異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい

木の葉

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北方大陸6

 私たちはまず、ザナンの父親に会うことになった。ザナンの父は、私とリオの母であるキャロラインの兄にあたるため、私にとっては伯父になる。加えて、私の父であるリオネイル王とも幼い頃から親友と言って良い間柄だったという。
 
 旧王都の街外れを通って向かった。そこは、ただの瓦礫の山ではなかった。まるで巨大な何かに踏み潰されたかのように、建物が跡形もなく崩れ落ち、その光景は人為的に破壊されたことを物語っていた。

 鼻にツーンとくるような、汚物と土が腐ったような耐え難い異臭が辺り一面に漂っている。肌を刺すような寒さも相まって、この場所がもはや、人が暮らせる場所ではないことを痛感した。まさに、すべてが凍りついた「氷の国」だった。

 この王都で、一体何が起こったのだろう? 疫病だけが原因とは私には思えない。
 
 私がザナンに尋ねると、彼は「詳しくは父が説明する」とだけ言い、それ以上は語らなかった。
 
 小さな小屋に案内され、そこで待つように言われた。一時間ほど経った頃、ザナンと、四十代くらいの男性二人、そして五十代くらいの女性一人が部屋に入ってきた。
 
 私とリオは、顔を見られないように俯いていた。どうやらザナンは、私たちの詳しい身分を説明せずに、この三人――恐らくは集落の重鎮たち――を連れて来たようだ。
 
「父さん、彼らは海を渡ってこの大陸に来たそうだ。ノーステリア人の血が流れている者もいるので、王族の墓参りをしたいと言っている。命懸けで来たのだから、許可してもらえないだろうか」
 
 ザナンの言葉に、三人は驚いた顔をして私たちを眺めてきた。
 
「そうなのか、あの海を渡れるとは信じ難いが……君たちはどこの大陸から来たんだい?」
 
 ザナンの父と思われる男性が、落ち着いた声で尋ねてきたので、マッドが答えた。
 
「俺たちは中央大陸のドレスデン国からやってきました」

 ザナンの父の隣にいる男性が感心したかのように聞いてきた。
 
「中央大陸とは驚きだな。北方大陸は滅亡したと言われているのではないのか?」
 
 マッドがそれに対して「確かにそう言われることもありますが、はっきりと記述された本はありません」と答えた。
 
 女性が、私たちをじっと見つめながら尋ねてきた。
 
「ノーステリア人の血を引く者は少なくないわ。かつては豊かな国だったから、多くの祖先が別大陸に渡り暮らしているもの。だから血を引く者は決して少なくない。それなのに、どうして命懸けでこんなところまで来たのかとても気になるわね」
 
 その問いに、リオが静かに答えた。
 
「どうしても墓参りがしたかったのです」
 
「そういえば君はリオネイル王の面影があるな……」
 
 ザナンの父が、リオを見て小さな声でそう言った。
 
 女性は神官長を務めているのだろう。彼女は厳かな面持ちで私たちに言った。
 
「私は神官長として判断しかねますが……ザナンがそこまで言うのであれば特別に許可することにしましょう。但し、条件があります」
 
「条件とは?」
 
 ザナンが食い下がって尋ねた。
 
「一つは、ノーステリア人の血を受け継いでいる者とその身内だけとします」
 
「私は婚約者ですが、宜しいでしょうか?」
 
 マリアが懇願するように尋ねる。
 
「俺は夫だから身内になるよな」
 
 マッドも確認するように言った。
 
 神官長は深く頷いた。
 
「宜しいですよ。もう一つの条件は、少し離れたところで私たちも同席します」
 
「分かりました。許可していただき、ありがとうございます」
 
 答えたのはリオだった。彼の声には、深い安堵がにじんでいた。
 
 十分ほど歩くと、かつては神聖な場所であったことが窺える、墓地と見られる一画が見えてきた。
 
 神官長が古代語で何かを唱え始めた。その声が響き渡ると、微かな空気の震えと共に、氷の壁の中に少しずつ白い建物が浮かび上がってきた。それは教会とも見える、簡素ながらも厳かな建物だった。
 
 神官長が私たちに向かって言った。
 
「許可していない者たちとザナンは、この場で待っていて下さい」
 
 神官長を先頭に、私たち四人(私、リオ、マッド、マリア)と二人の男性が扉の中に入っていった。中は厳かな雰囲気で、ひんやりと冷たい空気が肌を刺す。小さな窓が一つあるだけでとても暗い。
 
 地下があるらしく、私たちは階段を降りていった。気温はさらに下がり、凍えてしまいそうだった。
 
「もうすぐ着きます。寒いでしょうが、もう少し我慢して下さい」
 
 神官長が私たちの様子を気遣ってくれた。
 
 辿り着いた先には、息をのむような光景が広がっていた。壁一面に、歴代の王と王妃がまるで生前の姿のまま、透明な氷の中に安らかに埋葬されている。その氷は、まるでクリスタルのように澄んでおり、彼らの表情や纏っていた服の模様まで、鮮明に見ることができた。
 
「ここが王族たちの墓になります。亡くなった時の姿が、そのまま保存されています」
 
 神官長がそう言うと、リオが震える声で尋ねた。
 
「十七代の王と王妃のお墓はどちらですか?」
 
「リオネイル王とキャロライン王妃のお墓ですか?」
 
「はい、そうです」
 
「一番奥にありますので、ご案内します」
 
 神官長について歩きながら、私は歴代の王と王妃の氷の棺を眺めた。顔までは遠くて見えないけれど、確かに金髪が多いようだった。
 
 最奥部に辿り着くと、そこには二つの棺があった。父、リオネイル王と、母、キャロライン王妃。彼らは寄り添うように、静かに眠っていた。
 
 母の顔は、私によく似ている気がする。穏やかな微笑みを浮かべ、その髪はザナンのようなベージュに近い薄茶色だった。父の髪は、私とリオと全く同じで、輝くような金髪だった。その凛々しい横顔は、リオに生き写しだった。
 
 込み上げてくる涙が止まらない。温かい涙が頬を伝い、すぐに冷えていく。横を見ると、リオもまた、大粒の涙を流しながら、静かに父と母を見つめていた。
 
 リオは髪と目の色を本来の金髪と空色の瞳に戻し、その姿で父と母に深々と頭を下げた。私もリオと同じように、髪と目を本来の色に戻し、深くお辞儀をした。
 
 その瞬間、私たちの首にぶら下げていた形見の指輪が、あたり一面に暖かな光を放った。冷え切った空間に、優しい温もりが満ちていく。
 
 後ろにいた神官長たちにも、その光は目に入ったことだろう。しかし、今だけは何も気にせず、ただ父と母の姿を、瞼の裏に焼き付けるように眺め続けた。
 
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