よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

25:はちぶくコインランドリー~その後~

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side out (電話の前後。三人称)
『Rain and Call』
 
     ◇  ◇ 


 数時間前――

『――電源が切れているか、電波の……届かないと……に……』

 耳元で流れる単調なアナウンス。繰り返される文言に、良崎晴朗(ややさき せいろう)は迷いなく通話を終了させた。何せ2回目だ。一応、確認の為に掛けた電話はやはり繋がらなかった。
 
 晴朗の自宅は大学から少し遠い。という事はよぞらのアパートも距離があった。
 近い方が良かったのではないか。世間話で良くあるフリを振られる度に晴朗は困ったように眉を下げ愛想を振り撒き、同意している程で言葉を濁す。
 
 欲を白状すると、本当は友人が住む近くの、もっと言えば、あの古いアパートに住みよぞらの近くにありたいと願うこともあった。――けれども。晴朗はひた隠しするように離れたマンションを選択した。
 トン、と手に持った液晶画面も弾く。色々と、そう色々とある。
 
 含みに晴朗自身の生い立ちや家柄は含まれない。晴朗の実家は県外だが、わざわざここに来たのは、才能的な能力や運命的な糸に導かれたからでもない。
 ――入試の推薦枠が空いていた。そしてそこには自分を知る人が居ない。遠くへ来たのは普遍的な、セミリタイアの中年みたいな草臥れた理由だった。豪運も奇跡も存在しない。
 
 今は実家に帰らず、大学に通いながら一人暮らしの日々だ。全く、実家の太さに感謝だなと晴朗はまた1つ笑う。

 顔だけは一人前に整って騒がれる晴朗だが、中身は至って単調で過激さは好まず、かといって色事にも熱を上げず、ある種冷めた凡庸でつまらさが垣間見えていた。でも。そう、だからこそ柔軟性が磨かれ、自分が誰なのかも晴朗は理解していた。

 己が分かれば、自ずと他者が見えてくる。
 
 晴朗は頭に思い描く。近づくだけが全てでは無いのだ。寮生活のノリは楽しいが引きずるのは晴朗には毒すぎる。あの近さは学園の中だからこそ出来るもので、その檻があったから動かずにいれた、例外中の例外だ。一緒に暮らすなど今は絶対無理だと言える。
 適度な距離感は動物みたいに本能で動けない、自然に掴めない人間だからこそ必要だ。特によぞらは1人を好むし、晴朗も似た傾向にある。誰だってプライベートを必要とする気持ちは存在しているだろう。
 
 先に結果が存在していて、その結果の為に現在こうなっていると『思う』のだ。

 大学での時間は、持て余せる程に気持ちの余裕が大きい。そう思いきれなくても頭の片隅にその概念を置いて置く。
 依存を生まない程度で、決して頭から抜け落ちない塩梅であるのが必然だと、そしてセッティングは入念にと。晴朗は繰り返し書き記していた。

 
 
 デジタル表記の時計は夜の初め頃をかたどっている。無音の室内にはやんわりと眠気の色が見え、晴朗の思考も砂時計の様に落ち始めていた。
 
 今日はもう起きている理由が無い。冷めたコーヒーを呷り、強い酸味に舌が泣く。その痛さに、思い出した。「コーヒーを飲んだら眠くなるからせーくんが羨ましい」って。
 
 キッチンのシンクへコップを置く。
 コトン、――ッ、ジャー。

 暗がりで噴き出す水道の勢いは昼間より強く、うるさい。鈍色に水の飛沫が飛び散るのをみて直ぐに止めた。調べ物をしていた机に置かれたノートパソコンやメモ、書き込みの多い黒い手帳を片付け携帯だけ持って寝室へ向かう。
 
 手元で青白く光る発信履歴に並ぶのは親友の文字。
 晴朗はベッド付近のコンセントから白いケーブルを本体に繋ぎ、シーツへ置いた。短い振動の後と黙り込み、ふっと眠ったように画面が暗くなった。自分の顔が映り込む。
 
 普段からバッテリーを交換し、充電も常に80パーセントに。途切れる事柄を面倒がる晴朗は、連絡が取れなくなる機会は殆どない。あるとすればメンテナンスの為偶に放電させる時くらいだ。

