鳥籠姫

白雪の雫

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③看板娘は元公爵令嬢

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今のブリュンビルデは住み込みでカフェのウェイトレス───給仕をしているとはいえ、元は公爵家の令嬢にして王太子の婚約者であった。
そんな彼女が何故、他国の、それも辺境の地にいるのか?
去年の春、学園で開催された卒業パーティーで王太子から婚約破棄を言い渡されたからだ。





『ブリュンビルデ。ヘレナに対する所業は畜生よりも劣る!よって、王太子の名の下にお前との婚約を破棄する!』
『王太子殿下?ヘレナとは一体何者なのでしょうか?』
ブリュンビルデは王太子であるラインハルトが口にしたヘレナという者に心当たりがない。というより、今回の卒業パーティーで初めて耳にした名前なのだ。
おそらくラインハルトの隣で縋り付いている小柄でピンクブロンドヘアーの、ゆるふわガールがヘレナなのだろうとブリュンビルデは察したが、敢えて先を促す。
『嫉妬に狂ってヘレナ嬢に様々な酷い仕打ちをしていながら、とぼけるなんて最低ですね!』
『そんな君が未来の国母なんて両陛下だけではなく国民だって納得しないよ!』
『他人を思いやる事が出来るヘレナ嬢こそ王太子妃・・・王妃になるべきだよ!』
『貴様のような性悪女など、今すぐ斬首刑にするべきだ!』
ラインハルトの取り巻きである側近達が何事かと事の次第を見守っている卒業生達の目の前で、ブリュンビルデに罵詈雑言を浴びせる。
恋愛スイーツ脳な王太子と側近’s曰く
男爵令嬢であるヘレナに己の身分を笠に着て威張り散らした
誕生祝いに母親から貰った首飾りをヘレナから奪って捨てた
ヘレナの教科書を刃物でボロボロにした
身分が低いという理由だけでヘレナをサロンに招待しない
冬の寒い日にヘレナを校庭の池に突き落とした
女子寮に帰ろうとするヘレナを階段から突き落とした
等々──・・・






(私でしたら、もっと上手くやりましてよ?)
身分差を扱っている恋愛小説に出てくるヒロインのライバルがやりそうな行動に、リュンビルデは心の中で恋愛スイーツ脳共が挙げていった手法を心の中で嘲笑う。
王妃との間に男子を成さなかったという理由で、公妾が産んだ唯一の男子───つまりラインハルトが王太子となった。
今でこそ国王から侯爵夫人の称号を与えられた正式な妾だが、ラインハルトを産んだ女は元を正せば平民である。
平民を母とするラインハルトを太子に立てた国王の判断に、王妃をはじめとする周囲の者はこぞって反対していた。
自分が寵愛する女が産んだ息子の後ろ盾、王太子という地位をより強固なものにする為に国王は、臣籍降下した自分の弟と隣国の王女を母とするブリュンビルデに白羽の矢を立てた───つまり彼女を婚約者にしたのだ。
元々、ラインハルトの事など何とも思っていなかった・・・というより見た目は童話に出てきそうなキラキラした王子様であっても我が儘で癇癪持ち、高貴なる者の義務から逃げている無能な子供。
好きか嫌いか?と聞かれたら、間違いなく『嫌い』と即答するくらいにブリュンビルデはラインハルトを嫌悪していたし、同時に努力をしない彼を【最低のクズ男】として見下してもいた。
それでも、王命でラインハルトの婚約者になってしまったので、ブリュンビルデは幼い頃に出会った【天使様】への想いと初恋を封じて、仕方なく!本っっっ当に仕方なく王族としての在り方を説いていただけではなく、彼の事を愛そうと努力していた。
全ては水泡に帰してしまうのだが───。
今回の出来事で完全にラインハルトを切り捨てたブリュンビルデは『これは国家に関わる事なので自分では判断出来ない。父である公爵と両陛下に相談してから話を進める』と感情の籠っていない声で伝えると学園を後にした。
卒業パーティーでの出来事を伝えた後の両親が何をしたのかなどブリュンビルデは知らない。
ただ、侍女達が話してくれた話を纏めると、全てにおいて自分より優秀なブリュンビルデにラインハルトは幼い頃より嫉妬していたようだ。
そんな彼女に冤罪を着せて断罪しようとしたラインハルトは、国王によって廃嫡。
王家から除籍された彼は利き腕とアキレス腱を切断されただけではなく、去勢した上で城を追放された。
王族だった時のラインハルトは、王太子という事で威張り散らしていただけではなく好き放題していたので、ただのラインハルトになってしまった彼は平民として生きていくしかないのだが、それもままならないだろう。
自分より高位の貴族令嬢である無実のブリュンビルデを寄ってたかって侮辱した側近‘sは、身分剥奪した上で利き腕とアキレス腱を切断されただけではなく、王太子と同様に去勢してから国外追放となった。
いずれにしろ、彼等はどこかで野垂れ死にする可能性が高いと、ブリュンビルデはそう見ている。
そして、最後に自作自演して今回の騒ぎを起こしたヘレナという男爵令嬢はどうなったのかというと、謀反と国家に対する反逆の罪で全ての歯を抜いてから四肢を切断。その後は両親によって見世物小屋に売られた・・・らしい。
ただ、刑が執行される前、政治犯や凶悪犯罪者用の地下牢に投獄されていた彼女は不思議な事を大声で喚いていたそうだ。





