薬屋アトリエハーバル

たまに金無郎

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第3章

第15話 近づく波音

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 今日もアトリエハーバルは騒がしい。
「ねぇ、クロエちゃん。あの薬は、どうなったのぉ?」
 ミレイユはいまだに三日に一度は店に現れては、セドリックやクロエにちょっかいを出していた。
「おじさんに、もう作っちゃダメって言われちゃいました……」
 クロエは不満そうに口をとがらせ、じとりとセドリックをにらむ。
 その視線に、セドリックはいつものようにため息をついた。
「当たり前だろ! 自分ひとりで使うならまだしも……危険すぎるっ!!」
「でも、効果はすごかったでしょ? ふふっ……あれ、私のイチオシの薬草なのよぉ~。手に入れるの、けっこう苦労したんだからぁ」
 ミレイユはイタズラっぽく笑いながら、自慢げに胸元に手を当てた。
「おいッ!! やっぱり、お前の入れ知恵かッ!? ほんとに余計なことを……っ! ……それに俺は使ってないからな!!」
 セドリックは、クロエから薬と、それに使われた薬草類もまとめて没収していた。その中には、この辺りでは滅多に手に入らない高価な薬草も混じっていた。
「えー!? もったいないわね~。あれ、すぅっっごいんだからぁ! 使ってみればよかったのにぃ……ふふっ」
 クロエもミレイユの横で勢いよくうなずいている。まるで子分のような振る舞いに、セドリックは背中にひやりとしたものを感じた。
 慌ててクロエの腕をつかみ、自分のほうへ引き戻す。
(ミレイユみたいな化け物が増殖したら困る!! 死活問題だ!!)
 そんな思いでの行動だったが、ミレイユは相変わらずニヤニヤと微笑み、クロエはなぜか頬を赤らめている。
(なんだ!? この空気はッ!? 最近……アトリエハーバルがどんどんおかしくなっていくような気がする……)
 セドリックは深いため息をついた。

「それで、お前はいつまでここにいるんだよ」
「う~ん……いつまでにしようかしら。ふふっ、セドリックが寂しいなら、いつまでもここにいてあげるわよぉ」
 ミレイユは王都で調薬師として働いているのだが、なぜかこの小さな町に長く滞在している。
「おじさんは、私がいるから寂しくないっ!!」
 クロエが勢いよく割って入り、セドリックとミレイユの間に立ちはだかる。
 ミレイユは微笑みながら、クロエを抱きしめるように撫でまわす。
 それを見て、セドリックが慌てて割って入る。
 だが、今度はセドリックとミレイユの距離が近づき――。
 それを見たクロエが、またもやふたりの間にぐいっと割って入った。
 ――そんなやり取りを、三人は今日も懲りずに繰り返していたのだ。
 ――ゔゔんっ。
「あの……」
 店の入り口から、咳払いとともに男性の声が聞こえた。
 セドリックはハッとして、慌ててカウンターに出る。
「うるさくて、すみません。何かお探しでしたか?」
 そこに立っていたのは、騎士団の制服を着た二人の男性だった。
 一人は二十代前半くらい、もう一人はクロエとそう年齢の変わらない十代の若者だ。
「お取込み中、失礼しました」
 少し怪訝そうな表情で、年長のほうが口を開いた。
「最近、このあたりで不審者の情報が相次いでいまして。調査と警備の一環として、ご挨拶に伺いました」
「それは、ご丁寧にありがとうございます」
 セドリックはすぐに応じる。
「若い女性の被害が多発しておりますので、どうぞお気をつけください」
 二人の騎士は軽く頭を下げると、足早に店を後にした。
「……だそうだから、お前たちも気をつけろよ。帰りは、しばらく俺が送っていったほうがいいかもしれないな」
「ほんとぉっっ!!?」
 セドリックの言葉に、クロエは目を輝かせて飛び跳ねるように喜んだ。
 その隣で、ミレイユがニヤニヤと妖しく笑う。
「どんな変態さんがうろついてるのかしらぁ~。怖いわぁ~。うふふっ」
(お前のほうが十分怖いよ……)
 セドリックにしてみれば、ミレイユのほうがよっぽど危険に思えた。
(騎士団のみなさん! ここに! お探しの変態が、ここにいますっ!! 捕まえてあげてくださいっ!!)

 翌日も、騎士団のひとりが見回りついでに顔を出してくれた。
 クロエと年が近そうだった、あの少年だ。ついでに薬をひとつ欲しいらしく、店の入り口でクロエが対応してくれていた。セドリックは薬房から、その様子をちらりと覗いている。――なぜか、ミレイユも一緒だった。
「あの子……とっても可愛いわぁ~」
「お前……ほんとにやめろよ……」
 微笑むミレイユの横顔を、セドリックはまるで化け物でも見るかのような目でにらみつけた。
「ノアくんっていうんだってぇ。十四歳の見習い騎士だそうよぉ。クロエちゃんの一つ上のお兄さんね。……ねっ、セドリック! クロエちゃんと同世代の、将来有望な男の子よ。……大丈夫かしらね? ふふっ」
 セドリックは眉間にしわを寄せ、黙ってミレイユをにらむ。
(な、何言ってんだ……!? それが俺に何の関係があるんだよ……)
 
 そんな世間話を薬房で続けるセドリックとミレイユをよそに、クロエは真面目に接客をしていた。
「……それでしたら、こちらがいいかと思います」
 クロエは、ノアに傷薬用の軟膏を手渡す。
「ありがとうございます。見習いは傷が絶えないものでして、治りが早いものは助かります」
「訓練しながら町の警護まで……本当にありがとうございますっ」
 クロエはにっこりと、営業スマイルを浮かべてお礼を言う。
 まっすぐに微笑みかけるその笑顔に、ノアは少しだけ頬を赤らめながら応じた。
「微力ながら、町の皆さんのお役に立てればと思います。……ただ、まだ不審者は捕まえられていないので、夜道にはくれぐれもお気をつけください」
「はい、ありがとうございますっ」
 クロエはあどけなく微笑んだ。
 真面目な見習い騎士の少年ノアの胸が、思いがけず、小さく跳ねる。
 それが営業スマイルだとわかっていても――その笑顔は、まぶしかった。

「あ、ほら見て! クロエちゃん、笑ってるぅ~。ノアくんったら、もうクロエちゃんにメロメロじゃなぁ~い? ねぇ、ちょっと! ……意外とお似合いなんじゃない? あのふたり。ふふっ」
 ミレイユはセドリックの肩をバシバシと叩きながら、ふたりを指さす。
「何が言いたいんだよっ!!」
 セドリックは苦い顔をしながら言い返すが、ミレイユはそんな彼の頬をつついたり、のぞき込んだりして、からかい続ける。
 そんなふたりの様子に、クロエがふと気づいて振り返る。
 その横顔を、騎士見習いの少年ノアが静かに見つめていた。

 アトリエハーバルに、新たな波が静かに近づいてきていた。
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