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北方大陸5
北方大陸は、文字通り氷の大地だった。凍てつく空気が肺を刺し、吐く息は白い煙となって消えていく。あの「暖かい石」を持っていなかったら、私たちはとっくに凍えて動けなくなっていただろう。
石の購入時にいなかったジル、レティ、バンスも、今では各自が暖かい石を持っている。三人は、キタノ島役所の近くにあった店で購入したそうだ。アクセサリーにできるような石は見つからなかったらしく、皆ポケットに入れて持ち歩いているという。
馬たちも、土の上と比べて氷の上では走りにくいようで、速度はあまり出ない。時折、蹄が滑り、バランスを崩すたびに、私たちは皆で身構えた。
「マッド、アルムセム国は地図上に載ってる?」
リオが尋ねると、マッドは頷いた。
「ああ、しっかりと表示されている。ただ、『国』とは表示されていないようだ。ここからだとそれほど遠くはないが、かなり大きな国だったようだから、アルムセムに入ってからどう進めばいいかが分からないな」
「どのくらいで行けるの?」
私が尋ねると、マッドは少し考えてから答えた。
「二日くらいだと思うが、何とも言えないな」
とにかく寒いので、私たちは適宜に暖を取り、馬に気を配りながら移動した。
マッドの言う通り、二日後にはアルムセムの領域に入ったようだ。ここまで来るのに、狼やクマ、小動物は見かけたが、人には全く会っていない。凍りついた世界に、私たちだけが取り残されたような感覚に陥る。
アルムセムに入ってから一時間ほど馬車を走らせると、マッドが言った。
「地図に地名が表示された。『旧王都』と表示されている場所があるが、行ってみるか?」
リオが嬉しそうに頷いて言った。彼の目が、希望に満ちて輝いている。
「マッドの地図スキルは本当に便利だね。助かるよ。それで、どのくらいかかるの?」
「おそらく五日くらいかな。建物などが残っているとすると、もう少し時間がかかるかもしれない」
一日後の夜、初めて人の気配があった。マッドが私たち全員を起こし、状況を説明し始めた。
「五人に囲まれているが、襲ってくる気配はない。ただ、警戒しているんだと思う」
向こうから見れば、私たちは侵入者なのだから、警戒するのは当然だろう。下手に攻撃すれば、無用な争いになる。
「僕が話してみるよ」
リオはそう言うが、危険すぎる。私は思わず、彼の腕を掴んだ。
「ピッピ、お願い! リオを守って!」
私はそう言ってピッピにお願いした。ピッピはリオの肩にちょこんと乗っている。
「大丈夫だよ、キャロル。少し話すだけだ」
リオはそう言って、話し合いに向かった。ボンドンは当然のようにリオの後ろをついて行った。
話し声は私には聞こえないが、マッドは風魔法で聞き取っているようだ。
「大丈夫だ。問題ない」
マッドの言葉を聞いて、私は少し安心した。マリアもずっと震えていたが、その言葉で少し落ち着いたようだった。
リオが戻ってきて、私たちに説明を始めた。
「この近くに彼らの集落があるそうなんだ。明日の朝に迎えを寄越すから、良ければ寄ってほしいと言われた。彼らは悪い人ではないし、僕は行ってみようと思うけど、皆はどうする?」
「そのために来たんだから、会うしかないだろう。彼らは嘘を言っていないんだろう?」
マッドが答えると、リオは力強く言った。
「ああ、言っていない」
「だけど、地図には表示されなかったぞ」
「どうやら、そういった魔法があるらしい」
翌朝は早めに起きて身支度を整えた。
三人の若者がやって来て、私たちを集落まで案内してくれた。ベージュに近い茶色の髪に灰色の目をした二十代くらいの男性が中心となって、私たちに話しかけてきた。
「俺の名前はザナンだ。昨日は驚かせて済まなかった。何しろこんな経験は初めてだから、俺たちも驚いているんだ」
「こんな経験とは?」
マッドが尋ねると、ザナンは説明してくれた。
