「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ

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「こりゃあきまへんわ。現実みよ」

08


「……へぇ? 泥棒? どういう意味かな?」

 どういう騒ぎかな?

 その言葉に。お声に。
 皆が頭を下げた。
 その言葉を発した人物に。

 下げずにいたのは――下げられなかったのはファビアンとレティシア。

 ふたりはぽかんと口と、そして目を見開いて。

「へぇ? じゃあ、僕も泥棒なのかな?」

 それはアルフレッド王太子殿下。
 常日頃から溺愛を隠さずにいらっしゃる婚約者のアスター公爵家のエステル嬢をエスコートして。


 今世代には、王太子殿下とその婚約者さまも学園に通われている。
 故に舞踏会は王城で行われるものと同じ形式。さながら、練習でありながら本番だ。王城で行われるこの国で一番の舞踏会を、学生のうちから。これはこれでありがたい人もいれば、困る人も。

 ――だからこそ、誰もが失敗ないようにと、気を引き締めているのに。


 ちなみにこの国ではデビュタントは学園に入学前か、一年のうちに終わらせる。年齢的に少しばかり早いかもしれないが、そうして徐々に場馴れさせて行くのだ。
 各家でお披露目として行う。もしくは家格高い知り合いの家に頼むか、寄親貴族が開くのが主にだろうか。
 デビュタントは初々しいのも華。
 多少の失敗も許される場だ。
 だからこそ、お披露目の場所を提供した者や家が後見人であると周りに知らせるものでもあり。

 スピカは入学前に父の友人の伯爵家で、同じ男爵家の同期の子らとデビュタントをさせてもらった。一番地味だけど、一番よくある穏やかなパターンだ。

 王太子殿下の婚約者であるアスター公爵令嬢はなんと王城でデビュタントを行われたと聞いて、下位貴族の皆は憧れとともに「初めてでそんな本番……無理!」と、怖さも。そうして無事見事やり遂げたアスター公爵令嬢は、デビュタントで新たに尊敬さえ集めた。
 アルフレッド王太子殿下とアスター公爵の「こちらで開きたい」と、攻防があったという噂もあるが。勝者WINNER王太子。

 そうしてデビュタントが終わると舞踏会をはじめ様々な催し物に参加できるようになり、女の子はそれまでは親や身内だけからのドレスが、婚約者などからも受け取れる――贈れるようになり。


 舞踏会にお二人が遅れて登場なさったのは、事前に問題が起きたからだ。

 その問題とは。

 アルフレッド王太子殿下とファビアンの。
 アスター公爵令嬢とレティシアの。


 衣装が同じであるからだ。


 まったく同じとは言わない。その生地や仕立てに雲泥の差がありまくるのが、素人にも丸わかりだからだ。
 衣装の色も違う。
 輝く金髪に青い瞳の王太子殿下に合わせたのか、エステル嬢は白生地に裾に向かい徐々に鮮やかに青が濃くなる染めと刺繍を。アクセントはすべて金。宝飾もまたアルフレッドの瞳の青を。
 王太子は生地こそ落ち着いた黒だが、衣装に愛しい婚約者の琥珀色の瞳に合わせた飾りを。それにより華やかに。アクセントはエステル嬢の衣装と同じ色目の金を。さらに襟と袖口にドレスとおそろいの刺繍も。
 エステル嬢を引き立てるデザインではあるが、アルフレッド王太子殿下がその隣に立つことでより一層、彼のエステル嬢への想いを感じるデザインだ。

 その色違い――劣化品としか思えぬものを、ファビアンとレティシアは纏ってしまっている。

 スピカとリーシャが「やばい」と震えていた理由もまた、これである。
 アルフレッドは入場しようとしたときに、配下から「同じデザイン、型のドレスの者がいる」と報告を受けた。どういうことか問おうとスピカたちを呼び出そうとしていたら、この出来事である。
 これは、と……愛しい婚約者に了解を得て、アルフレッドは首を突っ込むことにした。


 何より、許しがたくて。


「ねえ? 何で君がそのデザインの着てるの? 僕らとおそろいなのかな?」
「お、王太子殿下!?」

 ファビアンとレティシアは、ここで土下座でもして「余興です」とでも言ったら良かった。
 言えていたら、本当に。

 けれども。

「お聞きください! 我が妹は、こちらのレティシア嬢のデザインを盗んでいたのです!」

 茶番を続けてしまったのだ。
 そしてレティシアも間違った連想をしてしまった。

 何故、王太子殿下たちも同じデザインを着てるの?
 あ、もしかしてリーシャの母の店にもデザインが先に卸されてた?
 高位貴族や――王族からも注文きているって噂、自慢じゃなくて本当だったのね! 悔しい! リーシャの家ばっかり!

「こちらはもしやフランター夫人の店にて購入されたのでしょうか? そうです、リーシャはなんとずる賢いのでしょう! また私のデザイン画を使ったなんて!」

 あちゃー……。
 スピカとリーシャは、王太子殿下に頭を下げたまま、そんな顔を。頭を下げていてよかった。

 ふたりは、虎の尾を踏んだ。
 間違いなく。
 両足で踏みにじった。

「数日前に報告された盗難は、こういうこと、か……」
 王太子は小さくつぶやいて――皆が頭を下げたままですと婚約者に教えられて、微笑んで楽にするように指示をした。さすが僕のエステル、優しい。
 ちなみに頭を下げていなかったファビアンとレティシアは、咎められてはいないが、許される前に話しかけるという失敗もしている。何かにカウント済みだ。
「そうか、盗まれたんだ?」
 そしてアルフレッド王太子はにこりと、レティシアに向かい、改めて微笑んだ。
 レティシアはそれに頬を染めてうなずいた。
 子爵令嬢のレティシアが王太子殿下にお声をかけられたのは初めてである。
 微笑まれたことも。

 胸が高鳴る。レティシアは笑ってくださった王太子殿下は、自分の味方、自分の言葉を信じたと――思って。

 ――思ってしまった。

 その微笑みの目が、まったく笑っていないことに気がつければ良かったのに。

「じゃあ、君は……ええと、マーロウ子息、だったかな? 君は僕も泥棒だって言いたいのかな?」

 先ほども尋ねられた意味を、きちんと考えていたら……良かったのに。

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