鳥籠姫

白雪の雫

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⑥白き翼を持つ者(前編)

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神の導きによりあなたへの想いは光の雫となり天より降り注ぐ





竪琴の音に合わせながら一人の甘さと優しさを含んだ顔立ちをしているイケメンが詩を吟じる。
男の名はベリル。
ヴァルドことエルドヴァルドとは同胞であり、親友でもある。彼の同胞であるという事は、嘗ては世界崩壊の日に関与していた【神】や【天使】と呼ばれる存在の一人でもあったりするのだが、それを知らない観客達は、ただ純粋にベリルの詩と竪琴に感動している。
ベリルが恭しく頭を下げると観客達からは拍手喝采が沸き起こり、銅貨や銀貨、裕福な者達に至っては金貨を投げる。
「相変わらず見事だな」
観客達が帰った事で一人になってしまったベリルにヴァルドが拍手を送る。
「エルドヴァルドか。薬師で忙しいお前が何でこんな所にいるんだ?」
「何で?・・・美味い飯とデザートを出す店を見つけたから食べに行こうって誘ったお前がそれを言うか?!」
まさか、約束を忘れたんじゃないだろうな?
(こ、怖え~っ・・・)
顔はいいのに目つきが鋭い分、迫力と悪役度が三割増しになっているからなのか、ベリルが怯えた表情を浮かべる。
「い、嫌だな~。忘れるはずがないじゃないか?」
ははは・・・と乾いた笑いを上げるベリルにヴァルドは軽い溜め息を漏らす。
「で?お前が見つけたという店はどこにあるんだ?」
「広場から歩いて五分ほどの場所に【カフェ・四つ葉のクローバー】という店がある」
ベリル曰く
この店の料理は他の地方と比べても代わり映えのないものしか出していなかったのだが、ある日を境に大きく変わったとの事で連日列を成しているらしい。
「変わったって・・・何が変わったんだ?」
「まずは出している料理だな」
ハムとチーズを挟んだパン
塩とハーブを炙った肉と魚
肉と野菜、或いは魚と野菜を一緒に煮込んだスープ
果物の砂糖漬け
大衆食堂でよく目にする料理しか出していなかったのだが(というより他の地方の大衆食堂もそれしかない)お貴族様や王族しか食べられそうにない料理を庶民の懐に優しい値段で出しているらしい。
「しかもだ!給仕が美人と来ている!」
女の客は料理にケーキといったデザートが目的だろうが、男の客の何割かは銀髪の美人給仕が目当てで足繁く通っていると思うな
(銀髪の美人・・・ねぇ)
ベリルの一言にヴァルドはブリュンビルデと出会った時の事を思い出す。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










