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第三章
知らされる地獄(高雅視点)
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「あやつに家督を継がせるだと? 冗談ではない。家房に抱かれて骨の髄まで誑し込まれ、ただの傀儡と化した色狂いに、誰が」
「お待ちくださいっ」
とんでもないことを言い出した父に、俺は思わず声を上げる。
「誰がさようなことを申したのか存じませぬが、そのようなことは決して」
「家房本人が言うてきておるのだっ。昼夜問わず抱いてくれとせがんで大変であったとな。しかも、抱かれ過ぎて腰が立たぬゆえと輿に乗って帰ってきおった。これが色狂いでのうてなんだと言うのだっ」
吐き捨てられたその言葉は、俺の胸を容赦なく抉った。
雅次は家房に犯されてしまったのだという事実を改めて突きつけられたこともそうだが――。
「なにゆえ、さように惨いことを申される。そのような文を送りつけられたらまずは、雅次の身を案じるものではありませぬか? 雅次は、父上の実の息子なのですよ?」
「……」
「父上が、イロナシの息子は愛せぬということは、よくよく存じております。しかし、雅次は此度、山吹となりました。父上がこの何十年、欲し続けた山吹に! それなのになぜ、いまだに雅次を目の敵にされる? 雅次の、一体何がかように気に入らぬのです……」
「ははは」
怒りに声を震わせる俺を、父が声を上げて嗤った。
心底馬鹿にした声で。
「何が気に入らぬだと? 全てじゃ。あやつの爪の先から髪の毛一本に至るまで、あやつのありとあらゆるものに虫唾が走る。反吐が出る。わずか六つでわしの『家房兄様』を誘惑した色狂いなど」
「え……」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「今、なんと言われた? 六つ? え? 家房兄様って……」
「あやつはたった六つで、当家にいらしていた兄様を誘惑したのだ。そうでなかったら、あのようにつまらぬ奴を味見したいなどと、兄様が言い出すはずがないし、そのまま抱き続けるものかっ」
雅次はずっと前から、家房に抱かれていた? しかも。
「雅次が六つの時……! で、では、あの時、俺に戦へ行けと言うたのは」
「はん。あやつにいつも張り付いておる貴様がいては、兄様があやつを抱くのに邪魔だったからに決まっておろう」
「……っ!」
「ああ。ついでに言うが、あやつには『兄は厄介者の貴様を捨て、己の栄達のために初陣を志願した』と言うてやった。わしはあやつに兄様を奪われたのだ。だったら、わしがあやつから貴様を奪い取っても、何の問題もあるまい?」
貴様に捨てられたと言われて、みっともなく泣き出したあやつは傑作だった。
そう吐き捨てて嗤う父に、がつんと、頭を殴られた衝撃が走る。
男色も稚児遊びも、武将の嗜みの一つ。
その知識はある。だが。
――兄上ぇ、おっかない夢見たよぅ。助けて。
あの頃の幼気な弟が脳裏に蘇る。
小さくて、柔らかくて、未成熟で、繊細で、少しでも乱暴に扱おうものなら壊れてしまいそうだった。
到底、大の男を受け入れられる心と体ではなかった。
そんな弟が、こともあろうに実の父親の手によって差し出され、性のはけ口にされた。
しかも、その関係は今も続いている。
ずっとずっと、六つの時から。
そこまで考えて、俺は首を振った。
頭がその事実を受け入れることを頑なに拒否するのだ。
今現在、家房に抱かれたという事実だけでも気が狂いそうなのにこんな、こんな……っ。
「そん、な……そんな訳ない。では、蔦殿は何……」
そうだ。
長年密かに愛し合い、ついには子まで出来たというあの女は――。