「君たちは海を渡って来たんだろう。初めて見る顔だし、アルムセムに住んでいる人々とは明らかに、そこの二人(私とリオ)を除いて色が違うからね」
『私とリオのことだろうか?でも、今の私たちは髪も目も茶色に変えているのに、なぜ分かるのだろう』そう私が心の中で思っていると、ザナンが説明してくれた。
「確かに目も髪も茶色ではあるが、肌の色は我々に近いし、骨格も似ているだろう」
なぜ私の考えていることが分かったのか、不思議でたまらなかった。私の隣で、マッドとリオが楽しそうに笑っている。
「本当にキャロル様はいつも可愛らしいです」
まさかドナに言われるとは思わず、頬が緩んだ。
集落に着いたようだが、やはり何も見えない。ザナンが古代語で魔法を呟くと、突如として集落が現れた。空気の震えと共に、目の前に小さな三つの小屋が現れた。
これは、以前に夢で見たような光景だ。小さな三つの小屋の前で、皆が楽しそうに笑っている。私たちが歩いていくと、一人の老婆が私をじっと眺めてきた。その老婆の目は、まるで遠い昔の記憶を探しているかのようだった。そして、しばらくすると、老婆は堰を切ったように涙を流し、その場に泣き崩れた。
恐ろしいほど夢で見た光景と同じで、私が驚いていると、マッドがそっと私の手を握ってくれた。その手の温かさが、私の心を落ち着かせてくれる。
「大丈夫か?キャロル」
「ありがとう、マッド。私は大丈夫」
老婆は、まるで懐かしい宝物を見つけたかのように、私に抱きついてきた。彼女の震える肩が、私に伝わってくる。涙がまだ止まらないみたいで、ずっと泣いている。
「ごめんなさいね。亡くなった娘を思い出してしまったの。娘が帰ってきたかと思ったわ。名前は何て言うの?」
もしかして「娘」というのは、私の母であるキャロラインさんのことだろうか? マッドを見ると、彼は静かに頷いていた。
「キャロルです」
そう言うと、老婆はさらに涙を流した。私はリオに似ていると思っていたけれど、どうやら母親似のようだと、この時初めて知った。
私たちは皆に温かく歓迎された。
その日は集落に泊まることになり、私たちはリビングでお茶を飲みながらリラックスしていた。そこに祖母が現れて私の手を握り言った。
「キャロルはとても娘に似ているわ。本当に可愛いわね」
「娘さんはどんな方だったんですか?」
私が聞くと祖母は懐かしむような顔をしてポツポツと話し始めた。
「あの子はね、小さい頃から刺繍が得意でね。一度やり始めると、食事も忘れて夜中まで没頭するような子だったんだよ。それに考えていることがすぐに顔に出る、本当に可愛らしい娘だったわ」
その話を聞いて、マッドやリオは思わず私の顔を見て微笑んだ。私の頬が少し熱くなる。母と私は、そんなところも似ていたのだろうか。なぜか、みんなが納得したように頷くのが見えた。
「だけど、王妃になってからは……。民のために必死に頑張っていたけど、子供を無事に産めなくて心ない者たちに責められたこともあったようよ。でもリオネイル陛下はいつも娘の味方だったからあの娘は幸せだったと思うわ。それでも最期は『跡継ぎを産めなくてごめんなさい』と謝って亡くなったのよ」
祖母の言葉に、私は胸が締め付けられるような痛みを感じた。リオもマッドも、静かに私の背中をさすってくれる。
翌朝、リオは、私たち両親のお墓について尋ねた。
「亡くなった王と王妃のお墓はあるんでしょうか?」
「歴代の王たちのお墓は旧王都に埋葬されている。ここからだと馬車で五日くらいだろう。向かうのであれば案内するよ」
ザナンさんがそう言ってくれた。
「ただ、どうして行きたいのか理由を聞いても良いだろうか?」
リオは私とマッドを交互に見てから、話し始めた。
「僕とキャロルは、ノーステリア人の王族の血を引いているようなんです。僕らには両親の記憶はないから、はっきりとしたことは言えないけれど……。だからどうしても、一度ここに来たかった」
「君の名前は? 確かリオだったよね?」
