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「こりゃあきまへんわ。現実みよ」
09
「……え?」
王太子殿下を、泥棒?
レティシアとファビアンは、まさかそんなと愛想笑いで首を横に振る。
「いえ、王太子殿下がこれを盗まれたデザインのものとご存知なかったのなら……」
王太子が自分たちが着ている衣装のことを言っているのかと。
だから、おそろいになってしまったのだと――まさに、盗人猛々しく。
スピカとリーシャは、もう駄目だと、そっと身内の未来に遠い目をした。
気がついたエステル嬢が「大丈夫?」と、気づかわしげに手を振ってくださる。優しい。
何かまだ言い続ける兄たちを、王太子殿下はもう良いからと、右手を上げることで封じた。左手はエステル嬢のエスコートで使っていたから。
「スピカ嬢がデザインを盗んだだって?」
アルフレッド王太子はそっとスピカを見た。その目には兄に向けたのとは違い、エステルと同じく気の毒そうな色をしていた。
「は、はい」
兄は、王太子が妹の名前を呼んだことに、気がつけば良かった。
たかが男爵家の人間に過ぎない自分たち。
家名はともかく、本来なら、王太子殿下が名前を知っているはずがないことを。現に自分とレティシアは名前を呼ばれていない。
――本来、なら。
「マーロウ子息、君は本当にデザインを君の婚約者がしたと……言うのだね?」
ファビアンは、王太子殿下が自分の存在を、家名を知ってくださっていたことに舞い上がりかけていた。
実際、アルフレッド王太子は優秀だから、国内の貴族は家名を覚えていたけれど。
それでも家名だけ、なものたちがいるのは仕方がない。
顔まで覚えがあるのは、それだけの理由があるというもの。
だから……。
「おかしいね。僕、君の婚約者とは初めて会ったし、話したこともない。名前も知らないけれど?」
「……え?」
「僕がデザインを一緒に考えてもらったのは、スピカ嬢だけど?」
「え、スピカ……と……妹の、名を?」
「ああ、君は友人のスピカ嬢の兄だから、存在だけは覚えていたよ? でも、挨拶もしたことなかったよね?」
友人。
王太子殿下は今、なんと?
友人――妹、を?
だから、自分の存在も、一応知って?
妹の、おかげ……おまけ?
アルフレッド王太子殿下が男爵令嬢を「友人」と言ったことに、ざわりと場は揺らいだ。
「そのスケッチブック……Aと書いてあるのは、王太子殿下が口出し――んん、あれこれ提案しているのでしたわね?」
自分も親しいのだと、エステル嬢も援護した。
男爵令嬢は、婚約者が「友人」と公認している存在なのだ、と。
盗まれたスピカのスケッチブック。そのなかには幾つか「A」と書いてあるデザインがあった。
それはアルフレッド王太子殿下の「A」であると、お粗末な模写をしたレティシアは今こそ気がついて顔を青くした。
今着ているものこそ――それだ。
「A」と書いてあるものは、エステル嬢のためのドレスなのだ。
他の誰も着てはならない、唯一の。
あまりにも素敵だったから自分も着てみたくなり、自分に甘い父に頼んで子爵家の馴染みの仕立て屋で仕立ててもらった。偽りの証拠にもなるし、先に仕立てたもの勝ちだと思って。叔母の店に並んでいないのも、上から目線で押しかけ店員にも確認したし。
それはこれは特別なデザインだから、市販に流すわけにもいかなかったからだと知らないで。
父は、このデザインがどこから来たのかと疑問に持たず――妻を亡くして長く、服に疎かったのが不運であろう。
それらは清書され、王家に献上されているだなんて。
ちなみにその際の紙は、アルフレッドの個人資産から極上の品の紙を提供されていた。愛しい婚約者のためなら、そうした末端まで惜しまない男である。
子爵家の彼女は知らなかった。
公爵令嬢がドレスをまとうような場には、子爵令嬢でしかない彼女が招かれることは、今までなかったから。
そのスケッチブックの「A」と、区別するためにサインしてあるデザインの、ドレスを。
もう何度も男爵令嬢であるスピカのデザインの、ドレスを。
公爵令嬢がもう何度も、着ていることを。
アルフレッド王太子がスピカにデザインを頼んでいたなんて。愛しい婚約者に、自分もアイデアを出したドレスを着てもらいたい、ただそれだけに。
スピカの、リーシャが女生徒で一番親しくしているなら、男子生徒で一番親しいのは、恐れ多くもこちらのアルフレッド王太子殿下である。
そして、同好の士である。
ドレスのデザインについて時に本気で言葉で殴り合う。そこに身分はない。
「エステル様にたまには金と青以外も着せたい! あんな美人にそればかりはもったいねぇ!」
「それは僕も同感だけども! でも僕の色を着てほしい!」
「婚約者の気持ち、それは大事。でもそれは、それ!」
もっとも、彼は愛しい婚約者に関して、であるが。
こっそり、エステルがスピカに感謝しているのはこういうところ。アルフレッド経由でエステルもスピカと親しくなった。独占欲のちょっと強い彼が、珍しい自分以外の色を――けれどもエステルに似合うものを持ってきたことに。その理由を聞けば、スピカというアドバイザーの存在。ありがたい。
そして男爵令嬢という身分でありながら、公爵令嬢の婚約者さま公認の王太子殿下の「友人」となったスピカだ。
「君、すごいね?」
木陰でデザインをスケッチしていたスピカに話しかけたのは、アルフレッド王太子殿下であったのだ。
彼は木陰にいる少女が、自然をスケッチしているでもない様子にちょっと興味をもち。
気配を隠してそれをこっそりと盗みた。
驚かせたらかわいそうだから、自分の興味が満たせたらそのまままた、こっそりと立ち去るつもりで。
そう、王太子である自分が話しかけたら、驚かせるどころか怖がらせてしまうと、理解をしていたから。
けれどもその「内容」に我慢できなかった。その斬新で美しいドレスをまとった愛しすぎる婚約者を、一瞬で脳裏に描いてしまったからだ。
まるで雷に撃たれたかのように。
是非、そのデザインについて語り合いたい。出来たらエステルに似合うようにちょっと口出し手直しさせて欲しい!
そして王太子として、国の国力となるのは大歓迎。彼はスピカのデザインを近隣諸国に対して売り出し始めていた。
勿論スピカの許可をとり、服飾に詳しいリーシャの母を後見人として。
まだスピカが学生なこともあり、しかも身分も男爵家。その身を護るために、父親の男爵とだけ、内密に話をとおしてあり。
だからスピカの兄は何も知らなくて。あまり妹に対して良くない彼が、どこかで口を滑らせたら――しかもわざとされたりしたらと、考えられたのが――やはり話さなくて良かったとも言えようが。
スピカが学園を卒業したら諸々、公開する計画だった。
先行して。リーシャの母はフランター伯爵に見初められた美貌で、今日も最新のデザインのドレスで外交に同行している。
ちなみにフランター伯爵はちょっと目が細く。リーシャは父親似であった。
そして互いに思い出す。
「あ、あの時の庭園会の……――トイレ、間に合った?」
「その記憶は思い出さんとってください!」
あれはイベントだったのだろうか。
スピカは、少し遠い目をしながら――兄たちからスケッチブックを取り戻した。
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