『あたしは【鳥籠姫~あなたの愛に束縛されたい~】のヒロインなの!』
『ブリュンビルデは悪役令嬢なの!』
『逆ハーを成功させたのに、これでは続編に出てくるローゼスを攻略できないじゃない!』
『ローゼスを逆ハーに加えないと、隠しキャラであるルードヴィッヒ様が出て来ないのに!!』
『もしかして・・・ブリュンビルデも転生者でルードヴィッヒ様狙いな訳!?』
『悪役令嬢は悪役令嬢らしく、ヒロインであるあたしに嫌がらせをして断罪されなさいよ!!』
『あの女がストーリー通りの行動をしなかったせいで、ヒロインであるあたしが自作自演しなきゃいけなくなったのよ!!』
『ヒロインを豚箱に入れるなんて、あんた達って常識知らずだわ!!』
『ヒロインのあたしはルードヴィッヒ様の妃になる運命なのよ!!』
『あたしに指一本でも触れてみなさい?!最強で最凶のヤンデレであるルードヴィッヒ様が黙っていないんだから!!』
『助けて、ルードヴィッヒ様!貴方の運命の女ファム・ファタールであるヘレナはここにいるのよ!!』
『リセット!リセットボタンはどこにあるの!?リセットして最初からゲームをやり直さなきゃ!!』





(ルードヴィッヒ様って・・・南の大陸にある帝国の皇太子殿下、の事よね?)
男爵令嬢が大国の皇太子妃になるなんて誇大妄想も甚だしいと思っていたが、それよりもヘレナが口にしていた言葉についてブリュンビルデは考える。
(ギャクハー、アクヤクレイジョウ、カクシキャラ、ヤンデレ、リセット、リセットボタン、ゲームって何なのかしら?・・・・・・でも、公爵令嬢でなくなった私には関係ない話ですもの)
自分を嵌めようとしたヘレナの事などどうでもいいと言わんばかりに思考を切り替えたブリュンビルデは、馬車から見える景色に目を向ける。





