中年おっさんサラリーマン、異世界の魔法には賢者の石搭載万能パワードスーツが最強でした ~清楚幼女や錬金術女子高生と家族生活~

ひなの ねね

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第一〇話 極彩色の魔女と悲焔の少女

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「うちを呼んでる……?」



「うん、マリアベルの名前を口ずさんでるんだよ。ずっと、探してるみたいに」



 マリアベルは髪を耳にかけて下唇を噛む。思考するときは下唇を噛む癖があるんだろう。



「ごめん、これはうちがやらないといけない」



 ロングコート越しに腕を強く握り自分を振り立たせているようだった。



彼女はカンテラを持ったまま走りだす。シエロが行き先を告げなくても思い当たる節があるのか、迷路のような道を慣れた足取りで進む。



 辿り着いた先は古びた扉が付いている小屋だった。鉱山の中で作業員が休憩や寝泊まりをする場所だ。割れたガラス窓からはうっすらと蒼い焔が見え隠れしている。



 間違いないここにグロウスがいる。



「ここはうちが子供の頃に使ってた秘密基地、今は隠れ家兼魔術素材倉庫になってる」



 マリアベルの手が震えている。



「こんなとこにいちゃいけないのに——」



 ゆっくりと扉に手をかける。



 グロウスが襲って来ると思ったが、扉は何事もなく開いた。



 そこには全身を蒼い焔に包まれた恰幅の良い中年男性がいた。



 表情は読めず、目は窪んでおり虚ろに赤い。ゾンビのようにその場に立っていて、テーブルの上にある写真立てをずっと眺めている。



「——父さん」



 マリアベルの言葉に父親はぬらりと俺たちを見た。ゆっくりと口を開き、物凄いスピードで語りかけている。言葉があまりにも早すぎて脳内にキンキンと耳障りに響くほどだ。



「甘かった、うちが甘かった」



 マリアベルの声は涙を押し殺しているようだ。



 あふれ出る気持ちを抑え込み、マリアベルは内ポケットから色とりどりの宝石を取り出して、片手の指という指の間に合計四個の石を挟む。



「やるぞ、シエロ」



「うん」



 マリアベルに続き俺とシエロも身構える、と言っても俺はまだアトラスの右腕は到着しない。



「確認するけど、総司郎とシエロちゃんはグロウス狩り専門なんだよね」



 背中越しに緊張感のある声で、マリアベルが俺たちに問いかける。初めてのグロウス戦だ、専門家か確認したくもなるだろう。



「ああそうだ、任せておけ」



 これがグロウス狩り専門の初戦だがな。



「分かった、じゃあ——いくよ」



 しかしマリアベルは振り返り、俺たちに向かって宝石を振りかぶる。



「な、に——!」



 咄嗟の事に俺はシエロに覆いかぶさり地面を転がった。



「魔術式四連起動、起動最終言語は終幕!」



 俺とシエロがいた場所は、赤い光と共に小さな炸裂音がこだまする。更にマリアベルは指に四つの宝石をセットし、また腕を大きく振りかぶる。



「魔術式四連起動、起動最終言語は終幕!」



「出るぞ、シエロ!」



 勢いよく扉に体当たりして、シエロを肩に担いで逃げる。



「逃がさない、グロウス狩り! 魔術式一つ起動、起動最終言語は終焉!」



 俺は全力で暗闇を走っていたが、昼間のような光で洞窟が照らされたので、マリアベルに振り向く。



 彼女は野球選手のように大きく足を持ち上げ、十分に溜めた腰の捻りで回転力を生み、鞭のようにしなる腕で黄色い宝石を俺とシエロ目掛けて投げつけた。



「逃げるのは無理か——!」



 再び全力で走り出すが投石のスピードにはかなわない。空いている右腕で、反射的に石を叩き落とすように腕を振るう。



『遅れました、マスター。言い訳をするなら道が混んでいまして』



 宙でバラバラに分解された部品が一つ一つ俺の右腕に吸い付くようにハマっていき、ネジが装甲板を留め、右肩までアトラスが覆う。最後に肩から腕へのラインへ、薄緑色の光が灯り、蒸気が噴き出す。