 ――よぞらくんのことだから、充電が切れたまま放置しているのだろう。

 要らないと言えば必要が無いもの。言ってしまえば無様な世渡りの手段に慣れてしまった晴朗は、待つ静けさに意味を探さない。
 
 そもそも、特に大事な連絡があった訳でも、心配で声が聞きたかったからでも無い。夜の電話は、目的を持たない。何となく、率直に言えば自分の為の行動だ。晴朗は、熱心に祈りを捧げる信徒のように目を閉じた。
 
 1、進んでいた。また、1……1……。明日になる。そうしていつの間にか膨大な1が過ぎていく。
 
 1とは時間で、1とはとりとめのない生き方。
 1が足されていくと、どんどん増える。当たり前に、いつの間にか足されている1を、確実に解ろうとする人はどれくらいいるだろうか。シンプルな足し算で積み重なった、割り切れない数を。魅力があるということを。
 
 カーテンの隙間からダラダラと水漏れしている雨模様は、時間の変化を感じさせない。晴朗は静かに眠りについた。

 
     ◇  ◇ 

 
 明け方――

 日野出の携帯が震える。着信を知らせるバイブレーションに手探り、ズボンの切れ目にたどり着くと通話ボタンを押した。

「……はい」
『おはよう、日野出。……起きてた?』

 明るい声色。毒を感じさせない爽やかさは普段黄色い声で騒がれるのも納得の清涼感だ。友人である晴朗は朗らかに挨拶をし、電話口の相手の名を呼んだ。
 しかし、この時間には大層不釣り合いだ。酷くげんなりする。日野出は若干眉を顰め耳から遠ざけ低い声を出した。
 
「ああ、起きてた。ってお前は……今何時だと」
『あはは、ごめんね。――よぞらくんの電話が繋がなくて』

 友人の口からでたよぞらの音にピクリと反応してしまう。

「……、……なんだよ。電話って? あいつに?」
『うん、昨日掛けてみたら繋がらなくて。さっきも。通じなかったんだ』

 よぞらの電話が通じないのだと言う、彼らにとっては珍しくも無い、平常運転の内容に日野出はお決まりの返事をする。
 
「ずっと、通じないって? ……あいつの事だから充電死んでんじゃねえの」
『はは、僕もそう思う。……んー、この時間だとよぞらくん起きてること多いから一応掛け直してみたんだけどね……結局おかけになった番号云々……』

 状況を語るリズムは、子守唄のようで意識を揺らす。日野出は、思わずぼうっと壁を見つめた。
 ゆゆ島……ゆゆ島……。
 ――あいつ、まだしばらく寝てるだろうな。そう揺れている内に、次第と日野出はよぞらの事で頭がいっぱいになり始める。そうだ、ゆゆ島は俺の家に居る。
 
 ――そこまで、辿り着いた時。
 
『知ってる?』

 晴朗の問う声が鼓膜に伝わった。真っ直ぐな軌道を描いた彼の疑問は小さな破裂音になり、貫いた。焦りと油断で肩が上がり日野出は、ぐ、と息を呑む。
 
「……な、んで俺……。てか、さあ。知らね――」
『ふふ、』
「……んだよ」
『ふ、――別に。笑っただけ。なあに? 責めてないよ』
「…………」
『あ、それでさ、僕、今――よぞらくん家なんだけど』
「………………何やってんだお前はこんな時間に」
『ふふっ』

 日野出はあまりにも軽い笑い声に誤魔化されかけたが、考えてみれば今は午前4時過ぎだ。――こいつは何してんだ。前のめりに張り上げた声は呆れたと、嘆息で萎む。

『部屋の中――衣類が減ってて、洗濯待ちの服を入れるカゴは空っぽ。干した形跡も無い――と、なると。候補としては、よぞらくんの良く行くコインランドリー、かな。日野出の、』
「マジ、気持ち悪いな良崎」
『極々単純な推理だよ? ――ねえ、日野出。よぞらくん起きてる?』
「…………」
『こんな話して、最初から落ち着いてるお前なんか丸わかりだよ。どうせ、コインランドリーで会ったんでしょう?』
「……」
『――そこに、居ないかな?』
「………………」
 
 無言の肯定は日野出の癖だねと笑い、晴朗はスッと声を沈めた。誰も慌てていない。ゆっくりと会話をしている。
 話の合間に吸い込んだタバコの煙が口の中で渦を巻く。焼ける葉の熱さに目を細めると、日野出は咽せる前に吐き出し、白い紫煙が立ち登った。
 