ザナンさんがそう言うと、祖母が泣き出した。
「リオとキャロルは兄妹なのよね? そういえば、リオはリオネイル王に本当によく似ているわ。お願いよ、真実を教えて頂戴」
祖母の言葉に促され、私たちはイシス神様から聞いた話を告げ、髪と目を本来の金髪と空色の瞳に戻した。
その瞬間、皆が一斉に深々と頭を下げた。彼らの表情は、驚きと敬意に満ちていた。
「ああ、神様……イシス神様……ありがとうございます。ありがとうございます!」
「あの、頭を上げてください。私たちは頭を下げられるような者ではありません」
「キャロルの言う通りです。頭を上げて下さい」
リオの言葉で皆が頭を上げた。
「普通に接してください」
リオがそう言うと、ザナンが話し始めた。
「では、俺はそうさせてもらう。俺はリオネイル様もキャロルライン様もよく知らないからな。俺はそうなると、君たちの従兄弟になるだろう。今は国ではないが、アルムセムには多くの人々が住んでいるし、連携も取れている。俺は君たちを王族のお墓まで責任を持って案内するよ」
ザナンは道中、アルムセムの現状と歴史について詳しく教えてくれた。
ザナンが言うには、アルムセムには多くの人々が住んでいて、地域ごとにまとまっているらしい。ただ、国としてまとめられるような存在はいないそうだ。
代々国を治めてきたアルムセム王は、魔力も多くスキルにも恵まれていて、何よりも人望があったという。それに、「聖なる使い」と呼ばれる大蛇と友人だったとも言われているらしい。
そんな特別な存在が他にいるわけもなく、国として機能することはこの先もないだろうと言われているそうだ。
「俺の親父は、各地域の主要人物たちと旧王都の中心部を管理しているんだ。旧王都には多くの人が住んでいるが、皆が貧しい生活を強いられている」
「旧王都には建物は残っているの?」
リオが尋ねると、ザナンは少し渋い顔をして言った。
「残っているとは言っても、立派な屋敷とかは一切ない。全て崩れ落ちていて瓦礫と化している。あるのは昨日君たちに泊まってもらったような小さな小屋だけだ。今では川は凍りつき、水も汚染されているから酷い状態なんだ」
「なぜ他の場所にに移らないんですか?」
マリアが尋ねた。
「さっきも言ったように、代々のアルムセム王は人々にとって神に近い存在だったんだ。だから、王族の墓がある旧王都から離れようとはしないんだよ」
「もしも、人々をまとめられる人が現れたら、旧王都は元に戻るの?」
リオの質問に、ザナンは困った顔をした。
「人々が少しでも希望を持てば、アルムセムは変われると俺は思っている。リオ、君が皆の前に現れれば、希望を持つ者が必ず現れるだろう。だから、もしこの地に残る気がないのであれば、表に顔を出さずに墓参りが終わったら帰ってくれ」
リオは何も言わなかった。彼の表情から、深い葛藤と、遠い故郷への想いが伝わってくる。私はリオと離れたくない。絶対に離れるなんて嫌だ。
この世界に来てからどんな時も三人は一緒だった。共に笑い悩んでここまでやってこれた。リオが私の側から居なくなるなんて考えただけで身を引きちぎられるかのようだ。
マリアは無表情のままだが、その瞳の奥に強い意志が宿っているように感じた。マッドは私の動揺に気付き、そっと私の肩を抱き、落ち着かせてくれる。
ザナンが、私に説明するように言葉を続けた。
「キャロルに一つ話すが、皆がリオを特別に敬うのは、アルムセム国は代々直系の長男が跡を継ぐと決められているからだ。もちろん男子が存在しない場合は女王となるが、男子がいれば余程のことがない限りは長男が跡を継ぐ。これは王族同士の諍いをなくすためだ。だからキャロルとリオの扱いは、兄妹でも違ってくる。悪くは思わないで欲しい」
だから私の言葉では皆が動かなかったのだと、その時初めて理解した。
「北方大陸の情報はあまりなく、そこまで俺たちは知らなかった。いい勉強になったよ」
マッドがザナンに礼を言った。