 ほぼ同時に俺の腕に着弾した黄色い宝石はキンッと小さな音を立てて、中央から外側に徐々に光を放出し——すぐには爆発しない。



『驚きました。こんな小さな空間に密閉された熱量は、ダイナマイトと同等でしょうか。マスター衝撃に備えてください』



「シエロ!」



 無口なシエロをしっかりと抱きかかえ、右腕で自身を守る。



 熱を皮膚に感じて全身は守り切れないと本能的に理解したとき、宝石内に溜まった魔力が光と共に爆発した。



 俺はシエロを抱きかかえたまま、ボロ雑巾のように後方に吹っ飛ばされる。鉱山の壁に叩きつけられるのかと思いきや衝撃はない。



 ただ暗闇の中を真っ逆さまに落ちているだけだ。



 そうか、鉱山だから更に下層へ繋がる縦穴へ、吹き飛ばされたのかもしれない。



 俺はシエロをぎゅっと左腕で抱いて、宙で右腕を壁へ向けておもむろに掴んだ。



 壁はまるでチーズのような感触で、俺が腕で引っ付かんでも指の後を残すだけで止まらない。だが減速はできた。



「怪我はないか、シエロ」



「う、うん……」



 気落ちしたシエロを抱えながら、右手を放しては落下を繰り返して、足がやっと地面についた。



「ここを離れよう、マリアベルたちはすぐに追ってくるかもしれない」



 どこかに身を隠して休んだ方が良い。右腕は無傷だが、太ももがやけに熱い。べっとりとズボンが貼りついている気がするから出血しているだろう。爆発音で耳も痛いし、多分顔や腕持血だらけだ。五体満足で無事なのが救いか。



『アトラスは常に対魔術シールドを微弱ながら全身に展開しています。右腕だけでもある程度の効果はあります』



「そうか、助かったアトラ」



『例には及びませんマスター』



 俺の右腕で薄緑に光る光源だけが頼りだ。



 しっかりとシエロの小さな手を握りながら、とにかく鉱山の奥へと進む。



 シエロはずっと無口だ。



「ショックかシエロ」



「……分からない」



 ぼそっという。



 俺たちはそれ以上、会話を続けなかった。



 一晩しか共にしていないが、マリアベルは悪い人間じゃないと俺も思っている。シエロもそう思っているから心の整理がつかないのだろう。今は何を言っても言葉は闇に溶けていくような気がした。



 暗闇は時間の感覚を狂わせる。三十分は歩いたと思っているが、もしかしたら穴に落ちてから五分しかたっていないかもしれない。



「小屋だ」



 心もとない薄緑光に照らされているのは、第一階層にあったマリアベルの魔術道具置き場と同じ小屋だった。



 俺とシエロはゆっくりとドアを開け、念のため警戒しながら中に体を滑り込ませる。



 右腕で室内を照らすと部屋の広さは六畳ほどだ。中央に古びたテーブルと椅子があり、壁際には棚が三つ備え付けられている。



 俺とシエロは椅子に座って小さく息を吐いた。



 見渡す宝石の類や、書物の束が置かれている。



 黙っているシエロを俺は放っておいて、書物を読もうかと思ったが——シエロの帽子を剥ぎ取って、無理やり白髪の頭をゴワゴワと撫でてやった。



「あっわわわわ、な、何するんだよ!」



「別にーーーーーー」



 そういって更に頭を強くなでる。



「そ、そうじろうは、しょ、傷心の女の子を虐める悪いやつだよ!」



「はっはっは、そうかもな」



 ぱっと頭から手を放して、無理やり魔女帽子を被せてやる。方向が反対だったのか、シエルは不機嫌そうに帽子をくるくる回して、よしっと言った。



「なあ、シエロは字が読めるのか?」



「読めるよ、これでも魔術の本は嫌というほど姉さまに読ませられたんだから。全部燃やしたけど」



 平らな胸を元気っぱいに張っているが、君たち極彩色の魔女はそれで、極彩色の罪人なんて呼ばれたんですからね? 