「――いや、寝てる」

 フー、と息を強め煙を払う。事実確認が済めば、ある程度分かるだろう。晴朗の短い「そう」と、扉の開閉音がスピーカーから漏れた。
 
『じゃあ僕も日野出の家にお邪魔しようかな』
「ハ……」

 おい、と日野出は慌てて携帯を握りしめる。手の中でじわりと熱を帯びてきていた。タバコの灰を受け止める携帯灰皿を取り出す。
 
「お前まだ夜明け前だぞ……」
『僕昨日は早く寝たから目が覚めちゃって、ふふ、』
「ジジイかよ」
『――お前もね。何か買って行こうか。よぞらくん、お腹空いてるでしょ』
「……」
『仲良くて何よりだけど無理させちゃあダメだよ』
「……ああ……」
『日野出にだったら、甘えて食べたいものでも呟いてたでしょ?』
「……ああそうですよ」
『ははっ。どうしたのその声。拗ねても1ミリも可愛く無いよ。すごいね?』
「…………」

 寝不足からか、晴朗の揶揄いに苛立ちが募るが、自分も部が悪いのを察し、ぐっと、押し込め、軽くタバコを叩いて灰を灰皿へ落とした。

「なんかホットドッグとか言ってた」
『ホットドッグ?』
「――何だっけ、ピクルスと……あー、そうフライドオニオンとか、……」
『この時間じゃあ24時間スーパーが良いとこだけど……うーん……ん、わかった』
「……まあ適度に、こっちくる時に頼むわ、じゃあな良崎」
 
 通話の先で1人考える纏めた晴朗は、クスクスと笑う。
 
『――大丈夫、ゆっくり行くよ、じゃあね』

 晴朗の方から通話が切れた。
 

      ◇  ◇ 

 
 通話の後、しばらく煙をふかせていた日野出は寝こけたよぞらを叩き起こし、風呂に入れ、自分のしでかした後片付けをしていた。物音に顔を上げると、後ろで扉が開く音がした。

「ここはちゃんとお湯が出るのえらいねえ」
「……サラッと怖えこと言うな」
「なはは、寒い日はねー、堪えるのよこれが」

 風呂から上がったのか、ペタペタと足音をさせてよぞらが部屋へ入ってくる。先程までの標準装備の風呂と、己の簡素な風呂を比べたよぞらは「それでもあの風呂にもね~」と馬鹿な子ほど可愛いところがあると、どうでもいいエピソードを相好を崩しながら日野出の方へ近づいていった。
 
「――日野出っち聞いてる?」
「……ああ。――っこら、おっんまえ水浸し……! ちゃんと拭けっオラっ」
「途中でメンドくさくなっちゃって、うー……さぶさぶ……」

 よぞらに背を向けたまま、ゴミを纏めていた日野出は、ハイハイと振り返り、そしてその光景に思わずぎょっとした。
 拭いたとは胸を張って言えない、残念クオリティなよぞらが両腕を抱いて震えていたのだ。床まで落ちた水滴は留まりを作りあちらこちらで照明の光を反射している。ヘンゼルとグレーテルのパンくずのような目印を作ったよぞらに日野出の口元がひくついた。

「んなの寒いに決まってるだろうが……ほら、こっちこい」

 タオルを奪い取り、力任せに髪の毛を拭きだした。

「ふはっ、あはは、痛い痛いっ」

 乾燥機仕上げのタオルは手に持つと柔らかな肌触りで、水を優しく吸い込みふわりと包み込む。痛いとは言っているが、彼も肌触りの良さで笑い声の方が大きい。

「ふわふわだねえ、やっぱコインランドリー最強だ、――な?」

 声に合わせて白いタオルから顔を出したよぞらは、日野出を見上げ、柔く首を傾げ微笑む。しなる金髪がいつもより水分を含んでいるせいか、キューティクルが増し、日野出は目が眩んだ。いや、それだけじゃない。
 温まって血色の良くなった肌と、淡い色の唇。まだ野暮ったい目元は瞳を覆い、涙で潤ませていて。

 ――……、ああ、クソ。

 つい数時間ほど前の、どうみても明らかな情事の形跡に日野出は悪態をつく。クソが数個、いやそれ以上につくくらい、興奮し、勃ちそうになっている。脳みそとチンコが繋がってるみたいな反応で、羞恥を感じ、顔に熱が寄るのが、分かる。触れた感触を振り払うように首を振った。