雲一つない澄んだ青い空
果てしなく広がっている新緑色の草の海
鮮やかな緑の山々





(・・・・・・心が癒されるわ)
幼い頃からブリュンビルデは貴族としての体裁、未来の王族として完璧さを両親から求められていた。
将来は外交官になりたいという夢を諦めた自分は、両親の期待に応えようと未来の国母として必要な知識・言語・歴史・政治・経済だけではなく、化粧やファッションといった女性の嗜みを身に付けるべく日夜励んでいたのだ。
公爵令嬢ともあろう者が、例え婚約者が馬鹿な王太子であるとはいえ、男爵令嬢ごときに奪われたという事実は父親の逆鱗に触れたらしい。
ラインハルトから婚約を破棄された心の傷を癒すという名目で、ブリュンビルデは母からこっそり手渡された金貨銀貨といった金銭だけではなく宝石が入った袋を懐に入れて同盟国である帝国の修道院に送られる事になってしまったのだ。
要するに勘当されたのである。
窓から見える景色が変わった。馬車は崖の上に建っている修道院を目指して細く険しい山道を走っているのだ。
(体面を重んじるあの父と合法的に縁が切れたというのが唯一の救いかしら──・・・)
修道院での生活は祈りと労働。敬虔で清貧。それが全てである。
貴族として育ち、王妃教育を受けてきた自分に世俗を断つ事が出来るのだろうか?
(!?)
馬車を引いている馬、御者、ブリュンビルデ、そして最後まで自分に従うと言って同行してくれたエレーネから、この世のものとは思えぬ悲鳴が上がる。横切った動物を避けようと馬車が崖から転落したのだ。
馬と御者は死亡。ブリュンビルデとエレーネは生きているものの、肺に折れた肋骨が刺さっているだけではなく頭からは血が流れている。
このまま放っておけば彼女達も命を落とすだろう。
だが、そんな彼女達に救いの手が差し伸べられる。
彼等が向かう修道院がある断崖絶壁より遥か山頂に住んでいる存在───今は人に扮してヴァルドと名乗り薬師として生計を立てているが、伝説と神話の中では【白き翼を持つ者】、【白き翼を持つ神】と呼ばれている男がギルドに卸している薬の材料の一つである【氷花】を採りに来ていたのだ。
『人間の娘か。この程度の傷であればすぐに治せるな』
男は今にも息絶えそうな二人に治癒魔法を施す。
人間やエルフが使う治癒魔法は使い手の力量によるが、今のブリュンビルデとエレーネのように生死を彷徨うレベルともなれば、使える者が数人いないと不可能であるだけではなく膨大な魔力と時間を要する。
だが、彼が使った治癒魔法は瞬時にしてブリュンビルデとエレーネの傷を治したのだ。
(・・・んっ)
『あ、あなたは、あの時の、天使、様・・・?』
紺色のワンピースに白いエプロンを着けている少女を庇った事で彼女より重傷であったにも関わらず、早く意識を取り戻した銀髪の美しい少女が自分を見るなり天使という言葉を口にする。
『お前・・・』
意識が朦朧としている少女に、彼女の面影を見つけた男は目を見開いて驚く。









◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆









『エルドヴァルド。お前って見た目は絶世の美青年と呼ばれている人間やあの思い上がりも甚だしいエルフが束になっても敵わないくらいに美人・・・っていうか美形の部類に入るけどさ、目つきが鋭くて悪いから【神】や【天使】よりも【悪魔】と呼んだ方がしっくりするよな』
『目つきが悪いだけで俺を【悪魔】というのがしっくりするというのであれば、角と羽と尻尾があるベリルは【悪魔】そのものだな』
『・・・・・・わ、悪かった。まぁ、俺達を【神】や【天使】と呼んでいるのは人間やドワーフといった種族だし?』
『我等こそが世界の支配者と称し、自分達と異なる種族を見下し、己の力量を弁えず原初の頃から存在している俺達を【悪魔】と呼んでいるのはエルフだけだ』
『そのエルフといえば、俺達に喧嘩を売って世界を崩壊させてしまったせいで、生き残った者達の子孫に非を責められているらしいな』
今から気が遠くなるような遥か遠い昔
原初から存在している生物を滅ぼす事で世界の覇者になろうとしていた、美しさ・魔法・寿命・・・全てにおいて人間・ドワーフ・獣人・魔族・有翼人より抜きんでているエルフは、自分達が【悪魔】と称している彼等に戦を仕掛けた。
過程を語るとなると長くなるので端折らせて貰うが、結果だけを述べると世界に存在していた動植物のみならず、原初から存在する生物を除くあらゆる種族───彼等を【神】や【天使】と崇める何の関係もない人間・ドワーフ・獣人・魔族・有翼人のみならず戦争を仕掛けたはずのエルフも、自然と天候を思いのままに操る彼等の強大な力の余波をまともに受けてしまい次々と命を落としていったのだ。
【世界崩壊の日】を乗り越え僅かに生き残った種族の子孫が、後に教訓として、また歴史として学ぶ事になる氷河時代の到来である。
静寂と闇、そして氷が世界を支配してからどれほどの時間が過ぎたのであろうか。
一万年?
二万年?
いや、それ以上の年月なのかも知れない。
氷に覆われた世界に一筋の光が差し込む。太陽の光が差し込んだ事で氷が解けて大陸が現れたのだ。
溶けた氷は大海、大河となり世界を潤し、また、土色の大地を緑で満たし新たな命を育む。
世界に春が訪れたのだ。
長きに渡る冬を乗り越え生き残った僅かな人間・ドワーフ・獣人・魔族・有翼人は自分達の神に戦いを挑んだエルフを一斉に責め立てた。
世界を崩壊に導いた事によりエルフは覇者から全種族の奴隷───つまり、人間・ドワーフ・獣人・魔族・有翼人から搾取され虐げられる対象となった。
要するに彼等はエルフに対して何をしてもいいと、使い潰して当然の消耗品と思っているのだ。
その認識は世界崩壊の日から立ち直り、新たな文明を築いた今でもエルフに対する偏見は続いている。









◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










『お前・・・。もしかして、ブリュンビルデ・・・なのか?』
人間達からは【神】【天使】エルフからは【悪魔】と称されている自分を天使様と呼ぶのは、ただ一人だけだ。その存在にエルドヴァルドは心当たりがあった。





『羽があるって事は・・・天使様なの?』





十年以上前に出会い、ほんの少しだけ話をした銀色の髪に青緑色の瞳を持つ、王太子妃教育の辛さに・・・というより、王族としての自覚を持たないくせに権力だけは行使する男の妃になりたくないと嘆いていた少女───つまり、自分が人間でないという事実を受け入れた上で普通に接してくれたのは幼い頃のブリュンビルデだけなのだ。
年端もいかなかった子供がここまで成長したという事実に感慨深くなると同時に、王太子と呼ばれる顔だけが取り柄の愚鈍で癇癪が強そうな青年の妃である彼女が何故このような辺境の地にいるのだろうか?
疑問を抱いたエルドヴァルドは、自分を見て『天使様』と呟いてから再び意識を失ったブリュンビルデの額に触れて記憶を読み取る。
(──・・・ヘレナという女に入れ込んだ王太子に婚約破棄されたというだけで勘当されて、修道院に向かう途中だったのか)
事情が分かったエルドヴァルドはブリュンビルデをどうするべきかを考える。
本音を言えば自分の館にフリーとなった彼女を連れ帰って閉じ込めてしまいたかったが、それを実行してしまえば犯罪以外の何物でもない。それに彼女の事だ。侍女と思しき少女の身を案じるだけではなく、何よりブリュンビルデが自分に対して心を開かない事が目に見えている。
それよりも、ブリュンビルデに自分の想いを伝えて恋愛関係になった方がこちらにとっても都合がいい。





『近いうちにまた会おう、ブリュンビルデ』
本当の意味で俺を受け入れてくれたその時こそ──・・・
自分達がいる場所に近づいてくる人の気配を感じたエルドヴァルドは、背に出現させた翼を羽ばたかせてどこかへと飛んでいく。








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヘレナが言っていたゲームについてですが、続編だから2というナンバーリングがついているのではなく、某無双シリーズの猛将伝のようなものです。
猛将伝のように本編のデータがあれば武器やステータス等を引き継いでプレイ出来る続編で、人間達は【神】【天使】自分達が【悪魔】と呼ぶ彼等に戦いを挑んだせいで世界を崩壊させたエルフの子孫である事を隠す為に自分から耳を切り落としたローゼスを攻略しないと出て来ないキャラ、それがルードヴィッヒです。
耳を切り落としたエルフであるローゼスと、帝国の皇太子であるルードヴィッヒは本編のデータがなくても攻略できないことはないですが、後日譚を描いたものなので初めてプレイしたのが続編の人にとっては「?」で訳が分からない状態だったりします。




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