「蔦? あれは、嫁入り前の身で乳兄弟と密通して孕んだあばずれよ。それを、兄様は雅次に押しつけてきたのだ。あやつは兄様に抱かれ過ぎて、女も抱けぬ腰抜けに成り果てておったゆえな」
返ってきたのは、さらなる地獄だった。
「その時、二人はなんと言い合っていたと思う? 『孕んだ娘をお前に宛がったのは、お前が生涯自分以外の人間と肌を合わせぬため。実の娘さえお前に捧げるよ』『嬉しい。これで月丸は死ぬまで家房様だけのもの』……ははは。狂うておる。狂うておるわ」
「で、では、虎千代はじめ、蔦殿がこれまで産んだ子は」
「雅次の子ではない。全員、かの地までのこのこついてきた間男と、雅次の屋敷で昼夜問わず励んで出来た子らよ」
強烈な吐き気が襲ってきて、思わず手で口元を覆う。
雅次夫婦の仲が冷え切っていることは察していたが、新婚時は普通に愛溢れる家庭を築けていたと思っていた。
嫁入り前の他国の姫君を孕ませるなんて、相当な覚悟を持たねばできぬことで……それだけその姫に焦がれていた証だと、
――他国の姫君と逢瀬を重ねるなんて、雅次様は本当に蔦様がお好きなのですね。ねえ? 作左。
――はい。まことに。
妻も、一の家臣も、そう言っていたから――っ。
……知っていたのだ。
あの二人は、雅次がどれほどの地獄にいるか。
さらに言えば、雅次が幼い頃から家房の慰み者にされていたことさえも、知っていたのではないか?
乃絵の実家である喜勢家は大事な娘の嫁ぎ先として相応しいか、当家のことを調べ上げていたし、作左は雅次が俺と離れ離れになっていた十年をどう過ごしていたか調べると言っていたから。
全部、あの二人は知っていた。
知っていて、あえて見て見ぬふりをした。
俺に気づかせないよう、細工までしていた。
――恋焦がれた姫君と夫婦になれて、雅次様は幸せですわね。
雅次の幸せを心から願っている俺に、慈愛に満ちた笑みでそんな嘘を吐いた。
ああ。なんと……何かもが薄汚くて、おぞましい。
強烈な嫌悪感と吐き気で、どうしようもなく気持ち悪い。
「お待ちくださいっ」
とんでもないことを言い出した父に、俺は思わず声を上げる。
「誰がさようなことを申したのか存じませぬが、そのようなことは決して」
「家房本人が言うてきておるのだっ。昼夜問わず抱いてくれとせがんで大変であったとな。しかも、抱かれ過ぎて腰が立たぬゆえと輿に乗って帰ってきおった。これが色狂いでのうてなんだと言うのだっ」
吐き捨てられたその言葉は、俺の胸を容赦なく抉った。
雅次は家房に犯されてしまったのだという事実を改めて突きつけられたこともそうだが――。
「なにゆえ、さように惨いことを申される。そのような文を送りつけられたらまずは、雅次の身を案じるものではありませぬか? 雅次は、父上の実の息子なのですよ?」
「……」
「父上が、イロナシの息子は愛せぬということは、よくよく存じております。しかし、雅次は此度、山吹となりました。父上がこの何十年、欲し続けた山吹に! それなのになぜ、いまだに雅次を目の敵にされる? 雅次の、一体何がかように気に入らぬのです……」
「ははは」
怒りに声を震わせる俺を、父が声を上げて嗤った。
心底馬鹿にした声で。
「何が気に入らぬだと? 全てじゃ。あやつの爪の先から髪の毛一本に至るまで、あやつのありとあらゆるものに虫唾が走る。反吐が出る。わずか六つでわしの『家房兄様』を誘惑した色狂いなど」
「え……」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「今、なんと言われた? 六つ? え? 家房兄様って……」
「あやつはたった六つで、当家にいらしていた兄様を誘惑したのだ。そうでなかったら、あのようにつまらぬ奴を味見したいなどと、兄様が言い出すはずがないし、そのまま抱き続けるものかっ」