 馴染みの香りが鼻を掠める。

「……、シャンプー使った?」
「ん、借りた借りた~」

 お揃い~なんて鼻歌を歌うよぞらをみて、日野出は時が止まったかのように見つめてしまう。
 一緒だからといって、ときめく様な性格はしていないが脳みそがショートしてしまったみたいに痺れた。
 同じ匂いだが、より甘くて。引き寄せられるようによぞらの頬へ唇を寄せ、軽く啄んだ。

「っ……ん? ――ふ、ふは、なーに」

 唇の柔らかさが心地良いのか、よぞらは無邪気な声を上げる。何と問いかけたセリフではあるものの抑揚は下がり笑っている。
 
 最後の部分が少し掠れて聞こえるのが、また……。
 
 なんでもそうだ。綺麗なものよりもノイズがかった色や翳りに惹かれてしまう。そしてそうさせたのが自分自身だという真実に――日野出は頭蓋が揺さぶれ、ぐぅ、と際どいドロついたものが込み上げた。足を、首を、掻きむしる凄まじい奇声を手で塞ぐ。
 
 肌に残る香料と水の甘さ。唇から伝わる快楽物質に振り払ったはずの昂りが戻りそうになる。

「ん、ん……ぅ……――おい、バカ、――ぁ」

 ちゅ、ちゅ、頬を食んだ後、日野出は顔を傾け擦る様に重ね、唇が触れ合った。咎めようと開けたよぞらの口に舌が入り込み、絡まる。
 後頭部に手を伸ばし、首元から髪をかき上げると、頸の赤い痕が色濃く残っているのがわかった。オモチャに名前を書く、子供じみた満足感。日野出は固い指を逃げようとする腰まで下ろし――
 
「っ……!」

 ――ピンポン。

 チ、と雑音の後に音程のズレたインターホンが鳴り響き2人の身体が揺れる。来客の気配に日野出の手は掴めず滑り落ちていった。

「…………ゆっくり、つったのはどの口だ」

      ◇  ◇  
 
 雨は降り続いているのか空が白んでいるはずの時間でも視界の明るさは変わらない。

「――わ、廊下すごい濡れてるよ?」

 スーパーの袋を持った晴朗が家の中まで雨が降っているのかと驚きながらこちらへとやって来る。
 ひょこりと廊下を覗いたよぞらは、晴朗と、その後ろの鍵を開けにいった日野出をみて、

「ごめーんそれ俺のせい」

 頭を掻きながら軽い謝罪を飛ばした。
 
「このアホ……」
「あ、……ふふ、なるほど。おはよう、よぞらくん」
「おはお」

 よぞらは、晴朗に挨拶を済ませると、お掃除しますとしゃがみ込み、手にしたタオルで水浸しの廊下を拭き始める。
 
「しっかし、どったのせーくん、こんな朝早く」

 もしかして、日野出と約束でもしていたのだろうか。染み込んでいくタオルを見ながら考えていたら目の前に綺麗な靴下が目に入った。タオルが当たりそうになり、濡れたらヤバいと見上げると晴朗は気持ちのいい笑顔を湛えていた。
 
「せ、せーくん?」

 すっと、晴朗は座り込む。ガサリと持った袋が重たげに床へ着く。よぞらと視線の高さが合った彼はタオルに添えられていた手を取った。

「っ?」
「声が聞きたいのに連絡を取ろうにも、取りたい手段は我が手中にありなん――」
「ごめん、全然全く意味分かんないけどなんとなくめっちゃ分かったごめん」

 突然の不気味なセリフにパニックで冷や汗がぴゅびゅぴゅと出るよぞら。頭上で日野出の溜息が聞こえ、更に度し難い空気になった。

「――ゆゆ島、お前携帯は?」
「? けー、たい? あ。――んー、……ん、にはは、…………ないねえ」
「ハァ……」
「ふふ、また後で探そうね」

      ◇  ◇ 
 
 つぅ、と指の腹で廊下の隅をなぞる。
 
「あらよぞらさん、ここに埃がたまってますわよ」
「せいろうおかあさま、それは俺のせいじゃございませんことよ」
「それもそうだね、日野出が掃除してないから」
「おかあさま、くちょうが戻ってますわよ」
「うふふ」
「おほほ」
「……お前らバカやってないで作るの手伝え」
「あ、お義姉さまお腹空いた!」
「日野出――まだ?」
「っっ、……ふざけんじゃねえ!」
「きゃっきゃっ」