道中、何ヶ所かの集落に泊まり、挨拶をした。私とリオは顔を隠しているので、誰も私たちの正体には気づかない。
そして、私たちは予定通りに旧王都に到着した。
石の購入時にいなかったジル、レティ、バンスも、今では各自が暖かい石を持っている。三人は、キタノ島役所の近くにあった店で購入したそうだ。アクセサリーにできるような石は見つからなかったらしく、皆ポケットに入れて持ち歩いているという。
馬たちも、土の上と比べて氷の上では走りにくいようで、速度はあまり出ない。時折、蹄が滑り、バランスを崩すたびに、私たちは皆で身構えた。
「マッド、アルムセム国は地図上に載ってる?」
リオが尋ねると、マッドは頷いた。
「ああ、しっかりと表示されている。ただ、『国』とは表示されていないようだ。ここからだとそれほど遠くはないが、かなり大きな国だったようだから、アルムセムに入ってからどう進めばいいかが分からないな」
「どのくらいで行けるの?」
私が尋ねると、マッドは少し考えてから答えた。
「二日くらいだと思うが、何とも言えないな」
とにかく寒いので、私たちは適宜に暖を取り、馬に気を配りながら移動した。
マッドの言う通り、二日後にはアルムセムの領域に入ったようだ。ここまで来るのに、狼やクマ、小動物は見かけたが、人には全く会っていない。凍りついた世界に、私たちだけが取り残されたような感覚に陥る。
アルムセムに入ってから一時間ほど馬車を走らせると、マッドが言った。
「地図に地名が表示された。『旧王都』と表示されている場所があるが、行ってみるか?」
リオが嬉しそうに頷いて言った。彼の目が、希望に満ちて輝いている。
「マッドの地図スキルは本当に便利だね。助かるよ。それで、どのくらいかかるの?」
「おそらく五日くらいかな。建物などが残っているとすると、もう少し時間がかかるかもしれない」
一日後の夜、初めて人の気配があった。マッドが私たち全員を起こし、状況を説明し始めた。
「五人に囲まれているが、襲ってくる気配はない。ただ、警戒しているんだと思う」
向こうから見れば、私たちは侵入者なのだから、警戒するのは当然だろう。下手に攻撃すれば、無用な争いになる。
「僕が話してみるよ」
リオはそう言うが、危険すぎる。私は思わず、彼の腕を掴んだ。
「ピッピ、お願い! リオを守って!」
私はそう言ってピッピにお願いした。ピッピはリオの肩にちょこんと乗っている。
「大丈夫だよ、キャロル。少し話すだけだ」
リオはそう言って、話し合いに向かった。ボンドンは当然のようにリオの後ろをついて行った。
話し声は私には聞こえないが、マッドは風魔法で聞き取っているようだ。
「大丈夫だ。問題ない」
マッドの言葉を聞いて、私は少し安心した。マリアもずっと震えていたが、その言葉で少し落ち着いたようだった。
リオが戻ってきて、私たちに説明を始めた。
「この近くに彼らの集落があるそうなんだ。明日の朝に迎えを寄越すから、良ければ寄ってほしいと言われた。彼らは悪い人ではないし、僕は行ってみようと思うけど、皆はどうする?」
「そのために来たんだから、会うしかないだろう。彼らは嘘を言っていないんだろう?」
マッドが答えると、リオは力強く言った。
「ああ、言っていない」
「だけど、地図には表示されなかったぞ」
「どうやら、そういった魔法があるらしい」
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三人の若者がやって来て、私たちを集落まで案内してくれた。ベージュに近い茶色の髪に灰色の目をした二十代くらいの男性が中心となって、私たちに話しかけてきた。
「俺の名前はザナンだ。昨日は驚かせて済まなかった。何しろこんな経験は初めてだから、俺たちも驚いているんだ」
「こんな経験とは?」
マッドが尋ねると、ザナンは説明してくれた。
「君たちは海を渡って来たんだろう。初めて見る顔だし、アルムセムに住んでいる人々とは明らかに、そこの二人(私とリオ)を除いて色が違うからね」
