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24 幼き日の黄金の。2
帰りの馬車の中。
何やらぼーっとしている息子の様子に、良い経験ができたなら有り難いと、クリストフは小さくうなずいた。友人に感謝だ。
「楽しかったかい?」
特にマリエラ嬢に感謝だ。彼女自身も今や忙しくあるだろうに、貴重な時間を息子に使ってくださった。
この経験が――高貴な方にお会いする、良い経験となったら。
――そう思っていたことが。
後々、これが始まりであるとは誰にも……クライス自身も解らないままに。
クライスは父に話しかけられて、小さくこくりとうなずいた。何やら頬を紅くして。
「あの、あのマリエラさまは……」
そして何やらもじもじと、そわそわとしている。
クリストフは息子の様子に、「あ」と察した。
これはまだ無自覚だろうが……。
自分にも覚えがある。幼い頃に優しくしてくれた年上の女性に憧れたこともある。病弱な自分がお世話になった看護師さんは皆優しく、感謝しかない。
むしろ妻はまさしく学生時代の憧れの先輩。まさか嫁になってくれるとはと、今でも、夢じゃないかと。幸福に。
妻は母とも上手く付き合ってくれて、家庭も順風だ。「お義母様の方が気を使ってくださっている」と立ててくれる。実のところ、互いに良い人間だから尊重しあって円満なのだが。こういうことはとても得難いことだと、クリストフは末期に改めて自分を産み育ててくれた母に感謝した。
そして自分なんかを選んでくれた妻には、最後のその瞬間まで――。
うん、ときに父と自分が嫉妬するほど母と妻が仲が良い。
この子の将来のお嫁さんも良い子だと良いが、と……クリストフはそのために告げなければならないことができた。
「マリエラ様は、王太子妃になられるお方なんだよ?」
息子の初恋を。
まだ恋にもなっていない憧れを。
フェアスト公爵令嬢であるマリエラは、王太子の婚約者に内定した。
王太子妃教育は日々大変だ。そんな忙しい中のたまの休日であるのに、彼女は父親の友人の子の相手をしてくださった。
それはこれから、教育の場においてお小さいお子の相手も増えるだろうから、その経験のためにと……彼女の思惑もありはしたが。すでに何事も未来の糧にと――王太子妃の覚悟は素晴らしい。
そう、たいそう優しくしてもらい……クライスにはマリエラがまるで自分に好意があるのではないかと――勘違いしかけていた。
もしや今日、父が公爵邸に連れてきてくれたのは、そういうことなのではないだろうか。
そう――自分の婚約者と、か……。
年上なのは気になったが、思えば父母も母の方が二歳ほど年上だ。
マリエラ嬢は五歳はクライスより年上だったが、それくらいは公爵家の令嬢を嫁に頂けるなら、全然許容範囲だろう。
父親同士が友人というご縁はありだろう。
そんなことを――身の程知らずにも。
息子がそんなことまで考えていたとは、クリストフにもわからなかった。むしろどうしてそこまで飛躍したのかと、もしも話していたら吃驚しただろう。
「え……」
案の定、息子は目に見えてうろたえた。
「あ、そ、そうなんですか……」
ぼっきりと初恋を折ってしまったことは可哀想に思うが――さすがに王太子妃になる存在は知らせておかねばならない。貴族として。
今日の出会いも貴族として身分を理解する糧にしなければならない。
それが本日の目的であったのだから。
しかし、いや……だからこそ。
この日のことは鮮やかさだけが強烈に残りながら、想いは心の中に残滓と焼き付き――消えた。それは初恋の苦みにとならないように心が自衛したかのように。
――……それが。
それから数年経ち。
クライスの婚約者が中々決まらない。
縁を頂戴し、良き娘さんと顔合わせをするのだが、クライスがどうにも乗り気にならない。
そうなると相手側にも伝わるもので。「ご子息とはご縁ありませんご様子で」とやんわりとお断りされる。
小さな伯爵領だが、幸い特産の果実による酒なども売れ行き良く、縁もまた政略など関わりないから穏便に済んでいた。
良いお嬢さんたちなのにと皆が首を傾げるが――クライスもどうしてだろうと自分の態度に驚いていた。
はじめは柔らかそうな栗毛の女の子、その次は明るい赤毛の……次に紹介されたのは母や、自分と同じ黒髪の……――。
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