だから平気、それに大学生は自分よりずっと大人だからいいと思っていたわけだが、今から考えると大学生は別に大人ではない。今なら恥ずかしくて読ませる気にはなれない。自分の書いた小説を読ませることは、自分の心を見られることだからである。
「へぇ、後輩なんだ」
 大学というととても立派な場所を想像していたが、文芸部を訪ねて訪れた地元の大学は、あまりきれいではなかった。ごちゃりとした机を囲んで、低いソファが置かれていた。ソファは二脚あって、片方は端が破れてしまっていて綿が覗いていた。残暑が厳しくて、暑かった。カーテンを閉めていても外が明るいのがよく分かった。そのソファに腰を掛けて、先輩についてやってきた私の説明を聞いて、そう訳知り顔に言ったのが別所さんだった。
 別所さんは、私の小説をすすんで読むと言ってくれた。
「すみません、長くて」
 と言うと、これ原稿用紙何枚換算かな、と紙の束を数え、これくらいなら長編ではないね、中編かな、長くはないよ、と言った。
 先輩がジュースをおごってくれた。飲みながら読んでいる別所さんを眺めると緊張した。別所さんの隣にでんと置いてあるカバンから、プリントが覗いていた。真面目なのだろう、授業のレジュメか何かに、書き込みがしてあるのが見えた。彼について、こいつは上から口調なんですよ、と別の人が言った。怖くてごめんね。
 かなり時間が経って、ふん、と別所さんは私の原稿を置いた。赤いペンで印をつけながら読んでいたので、指に赤いしみが所々ついてしまっていた。
「ちょっと待って、もう一回ざっと読むから。あ、これ書き込んじゃったけど良かったよね?」
「あ、はい全然」
 私はかしこまって答えた。私の先輩が、そんな私を見て「もとなっちゃん、そんな緊張しなくていいよー」と笑った。先輩は他の部員と共に、最近読んだ本の感想を言い合ったり、今度出す部誌の話、部員の話をしていた。あまり私と別所さんについては見ていなかったと思う。
 別所さんがまた原稿を置いた。少し腕組をしてから、
「君はこれをどうしたいの」
 と言った。
「どう、とは」
「高校の文芸部の部誌に出すの」
「あ、いやえっと、公募に出すつもりです」
 私は緊張して答えた。汗が噴き出した。まだ何も言われていないのに帰りたかった。
「多分これじゃだめだよ」
 別所さんは静かに言った。
「これ、誰か友達とかに見せた?」
「いえ、見せて無いです」
「知っている人にも見せられない小説が、なんで知らない大人に評価されるって思うの」
「えーっと、それは」
 私は下を向いた。批判されている、そう思うと泣きそうだった。私には小説しかないからだ。つまり私はその批判を、自分自身全てへの批判として受け取った。
「まぁいいけどね。割と理解しやすい内容だったし、そこそこ面白いよ。ただね」
 私は理解しやすいと言われたことにも傷ついてた。自分だけの問題について、平凡だと言われたと感じたからだ。今から考えれば褒めてくれていたのに、私はそうは受け取れなかった。
「まず誤字が多いよ。あと流れが唐突なところが多い、こことかこことかね」
 別所さんは赤で線を引いた部分を見せた。それに、と彼は続けた。
「表現が割と平凡。もうちょっと工夫して」
 私はその時に、ようやく「はい」と我ながら蚊の鳴くような声で返事をした。
 そのあとも別所さんの指摘は続いた。ここどういうこと、とか表現を直せ、てにおはを変えた方がいい、とかそういうのだ。私はそれを全てメモに取った。しかし、本当は早く帰りたかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...