よぞら至上主義クラブ

とのずみ

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本編ー総受けエディションー

27:過ぎた午睡/至冬くんと月見

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 頭の真ん中、目の奥の部分だけ凝り固まった眠さがある。瞼を閉じると目玉が1回転するように動いてそこを刺す。そして眠気がやってくるのだ。

 液体が分離した上澄みの掬い上げた僅かな澄んだ意識から、重く沈んだ自分の眠い体を見る。

 アイマスクから瞼を押し上げると、朝だと思っていた時刻は夕暮れだった。どうしても眠くて、昼寝のまた昼寝をかましていた俺。半分寝落ちみたいな眠りの後、起きて一番に思うのは何時だろうってことなんだけど今回は色の変化に余り時間が経ってないことが考えなくても分かった。
 
 それにしても。何となく100均のアイマスクを買ってみたが起きるまで周りの情報が入ってこなかったとは中々侮れない性能だ。ちゃちいゴムがついているアイマスクを引っ張って、しげしげと見やる。
 
 眩しさ軽減もそうだが、何かが目に触れているのは手を当てている感覚と似ていて眠りにつきやすいし……それに、目を瞑るだけでも意識の変化があるんだっけ。見え過ぎないのって大事。

 ヘアバンドみたいにアイマスクで前髪を押し上げると、開けた視界に夕陽で焼けた部屋が見えた。あまりに眠くて耐えられず、ドロドロと睡ってしまった。その事実が首に纏わりつく。

 西の窓から差し込む狭間の色が重たくて赤い。ぼおっとしてるだけじゃ前に進めないはずなのに、それらは進む必要なく勝手に進んでいく。

 そういえばそういえばそういえば――。

 脳内で自分の独り言を点Pと点Qになぞらえ追いかけっこをしていた俺は、急に床に懐いて寝っ転がる。天井を見上げようと首をそらすと、ずれたアイマスクから前髪がこぼれて、いくつか視界を遮った。

 床から伝わるPCファンの振動。お気に入りの抱き枕。赤い色、肌寒い空気。寝起きで痺れた手足。

 エロゲをやってるせいか使用頻度が高い、机の上の付けっぱなしのパソコン。開かれたウィンドウには何件かの新着メール。携帯と連動した連絡用アプリケーションの通知。OSの更新通知。接続不良の携帯。真っ暗な画面。
 
 ――少しずつ積まれる未開封の手紙。

 読まずに大体捨てる、俺にはどうにもできないもの。
 
「うーんなんとも」

 どんどん、どんどん溜まってく。
 このまま埋もれてしまうんじゃないかって、いやまあ実際そんな訳はないんだけど、感覚的に体がそう感じてしまって、ごろん、と反動をつけて起き上がり机へ近づく。OS更新のためにPCを再起動してみると、起動せずビープ音が鳴り響いて、わめき散らかす結果となってしまった。
 
 誰か居たら笑い話にでもできるが、1人だと、あーやったわ……としか感想がでてこない。短い嘆息をついて電源を落として――なんか壊れた! とは言わず、めちゃくちゃ大変だけどなんとかしてみる。で、この次は充電ができないのを見てみるか。何故か買ってあった接点復活スプレーで……。


 毎度のポンコツ具合、恐るるに足らず。

 

    ◇  ◇

 
 
「……ゆゆ島先輩は皆既月食、見ますか?」
 
 バイトが終わった後、シフトが一緒だった至冬(しとう)くんとエレベーターへ乗り込む。ドアが閉まりボタンを押していると彼は静かな呟きを溢した。
 
「――かい、き? ……あ。あ~……」
 
 独特の浮遊感に、至冬君の言葉を脳が拾い上げるのに時間がかかってしまった。

 ――そっか、皆既月食なんだっけ。
 
 この間知らないおっちゃんに聞いたのを皮切りに、色んな人から次々とその話を聞くから『皆既月食がある』という事実だけはなんとか覚えていた。
 あの丸々とした月が赤くなる奴。興味のない出来事にそんな断片的な知識しか頭に浮かばない。歯切れの悪い返ししかできず、へにょりと眉を下がっていくのが自分でも分かった。

 耳タコになっちゃうくらい人の興味を惹く月って、一体何なんだろうな。どうやってそう思い込ませるんだろう。遠いからかな。
 美しいという共通認識があるであろう月の存在、魅力が良く分からない。移り替わるエレベーターの数字の光を追っていた俺はそもそもの事実を思い出す。

「……ってか、バイト上がりだから見れないよね。多分」
「……あ……」

 幼さの残る目元が俺を不思議そうに見て、俺と同じ答えに行き着いて瞬く。斜め後ろに立っている可愛い後輩へ振り返り、胸元からくい、と視線を上げ黒い瞳とかちあう。

「至冬くんもシフト同じだから――ね」
「そうでした」

 その時間俺達は……バイトなんですよね。月っていう神秘的なモチーフの話をしていたのに、急に現実に戻って盛り下がった雰囲気に俺は逆に噴き出してしまった。落差がすごい。
 
「ふはっ、こんだけ話してたのにねえ」

 そう言って――微笑みかけると、彼も笑う。まるで月の引力と潮の満ち引きみたいだ。

 ん、ってことは、俺が月で、至冬くんが潮? いや逆かな? 天文学だとか、詳しいことはよく分からないけど、はっきりともしないんだけど何故か寄せ合い引きあう感覚がぴったり当てはまって。