『私とリオのことだろうか?でも、今の私たちは髪も目も茶色に変えているのに、なぜ分かるのだろう』そう私が心の中で思っていると、ザナンが説明してくれた。
「確かに目も髪も茶色ではあるが、肌の色は我々に近いし、骨格も似ているだろう」
なぜ私の考えていることが分かったのか、不思議でたまらなかった。私の隣で、マッドとリオが楽しそうに笑っている。
「本当にキャロル様はいつも可愛らしいです」
まさかドナに言われるとは思わず、頬が緩んだ。
集落に着いたようだが、やはり何も見えない。ザナンが古代語で魔法を呟くと、突如として集落が現れた。空気の震えと共に、目の前に小さな三つの小屋が現れた。
これは、以前に夢で見たような光景だ。小さな三つの小屋の前で、皆が楽しそうに笑っている。私たちが歩いていくと、一人の老婆が私をじっと眺めてきた。その老婆の目は、まるで遠い昔の記憶を探しているかのようだった。そして、しばらくすると、老婆は堰を切ったように涙を流し、その場に泣き崩れた。
恐ろしいほど夢で見た光景と同じで、私が驚いていると、マッドがそっと私の手を握ってくれた。その手の温かさが、私の心を落ち着かせてくれる。
「大丈夫か?キャロル」
「ありがとう、マッド。私は大丈夫」
老婆は、まるで懐かしい宝物を見つけたかのように、私に抱きついてきた。彼女の震える肩が、私に伝わってくる。涙がまだ止まらないみたいで、ずっと泣いている。
「ごめんなさいね。亡くなった娘を思い出してしまったの。娘が帰ってきたかと思ったわ。名前は何て言うの?」
もしかして「娘」というのは、私の母であるキャロラインさんのことだろうか? マッドを見ると、彼は静かに頷いていた。
「キャロルです」
そう言うと、老婆はさらに涙を流した。私はリオに似ていると思っていたけれど、どうやら母親似のようだと、この時初めて知った。
私たちは皆に温かく歓迎された。
その日は集落に泊まることになり、私たちはリビングでお茶を飲みながらリラックスしていた。そこに祖母が現れて私の手を握り言った。
「キャロルはとても娘に似ているわ。本当に可愛いわね」
「娘さんはどんな方だったんですか?」
私が聞くと祖母は懐かしむような顔をしてポツポツと話し始めた。
「あの子はね、小さい頃から刺繍が得意でね。一度やり始めると、食事も忘れて夜中まで没頭するような子だったんだよ。それに考えていることがすぐに顔に出る、本当に可愛らしい娘だったわ」
その話を聞いて、マッドやリオは思わず私の顔を見て微笑んだ。私の頬が少し熱くなる。母と私は、そんなところも似ていたのだろうか。なぜか、みんなが納得したように頷くのが見えた。
「だけど、王妃になってからは……。民のために必死に頑張っていたけど、子供を無事に産めなくて心ない者たちに責められたこともあったようよ。でもリオネイル陛下はいつも娘の味方だったからあの娘は幸せだったと思うわ。それでも最期は『跡継ぎを産めなくてごめんなさい』と謝って亡くなったのよ」
祖母の言葉に、私は胸が締め付けられるような痛みを感じた。リオもマッドも、静かに私の背中をさすってくれる。
翌朝、リオは、私たち両親のお墓について尋ねた。
「亡くなった王と王妃のお墓はあるんでしょうか?」
「歴代の王たちのお墓は旧王都に埋葬されている。ここからだと馬車で五日くらいだろう。向かうのであれば案内するよ」
ザナンさんがそう言ってくれた。
「ただ、どうして行きたいのか理由を聞いても良いだろうか?」
リオは私とマッドを交互に見てから、話し始めた。
「僕とキャロルは、ノーステリア人の王族の血を引いているようなんです。僕らには両親の記憶はないから、はっきりとしたことは言えないけれど……。だからどうしても、一度ここに来たかった」
「君の名前は? 確かリオだったよね?」
ザナンさんがそう言うと、祖母が泣き出した。