 晴朗が気を利かせて買ってきたスーパーの袋は日野出の手に渡り、何故か彼が準備をすることになっていた。怒られてもなんのその。そんな日野出を尻目に、2人はシンデレラごっこに勤しんでいた。
 
「――で、この後シンデレラはどーなんの?」
「ネズミも魔法使いも王子も居ないから……シンデレラは一生継母たちと暮らすことになりましたとさ。おしまい」
 
 掃除のくだりが終わり、よぞらが次の展開を訊くと、驚くほど早く終わりを迎え、ちゃんちゃんと、締めの音楽まで流れてしまった。あまりにあっさりしすぎて、よぞらは展開についていけず、きょとんと目を丸くした。
 
「え、そうなのせーくん、これでおしまい?」
「うん、おしまい。物語としては不成立だけど不利益はないでしょう?」

 なにせ、僕と日野出とお城で暮らすんだよ? と晴朗は楽しげにビジョンを語る。確かに虐められるどころか、高待遇でシンデレラは暮らしていけそうだ。
 トゥルーとまではいかないが、ノーマルエンドくらいにはなりそうなのでは。丸め込まれたよぞらは、へーと気のない返事の後、こくりと頷いた。それは確かにタラバガニ、ほのぼの展開花丸ハッピーめちゃラッキー。

「さすがせーくん」

 略してさすせー。一体何が凄いのか、略してしまうと全く分からないが、些かゴロも悪い出来立ての略称をよぞらは繰り返す。
 
「さすせー、さすせーそさしせ……っあだ、舌噛んだ」
「ははは」
「おい、バカ共。ちっとは黙って待ってられないのか」
 
 悪ノリするよぞらと晴朗に向かって日野出がジトリと文句を言う。それでも手は動き、用意してくれている様子によぞらはごめーんと軽い謝罪を飛ばしながら近づいた。

 朝ご飯がわりに晴朗が買ってきてくれたのはホットドッグの材料だ。なんて素晴らしいチョイス。
 凄い凄いとよぞらは晴朗を仰ぎ見ると、彼はどことなく謙遜の雰囲気を漂わせていた。
 
「24時間スーパーで買えるもので、だけどね」
「そか、でもありがとー」

 ガサガサと日野出の横に立ち袋を漁る。切り込み入りのコッペン、長いソーセージ、ツンとしないディジョンマスタードとケチャップ。そして――――

「んおお! フライドオニオンとピクルスも、ある!」

 なんと、スタンダードな材料プラス、あると嬉しいボーナスアイテムまで揃っているではないか。ぱあああ、と目を輝かせ溢れるよぞらの喜びに、日野出は目元が弛み、次いではっと視線を泳がせ止まる。僅かな狼狽の後「よかったな」と瞳によぞらを映した。
 
「――よかったね、よぞらくん」
「ん、ザク甘酸っぱのフワぱり~」

 よぞらの後ろから晴朗が声をかけると、彼は返事の代わりに味わえる食感を歌いあげる。よぞらを挟んだ2人はそれぞれ釣り合いを揺らすように笑った。

「聞いて驚けよぞらくん。このホットドッグ、日野出の奢りです」
「――ッ、ハァ!?」
「さすが、日野出……さすひの~」
「さすひのー」
 
 ふてぶてしい笑みを浮かべる晴朗はレシートをチラつかせる。日野出は悪態をつきながら、差し出された紙を奪い取った。
 
「……ぐ、……ックソ……」

 ぐぬぐぬしている日野出が可笑しいのか、ふはふは、とよぞらは腹を抱えた。しかし、はた、と止まる。乾き始めた金髪が一房、二房顔にかかり、よぞらのまつ毛を掠め目元の色の深さが増した。
 
「でもさ、せーくん」
「ん?」
「よくこんだけ俺の食べたいものわかったね」

 心底不思議だと、よぞらは目を瞬かせた。
 話しても無いのに凄い洞察力、やはりエンパスか。

「……それはお前がバカだからだろ」

 晴朗の代わりに日野出が答えた。ムッとしたよぞらは日野出の脛を軽く蹴る。
 
「った、」
「日野出くぅん? チミね、さっきからバカだとかアホだとかいいすぎでないかい? こんな俺でも傷つくのよ」
「――ふふ」

 下手なよぞらの勘ぐりを横目に、蹴られた足を摩る日野出に晴朗は目配せを交わす。

「……」
 
 気づいた彼が嫌そうな顔をしたのを見て――、

「――……、」

 ――いつもの、朗らかな微笑みを浮かべた。
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