そして、弟は兄を殺すことにした。

雨月夜道

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第三章

二つの悪い報せ(高雅視点)

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「それがしが宿を取っていた寺で、偶々雅次様一行と居合わせご一緒したのですが、そこで……突如、雅次様の瞳の色が山吹に変わられまして」

 愕然とする。

 稀に、イロナシの瞳が突如山吹色に染まり、山吹に変異することがあると聞いたことがあったが、まさか雅次が、しかも今、変異するなんて。

 天地がひっくり返った心地がした。
 なぜなら。

「あ、ああ……それでは殿

 作左の後を追ってきた家来の一人が、震える声で呟く。
 それを聞き、他の者たちも顔面蒼白になる。

 武門の習いとして、イロナシが突如山吹に変異し、他に山吹がいなかった場合、その者が問答無用で御家の嫡男となる。
 事前に決められていた嫡男を廃嫡にして。

 つまり、

 そのことにも衝撃が走ったが、一番に思ったのは――。

「おいっ、誰かいるか」
 俺が大声で人を呼ぶと、すぐさま家来の一人が駆けつけてきた。



「……は? 雅次様を、でございますか? しかも、今すぐとは」

「今すぐだ。急げっ」

 俺を立派な世継ぎにするために己の全てを擲ってきた雅次が、この事態をどう考えるか。
 想像するだけでも血の気が引く。

 早まった真似はしないよう、しっかり言い聞かせないと……。

」 
 家来たちに指示を出す俺に、作左が声を震わせながら首を振った。

「おそらく、もう……手遅れかと」

「! それは、どういう……」

 まさか、雅次はもう自ら命を絶ってしまったのか。
 恐る恐る訊き返すと――。 

「このことについて、それがしは急ぎ、殿にお知らせして指示を仰ぐべきだと言いました。しかし、雅次様お付きの者たちが、殿

「何っ? 俺が雅次をだとっ?」
 そんなこと、絶対にありえない。

「はい。作左は勿論、そのことを重々承知しております。ゆえに、何度も言い聞かせましたが、彼奴等は聞く耳を持ちませぬ。雅次様が山吹となれば、殿は全てを失う。ならば、このことが世に知れる前に雅次様を殺そうとする。それが人というものじゃと」

 確かに、そういう話は聞いたことがあるし、人づてに聞けば、さもありなんと思うだろう。
 だが、俺は違う。俺と雅次は……っ。と、憤る俺の耳に届いたのは。
 

「挙げ句、……っ」

 聞き捨てならない言葉に、俺は思わず作左の胸倉を掴んでいた。

「今、なんと言うた? 雅次を、家房に守ってもらうだとっ?」

「は、はい。家房は雅次様の舅。必ずや殿から守ってくださると」

「馬鹿なっ」

 
 

「そう喚いている者たちは、蔦殿に付き従って高垣より参った者たちでございました。ゆえに、さような血迷うたことを」

「雅次は? 雅次はそれに対してなんと言っていた」

「それが……雅次様は山吹に変異したせいか、臥せってしまわれました。それをいいことに、彼奴等は雅次様を高垣の許に連れて行こうとして……止めるそれがしを口封じのため殺そうとまで致しました。ゆえに、このことだけでもお伝えしようと、崖から飛び降りて何とか逃げ帰ってきた次第で」

「では、雅次は今……」

「申し上げますっ」
 作左の言葉をかき消すように、また別の家来が駆け寄ってきた。しかも、

「ただいま、使

 そう言って、文を差し出してくるではないか。
 一瞬、目の前が真っ暗になった。

「と、殿……」
 作左の怯え切った声で我に返る。

 ……そうだ。
 このまま突っ立っていたって何もならない。

 まずは、家房が何を言ってきたのか確認して、これからの策を練らねば。

 しかし……っ。

 ――嬉しいのです。兄上が、助けに来てくださったことが、どうしてか……自分でも、変だと思うほど嬉しい。

 家房に襲われそうになっているところを助け出した時、そう言ってしがみついてきた雅次が思い出され、全身の血が冷えていくのを感じながら、震える手で文を受け取った。
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