雅次はずっと前から、家房に抱かれていた? しかも。
「雅次が六つの時……! で、では、あの時、俺に戦へ行けと言うたのは」
「はん。あやつにいつも張り付いておる貴様がいては、兄様があやつを抱くのに邪魔だったからに決まっておろう」
「……っ!」
「ああ。ついでに言うが、あやつには『兄は厄介者の貴様を捨て、己の栄達のために初陣を志願した』と言うてやった。わしはあやつに兄様を奪われたのだ。だったら、わしがあやつから貴様を奪い取っても、何の問題もあるまい?」
貴様に捨てられたと言われて、みっともなく泣き出したあやつは傑作だった。
そう吐き捨てて嗤う父に、がつんと、頭を殴られた衝撃が走る。
男色も稚児遊びも、武将の嗜みの一つ。
その知識はある。だが。
――兄上ぇ、おっかない夢見たよぅ。助けて。
あの頃の幼気な弟が脳裏に蘇る。
小さくて、柔らかくて、未成熟で、繊細で、少しでも乱暴に扱おうものなら壊れてしまいそうだった。
到底、大の男を受け入れられる心と体ではなかった。
そんな弟が、こともあろうに実の父親の手によって差し出され、性のはけ口にされた。
しかも、その関係は今も続いている。
ずっとずっと、六つの時から。
そこまで考えて、俺は首を振った。
頭がその事実を受け入れることを頑なに拒否するのだ。
今現在、家房に抱かれたという事実だけでも気が狂いそうなのにこんな、こんな……っ。
「そん、な……そんな訳ない。では、蔦殿は何……」
そうだ。
長年密かに愛し合い、ついには子まで出来たというあの女は――。
「蔦? あれは、嫁入り前の身で乳兄弟と密通して孕んだあばずれよ。それを、兄様は雅次に押しつけてきたのだ。あやつは兄様に抱かれ過ぎて、女も抱けぬ腰抜けに成り果てておったゆえな」
返ってきたのは、さらなる地獄だった。
「その時、二人はなんと言い合っていたと思う? 『孕んだ娘をお前に宛がったのは、お前が生涯自分以外の人間と肌を合わせぬため。実の娘さえお前に捧げるよ』『嬉しい。これで月丸は死ぬまで家房様だけのもの』……ははは。狂うておる。狂うておるわ」
「で、では、虎千代はじめ、蔦殿がこれまで産んだ子は」
「雅次の子ではない。全員、かの地までのこのこついてきた間男と、雅次の屋敷で昼夜問わず励んで出来た子らよ」
強烈な吐き気が襲ってきて、思わず手で口元を覆う。
雅次夫婦の仲が冷え切っていることは察していたが、新婚時は普通に愛溢れる家庭を築けていたと思っていた。
嫁入り前の他国の姫君を孕ませるなんて、相当な覚悟を持たねばできぬことで……それだけその姫に焦がれていた証だと、
――他国の姫君と逢瀬を重ねるなんて、雅次様は本当に蔦様がお好きなのですね。ねえ? 作左。
――はい。まことに。
妻も、一の家臣も、そう言っていたから――っ。
……知っていたのだ。
あの二人は、雅次がどれほどの地獄にいるか。
さらに言えば、雅次が幼い頃から家房の慰み者にされていたことさえも、知っていたのではないか?
乃絵の実家である喜勢家は大事な娘の嫁ぎ先として相応しいか、当家のことを調べ上げていたし、作左は雅次が俺と離れ離れになっていた十年をどう過ごしていたか調べると言っていたから。
全部、あの二人は知っていた。
知っていて、あえて見て見ぬふりをした。
俺に気づかせないよう、細工までしていた。
――恋焦がれた姫君と夫婦になれて、雅次様は幸せですわね。
雅次の幸せを心から願っている俺に、慈愛に満ちた笑みでそんな嘘を吐いた。
ああ。なんと……何かもが薄汚くて、おぞましい。
強烈な嫌悪感と吐き気で、どうしようもなく気持ち悪い。
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