今から十年以上前
ある者の依頼を受けていた当時のヴァルドは、エリクサーの材料の一つと言われている竜の血を採取する為に、とある山脈へと向かっていた。
確かに竜の血は、生死を彷徨うレベルの怪我と病を一瞬にして治せる万能薬の材料の一つである。だが、不老不死の霊薬として名高いエリクサーの材料になるか?と言われたら、材料にならないというのが答えだ。
個体によっては一万年以上生きるものも存在するが、言葉を解し魔法を操る巨大な生物である竜の寿命は平均して数千年である。
そう。
数千年。
大事な事なのでもう一度言わせてもらうが、竜の寿命は数千年なのだ。
原初の時から数十万年以上も生きている自分達とは違い竜の血を舐めても、竜の血を含んだ霊薬のエリクサーを飲んでも決して不老不死にはならないのだ。
かといって【神】や【天使】、エルフからは【悪魔】と呼ばれている自分達の血を飲めば不老不死になるのではないか?と思う者もいるのではないだろうが、それは決してありえない事なのである。
それどころか自分達の血は肉体的に脆い人類や獣人に苦痛を与えた挙句、最後には命を奪うのだ。
誰がエリクサーとやらを飲めば不老不死になるという夢物語を言い出したのか分からない。だが、自分達であれば望む者を不老不死にするのは可能である。
幾つか方法はあるが、その一つが術によって永遠に眠らせるものだ。
術を掛けられた者は意識を取り戻す事はないが、その代わり嘗ての氷河時代のように世界の全てが氷に覆われても死ぬ事はない。
もう一つの方法は、自身の生命力と魔力を込めた白珠を飲ませればいい。
但し、白珠を飲んだ者に待つのは───目・鼻・口・指先などからの出血に伴う苦痛と死。それしかないのだ。
それを防ぐ意味での下準備として、自分達は不老不死を与える者と肌を重ねないといけないのだが、イケメンや美人ならともかく、豚のように肥えたオーク面の者と寝るのは、ヴァルドにしてみれば吐き気を催す行為そのものでしかない。
ぶっちゃけると『これ、何の拷問?』なのだ。
その後で、白珠を飲んだ者個人が有する魔力の大きさも関係するのだが、三ヶ月ほど眠りに就くという副作用も出てくる。
三ヶ月も眠っていたら手足の筋力が衰えているので意識を取り戻した後はリハビリをしなければいけないのだが、それを終えたら普通に日常を過ごす事が出来る。
相手が不老不死を望んでいたら何の問題もないだろう。
だが、それを望まない者に白珠を飲ませても、待っているのは死にたくても死ねない苦悩だけではなく、大切な者に残されるという未来しかないのだ。
(そういえば、当時のエルフ共も不老不死の研究をしていたのだったな──・・・)
氷河時代が到来する前、自分達が世界の支配者だと宣っていたエルフが、それを永遠のものにするべく不老不死の研究を進めていた事を思い出す。
自作した賢者の石とやらに長寿族の代表とでもいうべき竜や竜の上位種である古竜エンシェントドラゴンだけではなく、不死鳥の生き血に人魚の肉を得る為に乱獲してはエリクサーの研究を進めていた。
竜の生き血や不死鳥の生き血、人魚の肉を混ぜて作ったエリクサーの試作品の副作用を確認するべく、敗戦国の捕虜である人間や獣人達に飲ませていた。
要するにエルフは人間や獣人を使い、人体実験をしていたのである。
エリクサーの試作品を口にした者達に待っていたのは───。
ある子供は身体が腐ったグール、ゾンビとなった。
ある老人は性欲の塊であるオークやゴブリンとなった。
ある若者はアークデーモンやレッサーデーモンに、ある女性はハーピーやラミアになるという、理性と本来の姿を失い醜い怪物と化してしまうというものだったのだ。
実験の失敗作である彼等を、【悪魔】である自分達を滅ぼす為の捨て駒としてエルフに使われていた者達に対して、当時のエルドヴァルドは慈悲として死を与えた。





