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第三章

届かぬ説得(高雅視点)

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 本城では、上を下への大騒ぎとなっていた。

 家中は雅次を新しい世継ぎにと推す派と、現当主の意向を汲むとともに、父親を殺そうとした不孝者の雅次を断罪し、俺を引き続き世継ぎに据えるべき派で真っ二つに割れ、あちこちで怒鳴り合っている。

 そして、俺を見るなり大勢で詰め寄って来て、「雅次に世継ぎの座を譲れ」だの「いいや、決して譲ってはなりませぬ」だのと好き勝手喚いてくるので、

「やかましいっ!」
 大声で怒鳴りつけると、皆ようやく静かになった。

「大の男がみっともなく喚き散らして。それでも伊吹の家臣か。恥を知れっ」

「も、申し訳ありません。されど、高雅様は此度のことをどう……」

「父上と雅次から直接話を訊いて判断する。ただ……その前に、雅次が父上を斬りつけた時のことを教えてくれ」

 俺は当時現場にいた数人から話を訊いた。
 そして、話を訊いていけばいくほどに、眉間に皺が寄っていった。

 雅次が父を斬りつけるために使った太刀は、父の背後に置かれていた父の太刀だの。父の叫び声で皆が駆けつけた時、雅次は父から数間離れた場所に片膝を突いていただの。

 雅次が父を殺そうと斬りつけたというのなら、どう考えても可笑しい。
 と、思っていると、父の重臣の一人が声をかけてきた。

「殿がお呼びでございます。どうぞこちらへ」

「……分かった。作左」
 俺は後ろに控えていた作左に手招きした。

「雅次の居場所を探って参れ。見つけたらすぐ俺に知らせろ」

「承知いたしました。では……っ」
 即座に踵を返そうとする作左の腕を、俺は掴んだ。



「! そ、それは」

「行け」
 頬を強張らせる作左に端的に告げると、俺は重臣の案内で父の許に向かった。







「おお高雅。よう戻って来てくれた!」
 顔を合わせるなり、父は弱々しくも弾んだ声で俺を出迎えた。

「待ちわびていたのだぞ。体は言うことを聞かぬし、あの親不孝者にいきなり斬りつけられるしで、まこと心細うてしかたなかった」

「雅次は、いきなり斬りつけて参ったのですか?」

「そうじゃ。話しておったら、突然わしの太刀に手をかけ『殺してやる』と斬りつけてきおって」

「そうでございますか。それはさぞかし、驚嘆されたものと存じます。枕元に呼ぶほど心を許した息子に突然斬りつけられるなど」

「枕元……?」
 訝しげに眉を寄せる父に、俺はにっこりと笑って見せる。

「はい。雅次が使った太刀は、父上の背後に置かれた父上の太刀でございますれば、枕元まで呼ばれなければとっさに手に取ることはできませぬ」

「……お、おう。そうじゃ。わざわざ枕元まで呼んでやったというに、あやつめ。なんということを」

「しかし、可笑しゅうございますなあ。そこまで近づいて斬りつけたというに、左の二の腕のみ傷を負わせ、今それがしが座っておる場所まで引くとは」

「……」

「『殺してやる』とまで啖呵を切っておいて、情けないことでございます。これでは」

「待て」

 父が俺を制した。
 先ほどまでとはうって変わった低い声だ。

 そして、戸惑いの表情を浮かべる家臣たちに下がるよう手を振った。

「貴様、どういうつもりだ」
 二人きりになるなり、父は地を這うような声で尋ねてきた。

 表情も先ほどまでの柔和なそれとはうって変わった敵意に満ちたもので……ああ。この表情、子どもの頃常に向けられていたものだ。

 俺が少し意に添わぬ態度を示した途端のこれ。

 やはり、
 俺を「いらない子」といたぶっていたあの日からずっと。

「弟が山吹に変異したというに、イロナシの貴様を世継ぎに据え続ける上に、邪魔な弟を消してやると言うておるのだぞ。この温情がなぜ分からぬ……」

「父上こそ、分かっておられません」
 俺は両拳を畳につき、にじり寄った。

「此度の桃井の動き、明らかに高垣と通じております。そして、家房は雅次の舅。雅次を世継ぎにせねば、家房は舅という立場を利用し桃井とともに攻めてくる。そうなってしまっては万事休す。ここは、雅次に家督を継がせ、家房に攻め込む機会を与えず、高垣と桃井が切れるよう仕向けるのが得策」

「……」

「それに……武将としての才覚は、それがしより雅次のほうがずっと上ですっ。今までは、兄のそれがしに遠慮して目立たぬよう息を潜めていましたが、当主となれば必ずや名君になると、それがしは確信しております。ですから、どうか」

 自身の不甲斐なさを曝け出しながらも必死に懇願した。
 誰も犠牲にせず、家房に打ち勝つためにはこれしかないと信じて。

 しかし、そんな俺の想いを、

「はん! 分かっておらぬのは貴様のほうじゃ」
 父は鼻で嗤った。
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