 ああ――。

 もしかしたらこういうところが月の魅力、なのか。ストン、と納得してしまった。

 焦点がズレて見えるボタンの点滅は、大きくボアと広がったモアレを作る。至冬くんとは笑いあったきり無言で、しかし重力に逆らった感覚はすぐに終わった。
 
 エレベーターが開きフロアに出るとすっかり暗くなった空気が迎えてくれ、雨は止み切っているのか地面はとうに乾いていた。

 黒い空の下、月を見る。空を見上げると、はっきりとわかる。紛れもない月だった。

「かなりでーっかい!」
 
 これでまだ満月じゃないっていうんだから、やりおる。両手を広げゆっくりと歩き出ると、後から来た彼がそっと並んだ。

「ね? もう満月でいいってくらいでっかいよ至冬くん……って、なんで笑ってるの」

 何も言わないのは彼の常だったが、肩が小刻みに震えている。前髪の間から見えた瞳には星の瞬きみたいな潤みがちらほら。じとりと睨むと、至冬くんから堪えた声が聞こえた。
 
「ふっ……」
「……もしかして至冬くんも馬鹿にしてるう?」
「いえ、そんな。――いいですよね、……綺麗だ」
「ねー、これくらいデカいと綺麗かもーって思う――ん? 何どしたの」

 いやにこちらを見つめるものだから。きょとんとして小さく首をかしげると、言い淀んだ彼の唇が、そっと空気を震わせた。
 
 歩く君と俺に。月の白い光だけがはっきり落ちるから、表情が良く見えて、夜の音に紛れても至冬くんの言いたい事が唇の動きで良く分かった。

「もう少しだけ、お月見、しませんか」
 

 

 近くの自動販売機であったか~いお茶と、コーヒーを買う。というか買ってくれた。彼がボタンを押したら二回ぶつかる音がして出てきたので、俺は屈んで取り出し口に引っかけながら不器用に取り出す。

「ほい」
「っす」
 
 俺は缶コーヒーが苦手なので至冬くんに軽く投げ渡し、ペットボトルの蓋を開ける。ふわ、と香るほうじ茶の熱が鼻頭に当たって、まだ早いかとためらった熱さは程よくて。口元を緩めながらまろい口当たりを楽しんだ。

 エロゲだったら初エッチ前の切ないピアノBGMが流れそうな雰囲気。一度思い始めたらそうとしか考えられなくて同意を求めると、至冬くんは少しだけ笑った。
 俺は道路に設置されているアーチ型の車止めに寄りかかって月に向き合いお茶を呷った。
 
「明日は赤ちゃんが沢山生まれそう。……いや断じてエロい話じゃないんだけど――」
「大潮……ですか?」
「そそ、さっすがDK。よく知ってる! 満月の日って多いらしいよ……んなこというとちょっと怪しい感じになっちゃうけどね。でも俺、それ信じる派なんだ。月と潮の満ち引き。って、やつ」

 ファンタジーに聞こえるが、引力も重力も時間と同じくらい抗うことが出来ないもので、見えないもの。
 現実では『なんとなく』で片づけられるものを、そう俺は思っている。
 
 隣でプルタブの音が聞こえて、甘いカフェオレの香りが俺のところまで漂う。こっくりしたミルクの膜が出来そうな濃さに、あっさりしたお茶の香りが負けて、俺はサラサラしたコーヒーを飲んでいる気分になってきた。多分至冬くんは気づかないだろうな。

「波って、寄せては返すんだ」

 お茶を揺らしながらたぷん、と。ゆっくり、……ゆっくり俺は話す。ラベルから覗く琥珀色が夕日みたいに揺れて、黙って相槌を打つ至冬くんがたまに2、3言返事しようとして、俺がそれに被せて喋るもんだから互いに遠慮して――シンとなった。でも目はしっかり俺を見て2人なんだって――そうして、いつの間にか柔軟剤の香りに包まれていた。
 
「……ふあ、寝てた」
 
 頬に感じるのは柔らかい肉。至冬くんの肩を借りた俺はうたた寝しながら眠る夢を見たみたいだ。零れない様にお茶は彼が持っていてくれた。
 まさか自分の声が子守唄になるとは。うつらうつらと目を開けたり閉じたりしていたら、至冬くんの優しい囁きが降ってくる。

「ゆゆ島せんぱい」

 引っ付いてる部分から振動も伝わって、懐いた肩で一擦りすると彼の鼓動が伝わって、文字通りドキドキッて言ってた。俺に対して言ってるのが分かると開いた目がまた閉じそうで。
 
「……至冬くん、俺、少しだけ……ねんむい」
「――ゆ、」
 
 ちゅ、と背伸びをして言葉を遮る。

「ちょっとだけ肩、貸して――」

 動いたせいで、寄りかかっていたポールの金属音が鳴った。
 
 
 
    ◇  ◇
 


 ――寝ている夢を見た。
 
 夢の中で今日を過ごして、起きたら今日の始まりだった。夕焼けに侵されている恍惚な色が時間の帯の様に続く。夜になる。雨が降る。雨が上がる。夕日が続く。

 簡単に設計された一日が続く隙間に何かが挟まれる。早くやれって言う。でも何も無くて。



 ――俺はどこに在ったんだろう。

「ゆめ、だ」

 夢を見た。
 
 過ぎた午睡の後は目を閉じた先の色が見える気がして、夜が下りると同時にそっと瞼を伏せた。
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