「魔術書で焼いた、おいもはおいしかった」



「なんでお前らは緊張感ないの? もしかして他の魔女もこうなのか?」



「む、なんかすごく失礼なことを言ってる気がするんだよ」



 頬を膨らましたシエロの頭には、ふんすっ! という記号でも飛び出しそうだったが、俺の太ももに目線が動くと一瞬にして顔の血の気が引いた。



「その足、シエロを守って……」



「ああ、違う違う。まあなんだ、その辺に布でもあるだろ、ちょっと取ってくれ」



 シエロは慌てながらも、言われるがままに布を持ち、俺の太ももに押し当てる。



「手に血が付くだろ」



「いい、やる。やらせてほしいの」



 シエロはじっと染み込んでいく血を見つめている。そういえば初めて会った時も、巨大オオカミ——パスカルの血みどろ顔に体を押し付けていたっけ。



 泣きそうなシエロの手をそっと外し、俺は手際よく太ももに布を強く巻き付ける。



 まさかブラック会社で上司に刺された時の為に練習していた止血法が、こんなところで役に立つとは思いもよらなかった。ブラック会社で働いても、役に立つことはあるんだな、主に異世界で。



「……だいじょうぶ、そうじろう?」



「このくらいどうって事ないさ、それよりどれか本を読んでくれ。多分マリアベルの書物だ」



「う、うん」



 いくつかの本を両手で胸に抱えたシエロは、俺の足元に本を置いて座る。



 右腕の光を頼りに、本をぱらぱらとめくりだした。



「この本の内容は全部、まがいもの、だよ」



「まがいもの、か」



「こっちもこっちも……どれもそれらしくは書かれているけど、魔術の本質にはどれも触れてないんだよ」



「そりゃ、まだ魔術開発が始まったばかりだから、想像で書いてる本も出るんだろうなあ」



 俺の世界でも自分の考えだけをびっしり書いた自己啓発本とか沢山あるし。



 シエロは次の本を探しに本棚へと戻る。



「残りのあの本はどうだ、タイトルは?」



「こっちはグロウス研究基礎と、グロウスと生命の関係、あとは——」



 シエロは最後の本を抱きかかえて、俺の元ですぐに開く。



「これ、人がグロウス化した場合の対処法が書かれてるよ!」



「え、グロウスって人に戻せるのか? だったら鎮魂歌も必要もないんじゃ」



「無理なんだよ、魔術は人間には過ぎた力。人の『きもち』が次の領域に届いていないのに、高等過ぎる力を持った罰。だから魔術に汚染された人間はグロウス化して、死んで何度もグロウスをやり直すんだよ。人には戻れない、魔術はそれほど人に早すぎた禁忌なの」



 ページを高速でめくりながら、目は瞬きをしない。シエロは内容を脳内に叩きこんでいるようだった。いつもはボケっとしてるのに、魔術のこととなると頼りになる。さすが極彩色の魔女様だ。



「魔術汚染は神への信仰が足りない者から起きる。神から与えられた魔術という力を疑う者は汚染されやすい——グロウス化が始まる前兆は日に日に体を蝕んでいくので誰が見ても明らかである——グロウス化を止める唯一の方法は、高純度なグロウスを使用した高位治癒魔術が効果的で——」



 そこでシエロは頭を左右に振り本をゆっくりと閉じた。



「どれも違う……。元々人間には生まれつき魔術抵抗があるの。それは筋力のようなもの。生まれつきの差があって、歳を取るにつれて衰えが始まり、魔術にどれほど触れてきたかでグロウス化する速度は変化するの。子供でも生まれつき魔術抵抗が弱ければ、グロウス化してしまうの」



「そうなのか、シエロたちは大丈夫だったのか?」



「シエロたちは生まれながらにして魔術抵抗が強い血族なの。だからグロウスになる事はない。だからこそ唯一グロウスを鎮魂する手段を研究し、有しているの」



「そうだったのか……」



「あとこの本に書かれている高位治癒魔術だけど、魔術に治癒は存在しないの。もし治癒が出来る生き物がいたら、それは人間よりも高次元の存在だって姉さまたちは教えてくれたの」