「リオとキャロルは兄妹なのよね? そういえば、リオはリオネイル王に本当によく似ているわ。お願いよ、真実を教えて頂戴」
祖母の言葉に促され、私たちはイシス神様から聞いた話を告げ、髪と目を本来の金髪と空色の瞳に戻した。
その瞬間、皆が一斉に深々と頭を下げた。彼らの表情は、驚きと敬意に満ちていた。
「ああ、神様……イシス神様……ありがとうございます。ありがとうございます!」
「あの、頭を上げてください。私たちは頭を下げられるような者ではありません」
「キャロルの言う通りです。頭を上げて下さい」
リオの言葉で皆が頭を上げた。
「普通に接してください」
リオがそう言うと、ザナンが話し始めた。
「では、俺はそうさせてもらう。俺はリオネイル様もキャロルライン様もよく知らないからな。俺はそうなると、君たちの従兄弟になるだろう。今は国ではないが、アルムセムには多くの人々が住んでいるし、連携も取れている。俺は君たちを王族のお墓まで責任を持って案内するよ」
ザナンは道中、アルムセムの現状と歴史について詳しく教えてくれた。
ザナンが言うには、アルムセムには多くの人々が住んでいて、地域ごとにまとまっているらしい。ただ、国としてまとめられるような存在はいないそうだ。
代々国を治めてきたアルムセム王は、魔力も多くスキルにも恵まれていて、何よりも人望があったという。それに、「聖なる使い」と呼ばれる大蛇と友人だったとも言われているらしい。
そんな特別な存在が他にいるわけもなく、国として機能することはこの先もないだろうと言われているそうだ。
「俺の親父は、各地域の主要人物たちと旧王都の中心部を管理しているんだ。旧王都には多くの人が住んでいるが、皆が貧しい生活を強いられている」
「旧王都には建物は残っているの?」
リオが尋ねると、ザナンは少し渋い顔をして言った。
「残っているとは言っても、立派な屋敷とかは一切ない。全て崩れ落ちていて瓦礫と化している。あるのは昨日君たちに泊まってもらったような小さな小屋だけだ。今では川は凍りつき、水も汚染されているから酷い状態なんだ」
「なぜ他の場所にに移らないんですか?」
マリアが尋ねた。
「さっきも言ったように、代々のアルムセム王は人々にとって神に近い存在だったんだ。だから、王族の墓がある旧王都から離れようとはしないんだよ」
「もしも、人々をまとめられる人が現れたら、旧王都は元に戻るの?」
リオの質問に、ザナンは困った顔をした。
「人々が少しでも希望を持てば、アルムセムは変われると俺は思っている。リオ、君が皆の前に現れれば、希望を持つ者が必ず現れるだろう。だから、もしこの地に残る気がないのであれば、表に顔を出さずに墓参りが終わったら帰ってくれ」
リオは何も言わなかった。彼の表情から、深い葛藤と、遠い故郷への想いが伝わってくる。私はリオと離れたくない。絶対に離れるなんて嫌だ。
この世界に来てからどんな時も三人は一緒だった。共に笑い悩んでここまでやってこれた。リオが私の側から居なくなるなんて考えただけで身を引きちぎられるかのようだ。
マリアは無表情のままだが、その瞳の奥に強い意志が宿っているように感じた。マッドは私の動揺に気付き、そっと私の肩を抱き、落ち着かせてくれる。
ザナンが、私に説明するように言葉を続けた。
「キャロルに一つ話すが、皆がリオを特別に敬うのは、アルムセム国は代々直系の長男が跡を継ぐと決められているからだ。もちろん男子が存在しない場合は女王となるが、男子がいれば余程のことがない限りは長男が跡を継ぐ。これは王族同士の諍いをなくすためだ。だからキャロルとリオの扱いは、兄妹でも違ってくる。悪くは思わないで欲しい」
だから私の言葉では皆が動かなかったのだと、その時初めて理解した。
「北方大陸の情報はあまりなく、そこまで俺たちは知らなかった。いい勉強になったよ」
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