異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい

木の葉

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長期休暇 ナミさんからの連絡

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 ジルの持つ通信魔道具が、チリン、と澄んだ音を立てる。「マーカスさんからだ」と、ジルは内容を確認すると、マッドに手渡した。
 
「マーカスさんから連絡が来た。どうやらナミさんがギルドに赴いて、アデルさんから説明を受けてくれたらしい。『ぜひ、もう一度お会いして直接お話ししたい』と書かれていたよ。二日後はどうだろうか?」
 
「僕は問題ないよ」
 
「私も大丈夫よ」
 
 リオと私が伝えると、マッドはマーカスさんに返信した。ナミさんがギルドを訪れてくれたことに、私は安堵の息を漏らした。
 
 マッドから、既にジル、ムッサリ、ジータにはナミさんの件を話しており、私たちの中で決めたことがある。ナミさんには、私やマッド、リオが同じ転生者であることはしばらく黙っておこうと。少なくとも、彼女が心から明るく笑えるようになるまでは話さないと決めたのだった。
 
 牧場を手伝ってくれる従業員は思いのほか早く見つかり、三人の兄弟が住み込みで働いてくれることになった。早くにご両親を亡くした彼らは、冒険者ギルドで清掃作業や荷物運び、馬の世話など、あらゆる仕事をこなし、力を合わせて生きてきたという。21歳のジェイ、18歳のリョウ、15歳のロイ。三人とも逞しい体つきで、笑いの絶えない好青年たちだ。
 
「良い者たちが働いてくれて良かったな、ジル」
 
「はい、本当に安心しました。彼らなら用心棒としての役目もこなせますからね」
 
「長男のジェイは弟たちの親代わりをしてきただけあって頼りになるし、責任感もある。次男のリョウはそんな兄を気遣える優しい性格だ。末っ子のロイはとても賢そうだ」
 
 マッドがそう言うと、ジルが続けた。
 
「ジェイとリョウはロイを平民学校に通わせたくて、安定した仕事を探していたようです。ここからだと歩いても30分ですから、理想の職場だと言ってくれました」
 
 東レ島にある唯一の学校だ。
 屈託なく笑う三兄弟なら、牧場を安心して任せられると私も思った。彼らの周りは、暖かく優しい光に満ち溢れている。ナミさんも彼らとなら、きっと打ち解けられるだろう。
 
 バンスは既に三人の意見を聞いて、牧場に家を建て始めてくれていた。

 二日後、私たちはギルドに、三人だけでなくムッサリ、ジータ、ジルも加わり、総勢六人でやって来た。
 
「こんにちは、アデルさん。今日はありがとうございます」
 
「いらっしゃい。ナミさんは既に到着して、マーカスの部屋で待っているわ」
 
「ありがとうございます。しばらく部屋をお借りしますね」
 
「ええ、マーカスは夜にしか戻らないから、好きなだけ使ってちょうだい」
 
 ジルとアデルさんがそんな会話を交わしてから、私たちはナミさんの待つ部屋へ向かった。ナミさんはソファーの端に浅く腰掛け、緊張した表情で私たちに挨拶してくれた。
 
 ジータがナミさんに優しく語りかけた。
 
「こんにちは、ナミさん。私はジータと言います。私も料理スキルは持っているし、料理がとても好きなの。でもホテルを夫と経営したいから、あまり時間がなくて……ナミさんが手伝ってくれるのなら、私は嬉しいわ」
 
「ジータの料理はとても美味しいんだ。だけどここだけの話、家庭料理だから、洗練された見栄えの良い料理ではなくてね」
 
「まあ、あなたったら、全く」
 
 ムッサリとジータは微笑み合っている。その温かいやり取りに、ナミさんの表情が少し和らいだのが分かった。
 
「でも、私はそんなにすごい料理を作ったことがないんです。あの、これを召し上がっていただいても良いですか?」
 
 ナミさんは恐る恐る弁当箱を差し出した。
 
「まあ、作ってきてくれたの?」
 
 ジータがナミさんの料理を一口食べ、目を輝かせた。
 
「まあ、これはご飯に合いそうね!」
 
「はい、米と食べればとても美味しいと思います。ですが、米は売っていなくて試したことはありません。実は私は東方大陸の料理に興味があって、古本屋に売っていたレシピで再現したんです」
 