「そうか、だんだん話が見えてきた」



 俺の想像だがマリアベルは黒甲冑に魔術を教わり、両親はそれをよくは思わなかった。



 マリアベルは熱心に自宅で魔術を研究していたのだろう。黒甲冑のようになりたかったのだから。



 だがよく思わない両親もいたせいか、子供の頃に使っていた隠れ家に研究所を移した。父親は研究所を移したマリアベルを説得するために何度もここに通った。



 そしてマリアベルが留守中か、もしかしたら目の前でかもしれないが、父親は魔術に汚染されてグロウス化してしまった。所謂、魔術抵抗が弱かったということだ。



 マリアベルはグロウス化した父を治療するために、良質なグロウスの素材を探していた、ってとこか。それが自分の街で開催されるオークションに出されるから、戻ってきたとこで俺たちに出会ったのかもしれない。



 シエロも同じ考えなのか、俺の顔を見てうんと頷く。



「助けられることなら、親父さんを助けてやりたい」



 無理だと分かっていても、俺は呟いてしまった。



 子供をまっとうな道に戻らせようとして説得した父、憧れの人につ近づきたいと魔術を学んだ娘。それが転生してもグロウスとして焼かれるほどの罪なのだろうか。



 俺には分からない——いや分かる。



 これは過剰な罰だ。



 グロウスと魔術のシステムをどこのどいつが作ったのか知らないが、俺は絶対に認めない。



 無謀な夢を追おうとする子供を止める話なんて、現実世界ですらどこにでもある話だ。魔術の入り口に立っただけで、あまりにも対価がでかすぎるじゃないか。



「ごめん、そうじろう」



 ふるふるとシエロは首を振る。



「もし助けと呼べるなら、それは《煉獄の輪》から引っ張り上げてあげること、次は万物に生まれ変われるように鎮魂歌を歌ってあげる事だけなんだよ」



「……何か方法はないのか、アトラ」



『異世界のデータが足りません。現状では道具に術式を刻み込んだ魔術、グロウスの青い焔というデータのみが蓄積されております。更に魔術に関する情報が集まれば、あるいは』



「万事休すか……」



 対異世界探索能力強化型パワードスーツ、アトラスならばと思ったが、確かにそうだ。まだ来たばかりの俺たちでは、魔術の何たるかすら分からない。何たるかを知らんないものに特効薬はない。



「シエロ、《鎮魂歌》は完了までどのくらいかかるんだ」



「一説から十三節まであるけど、今回は第三節が有効だから、三分くらいだよ。三分間、そうじろうが抑えてくれてるだけで大丈夫だよ」



「三分か」



 それを能力未知数の親父さんと、宝石を投げまくる娘を抑えつつ、右腕だけでやらなければいけない。



「俺に出来るのか……?」



 シエロを守りながら、アトラスの右腕の力に振り回されず、グロウスとマリアベルを殺さない程度に戦うことが。



 ぶんぶんと頭を振る。



 考えろ、考えるんだ。どんなに追い込まれても必ず道はある。恐怖や緊張なんかに飲まれるな。冷静に状況を判断しろ。



 もし俺が死んだらシエロが殺される。それだけは絶対に避けなければいけない。



 俺の家族でもなんでもないが、一人で世界と戦おうってやつを俺は守っていきたい。自分が心に任せて選んだ道だ。



 シエロの旅に着いて行こうとしたとき、灰色だった心に色が生まれた気がした。真っ白な地図のような可能性をシエロは俺に与えてくれた。



 だから俺は、全員が不幸にならない道を探す。探したいんだ。



『マスター、後方距離二〇〇、今回のエネミーは便宜上、ラプチャーと呼称します』



「シエロ、俺から離れるなよ」



「うん、無理しないでね、そうじろう」



「ああ」



 俺が先に小屋を出る。シエロは隙を見て鎮魂歌を発動する。



 あちらから薄緑の光は認識できているだろう。



 俺からも見える。父親と並んで歩く下唇を噛んだ少女の姿が。





第一〇話 極彩色の魔女と悲焔の少女

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