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薨去
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長方形の形をしたプラスチック製の2枚扉を覚束無い手つきで開ける。それは私を歓迎するかの如く大きく口を開け、誘った。
完全に口が開切り長方形の「穴」と少しばかし狭い「空間」の姿を認識出来る。灯火は無く、ただ外光を少々取り入れ薄暗く奇妙で、だけれども此岸としてハッキリと目に映った。
私は子鹿のように1歩を踏み出し、また1歩と崩れそうになりながら喰われる。
この空間には、プラスチック製の椅子と身体洗浄用の器具が置いてある。それらには一瞥もせず、シャワーを手に取り、ボタンをひとたび押せば、私は頭にへばりつく程に水を浴びている。
その姿は獣が水辺を頼りに上流し、滝で行水するが如く野蛮であった。長く伸びきった髪が幾つもの束となり、その先で収束する。
恐ろしいものである。顔は暗く、髪は前にダダ下がり、尖った顎に長切れた目、そして控えめな口にデカい鼻。私はそれを鏡で何となくだが視認できた。
その間にも足は震えていて、下を向くと右足は斜め右前側に45°。左足は身体の軸と直線に、足先は数°ばかし左に向いていた。
それを震わせていながらまた、行水をしているのである。
譫言のように私は「死なない理由が見つかってしまった…死なない理由が…」と繰り返す。
とうとうそんな安定しない足元でありますから、崩れるのは必然であったと思う。全てを拒絶するようしゃがみこみ、童のように頭を両手で抱え、また、嘆くのだ。
「死なない理由が見つかってしまったんだよ…死なない理由…」
琴乃不協和音の様で、不穏な音をたてる世の中への怨嗟にも聴こえる声で何遍も口々にした。
「死なない理由が出来てしまった…死なない理由…」
生きれど死なずとも、生きる理由が見つからない。
こんなことも見つからないのか。
そして己の無能さを唐突にイラつかせた様子が顔に顕れる。醜いであろう。
やはり足を震わせながらも立ち、己と対峙する。鏡が曇っていて姿が見えない。
私はぶっきらぼうに右手をかっぴらげて、顔が見える程度に鏡の曇りに爪痕を与える。
眼前には疲労困憊した獣が居る。
私は鏡の私へこう言った。
「ぶっ殺してやる、お前を、お前に、俺は、今にでも復讐する為にでも、生きてやる。」
久しぶりに言った恨み言だ。
シャワーを止めた私は、髪を洗うでもなく、私の心とは対称的な暖かな湯船へと足を滑り込ませるのだ。
左右に不規則に水を揺らし、肩まで浸かると、長く伸びきった髪の数束を後ろに掻き揚げた。
イヤーワーム現象か、はたまた、私の心理を映し出したのか幻想的に、フィガロの結婚の第11曲「愛の神よ照覧あれ」が聴こえ始めた。
そのまま私は私を慰める様に、ゆっくり、ゆっくりと沈静していく。同時に髪が並行に、均等に、不規則に、水面の空間へと広がる。顔の半分は埋まったであろう。
タナトスに押されるが如く、三半規管近くに、果てには呼吸口にまで優しく。そして、無慈悲に水が浸透する。
完全に沈んだ。液体が私を包む音と祝福が聴こえる。
嗚呼、ハレルヤ。
完全に口が開切り長方形の「穴」と少しばかし狭い「空間」の姿を認識出来る。灯火は無く、ただ外光を少々取り入れ薄暗く奇妙で、だけれども此岸としてハッキリと目に映った。
私は子鹿のように1歩を踏み出し、また1歩と崩れそうになりながら喰われる。
この空間には、プラスチック製の椅子と身体洗浄用の器具が置いてある。それらには一瞥もせず、シャワーを手に取り、ボタンをひとたび押せば、私は頭にへばりつく程に水を浴びている。
その姿は獣が水辺を頼りに上流し、滝で行水するが如く野蛮であった。長く伸びきった髪が幾つもの束となり、その先で収束する。
恐ろしいものである。顔は暗く、髪は前にダダ下がり、尖った顎に長切れた目、そして控えめな口にデカい鼻。私はそれを鏡で何となくだが視認できた。
その間にも足は震えていて、下を向くと右足は斜め右前側に45°。左足は身体の軸と直線に、足先は数°ばかし左に向いていた。
それを震わせていながらまた、行水をしているのである。
譫言のように私は「死なない理由が見つかってしまった…死なない理由が…」と繰り返す。
とうとうそんな安定しない足元でありますから、崩れるのは必然であったと思う。全てを拒絶するようしゃがみこみ、童のように頭を両手で抱え、また、嘆くのだ。
「死なない理由が見つかってしまったんだよ…死なない理由…」
琴乃不協和音の様で、不穏な音をたてる世の中への怨嗟にも聴こえる声で何遍も口々にした。
「死なない理由が出来てしまった…死なない理由…」
生きれど死なずとも、生きる理由が見つからない。
こんなことも見つからないのか。
そして己の無能さを唐突にイラつかせた様子が顔に顕れる。醜いであろう。
やはり足を震わせながらも立ち、己と対峙する。鏡が曇っていて姿が見えない。
私はぶっきらぼうに右手をかっぴらげて、顔が見える程度に鏡の曇りに爪痕を与える。
眼前には疲労困憊した獣が居る。
私は鏡の私へこう言った。
「ぶっ殺してやる、お前を、お前に、俺は、今にでも復讐する為にでも、生きてやる。」
久しぶりに言った恨み言だ。
シャワーを止めた私は、髪を洗うでもなく、私の心とは対称的な暖かな湯船へと足を滑り込ませるのだ。
左右に不規則に水を揺らし、肩まで浸かると、長く伸びきった髪の数束を後ろに掻き揚げた。
イヤーワーム現象か、はたまた、私の心理を映し出したのか幻想的に、フィガロの結婚の第11曲「愛の神よ照覧あれ」が聴こえ始めた。
そのまま私は私を慰める様に、ゆっくり、ゆっくりと沈静していく。同時に髪が並行に、均等に、不規則に、水面の空間へと広がる。顔の半分は埋まったであろう。
タナトスに押されるが如く、三半規管近くに、果てには呼吸口にまで優しく。そして、無慈悲に水が浸透する。
完全に沈んだ。液体が私を包む音と祝福が聴こえる。
嗚呼、ハレルヤ。
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