『神様、僕を助けてくれて、ありがとう・・・』
『神よ・・・我等に救いの手を差し伸べた事・・・感謝します』





まだ年端のいかぬ子供
今が一番輝いている年頃の娘
好きな人と結婚を約束していた青年
静かに余生を過ごしていた老人





その時の彼等の顔に浮かんでいたのは、苦痛と苦悩から解放されたという喜びの笑みであった事を、数万年以上の時が経った今でもエルドヴァルドははっきりと覚えている。
とはいえ、依頼は依頼だ。
引き受けた以上は達成しないといけないので、エルドヴァルドは考えを切り替えて山脈に向かって飛んでいく。
その途中、森の奥にある小さな湖を眺めながら泣いている少女の姿がヴァルドの目に留まる。
『こんにちは、小さな淑女レディー
目つきが鋭いせいで笑みを浮かべれば親友達からは『何か悪巧みを企んでいちゃったりする?』と言われてしまうものだから、それを密かに気にしているエルドヴァルドは目の前にいる幼子に警戒心を抱かせないように優しい口調で語りかける。
『羽があるって事は・・・天使様なの?』
『ああ。お嬢さんの言う通り、俺は人間達から【神】や【天使】と呼ばれているな』
自分の名前は教えなかったが泣いている少女の為に、エルドヴァルドは幾つもの小さな雪だるまやオーロラを出現させたりして慰める。
うわ~っ・・・
『・・・可愛らしいお嬢さん。何か辛い事があったのかな?』
『天使様・・・』
まさか絵本とお伽噺でしか見た事がない存在が自分の目の前にいるという事実に、夜なのに昼のように明るい、また昼なのに夜のように暗い時期がある北方と南方の国々でしか目にする事が出来ないオーロラに感動していた少女は悩みを打ち明けてしまっていた。
少女の名前はブリュンビルデといい、王様の命令でこの国の王太子の婚約者に選ばれてしまったのだ。
泣いていたのは王太子妃としての教育が辛いのではなく、王族としての義務は理解していないのに権力だけは行使する暴君の嫁になるという未来に絶望してしまい堪えきれなくなってしまったからなのだという。
『でも、王様の命令だから、私は我慢しないといけないの・・・・・・』
幼い少女に重荷を負わせるなど、この国の大人達は何を考えているのだ?と、エルドヴァルドは声を大にして言いたかった。だが同時に、己の役目というものを理解している彼女が悲しいとも思ってしまっていた。
『お嬢さん・・・いや、ブリュンビルデ。約束してくれるかな?王太子とやらに捨てられたら俺と一緒にいてくれるって──・・・』
【神】とも【天使】とも呼ばれている彼等がこのような話を持ち出すという事は、相手を気に入ったという意味である。
世間一般では、神殿の巫女や教会の修道女は【神の花嫁】と呼ばれているが、これは宗教的な儀式と象徴としての意味合いが大きい。そして、神に仕える為に世俗から隔離されている彼女達は当然であるが独身だ。
しかし、相手がエルドヴァルドのような存在になると、その意味が大きく異なってくる。
先にも述べたが、巫女や修道女達は【神の花嫁】であるが、あくまでもそれは宗教的な意味であって、実際は独身女性である。
一方、世俗的な意味での神の伴侶は【神妃】と称され、世間一般の夫婦と同じ意味だ。
エルドヴァルドが望んでいるのは後者───。
『はい、天使様!』
(やはり子供はこういう風に笑っているのが一番だな・・・)
エルドヴァルドの大きな手で頭を優しく撫でられたブリュンビルデは、第三者が立ち会っていない状態で交わした口約束とはいえ絶対に破棄できない相手の妃になると誓いを立ててしまった事実を知らないまま、子供らしい無邪気な笑みを浮かべて答える。










◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆










『不幸な身の上にある気に入った幼女を拉致して自分の理想通りに育てて嫁にするのは男の夢だ!ロマンだ!それを実行しないとは──・・・』
馬鹿じゃないのか!!?
将来は自分のストライクゾーンに育つ幼女を連れ去らなかったエルドヴァルドを、今でこそ温厚な性格であるが嘗ては殺戮と破壊を好んでいた親友にしてそれを実行したディアボロスはヘタレと責め立てた。
ディアボロスはそう言うが、エルドヴァルドにしてみれば自分の理想通りに育てて嫁に迎えた女は人形としか思えないのだ。





ブリュンビルデをブリュンビルデとして愛する





それがエルドヴァルドの愛の形なのだ。





「着いたぞ」
過去を思い出しているうちに、カフェ・四つ葉のクローバーに着いた二人。
「相変わらず繁盛しているな~」
長蛇の列を目の当たりにしたベリルが、げんなりとした表情を浮かべて呟く。
「この分だと三十分くらい並べば店に入れるってとこかな?」
ベリルが口にしていた美味い飯に興味を持ったヴァルドはきちんと並んで待つ事にする。





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