 ムッサリとジルも口にしたので、私も一ついただいた。コリコリして噛み締めるたびに味がしてクセになる美味しさだ。確かにご飯と食べれば最高だろう。それに、これはとても長く日持ちするようだった。
 
「これはたくあんというそうです。日持ちもするので、たまに作っては貯め置いているんです。私は料理スキルはありますが、料理人ではありません。店で料理することもありますが毎日ではありません。厨房の片隅でしか自由に料理したこともないです。そんな私で本当に良いのですか?」
 
 ナミさんの言葉には、過去の苦労と自信のなさが滲み出ていた。しかし、ジータは温かく応えた。
 
「ナミさんはまだ若いのだから、まだまだ伸びます。私でよければ色々と教えてあげられるし、いつでも頼って頂戴」
 
 その瞬間、ナミさんの瞳から大粒の涙があふれ出した。嗚咽を漏らし、何度も「ごめんなさい」と繰り返す。
 
「ごめんなさい……私、そんなことを言われたのは初めてで……ごめんなさい」
 
 ジータは何も言わず、そっとナミさんを抱きしめた。温かい腕の中で、ナミさんは堰を切ったように泣き続けた。
 
「謝る必要などないわ。これからは私たちを家族だと思って甘えてちょうだい」
 
 ムッサリも優しい眼差しで続けた。
 
「そうだ、私とジータを祖父母と思って甘えてくれ。実はここに孫のジルもいるんだが、ジルはあまり私たちに甘えてくれないからね、頼ってくれると私も嬉しいよ」
 
「ありがとうございます……精一杯、頑張ります……よろしくお願いします!」
 
 ナミさんの震える声には、深い感謝と、新しい人生への希望が込められていた。こうしてナミさんは私たちと共に東レ島へ向かうことになった。
 
 ナミさんが働いていた店との話は、全てジルが行ったようだ。
 

 後日、マーカスさんが私とマッド、リオに話をしてくれた。
 
「マッドに話を聞いて、過去の記録を調べたんだ。ナミが初めて冒険者ギルドを訪れた時に対応したギルド職員は、あの店から賄賂を受け取っていたようだ。本来なら、あのような如何わしい店をギルド登録したばかりの何も知らない者に勧めたりはしない」
 
「その職員はどうしたんですか?」
 
「バレる前に辞めてしまっていたこともあり、発覚したのはマッドに話を聞いてからだった。ナミのような世間を全く知らない者を狙っていたから、露見しなかったのだろう」
 
 本当に酷い話だ。
 
「証拠も揃っているので、既に賞金をかけて探している。捕まれば国外追放にするつもりだ。それに他にも余罪があれば奴隷になるだろう」
 
 ナミさんのような世間を全く知らない者を狙っていたから、露見しなかったのだろう。もし、彼女に私たちのような特別なスキルが一つでもあれば、当時の入門検査で発覚して、ギルドが手厚く保護していただろうに。どうして神様は、ナミさんにそんな力を与えなかったのだろうか。どうしてもそんな風に考えてしまう。
 
 今、ナミさんはジータに料理を教わり生き生きとしている。

「ジータさん、焼きたてのパンを朝食に出すのはどうですか?」

「良いわね、ナミはパンを焼いたことはあるの?」

「ないです。でも挑戦したいです」

「じゃあ、一緒に頑張りましょう」

「はい!」と、弾むような大きな声でナミさんはジータと会話をしている。もうそこには、以前の疲れた影はなかった。そんな光景を、私は遠くから静かに見ていた。

 

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