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第一章 知らない世界
第十話「ケモノと人間(ヒト)」
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幽香の館の朝は、花の香りとともに始まった。
テーブルには紅茶と菓子が並び、ケモノは例によって皿をカチャカチャと鳴らしながら、ぎこちなくフォークを操っていた。
「……ガゥ…」
成功したのか失敗したのかも分からぬまま、彼は得意げに顔を上げる。
「可愛いわねぇ」
幽香が目を細めて笑った。
だが、その笑みの隣で霊夢は腕を組み、魔理沙は少し考え込むように顎を掻いた。
「……そろそろ、人間と触れ合わせるべきかもしれないな」
霊夢が真剣な声で言う。
「おお、いよいよ人里デビューか」魔理沙が口笛を吹く。
「確かにこのままじゃ、言葉どころか空気も読めないままだぜ」
「危ないんじゃない?」
幽香が肩をすくめる。
「この子、まだ“人間を敵”だと本能で判断しているもの。ちょっとした拍子に暴れるわ」
霊夢は迷わず言い切った。
「だからこそよ。人間と触れて、慣れていく必要がある」
⸻
こうして、ケモノを連れて人里に向かうことが決まった。
幽香は館に残り、霊夢と魔理沙が同行する。
ケモノは「知らない場所」に連れていかれることに不安を覚えたのか、フードの下で小さく唸っていた。
「ヴゥゥゥゥゥ……」
「大丈夫、大丈夫」
魔理沙が背中を軽く叩く。
「私たちが一緒だ。怖がることはねぇよ」
「まぁ、あんたが余計なことしなきゃいいけどね」
霊夢がぼそりと付け加えた。
⸻
――昼下がり。
人里の門が見えてきたとき、ケモノは立ち止まり、鼻をひくひくと動かした。
人の匂い、炊き物の匂い、土の匂い……慣れないほど多くの匂いが一度に押し寄せる。
「ヴゥゥ?……」
不安げに声を漏らすと、霊夢が前に立った。
「いい? ここでは暴れないの。私と魔理沙から離れちゃ駄目よ」
ケモノは理解できていないはずなのに、霊夢の強い声に押されるようにこくりと頷いた。
⸻
里の中は活気に満ちていた。
商人の声、子供の笑い声、鍛冶屋の槌音――あまりにも騒がしく、ケモノは耳を押さえて小さく唸る。
「グルル……」
「おいおい、大丈夫か?」
魔理沙が慌てて肩を支える。
「大丈夫じゃないわね」霊夢は冷静に言った。
「まずは静かな場所に連れて行きましょう」
そう言って彼女が導いたのは、里の端にある茶屋だった。
⸻
「いらっしゃい」
女将の柔らかい声が響く。
霊夢と魔理沙が席に着くと、ケモノはおそるおそる隣に腰を下ろす。
テーブルの上に茶と団子が並べられると、ケモノはまたしても団子を指でつつき、匂いを嗅ぎ……そして、手で鷲掴みにして口に放り込んだ。
「ちょ、ちょっと!」
霊夢が慌てて止めようとするが、女将はくすりと笑った。
「いいのよ。初めてなら仕方ないわ」
ケモノは夢中になって団子を頬張り、口の端に餡をつけながらもぐもぐと食べている。
その姿に、魔理沙は思わず吹き出した。
「ははは! 見ろよ霊夢、完全に子供じゃねぇか!」
霊夢も呆れながらも、口元が緩むのを隠せなかった。
⸻
だが、周囲の人々は違った。
フードにお面、そして獣のような仕草をするケモノを見て、不安げに囁き合う声が広がっていく。
「あれ……何だ?」
「人間か……?」
「怖い顔……」
ケモノは敏感にそれを感じ取り、皿を握りしめて震え始めた。
「ウゥゥゥゥゥ……!」
遠吠えの予兆のように喉が鳴る。
霊夢はすぐにその前に立ち、真剣な眼差しを向けた。
「駄目!」
声に込められた気迫に、ケモノの体がびくりと固まる。
やがて、ゆっくりと肩を落とし、皿を手放した。
「……ガゥ」
それは、まるで「分かった」と言うかのような響きだった。
⸻
茶屋を出る頃には、空は夕焼けに染まっていた。
ケモノは疲れ果てたのか、霊夢の袖をぎゅっと掴んで離さない。
「おいおい、霊夢のガキみたいだな」
魔理沙がからかうと、霊夢は顔を赤くして振り返る。
「うるさい! 放っておきなさいよ!」
ケモノはその意味を理解していない。
ただ、二人の声の響きに安心したのか、少しだけ目を細めていた。
⸻
その夜。
館に戻ったケモノは、ぐったりと眠り込んだ。
霊夢と魔理沙は静かに見守り、幽香は微笑みながら口を開く。
「どうだった? 人里の“ヒト”は」
「……大変だったわ」霊夢が肩をすくめる。
「でも、悪くはなかった。少なくとも、暴れてばかりじゃなかったし」
「なにより……可愛かったぜ」
魔理沙が笑うと、幽香は小さく頷いた。
眠るケモノの胸は、静かに上下している。
その夢の中で、彼は初めて出会った“ヒトの世界”をどう見ているのだろうか。
まだ誰にも、それは分からなかった。
テーブルには紅茶と菓子が並び、ケモノは例によって皿をカチャカチャと鳴らしながら、ぎこちなくフォークを操っていた。
「……ガゥ…」
成功したのか失敗したのかも分からぬまま、彼は得意げに顔を上げる。
「可愛いわねぇ」
幽香が目を細めて笑った。
だが、その笑みの隣で霊夢は腕を組み、魔理沙は少し考え込むように顎を掻いた。
「……そろそろ、人間と触れ合わせるべきかもしれないな」
霊夢が真剣な声で言う。
「おお、いよいよ人里デビューか」魔理沙が口笛を吹く。
「確かにこのままじゃ、言葉どころか空気も読めないままだぜ」
「危ないんじゃない?」
幽香が肩をすくめる。
「この子、まだ“人間を敵”だと本能で判断しているもの。ちょっとした拍子に暴れるわ」
霊夢は迷わず言い切った。
「だからこそよ。人間と触れて、慣れていく必要がある」
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こうして、ケモノを連れて人里に向かうことが決まった。
幽香は館に残り、霊夢と魔理沙が同行する。
ケモノは「知らない場所」に連れていかれることに不安を覚えたのか、フードの下で小さく唸っていた。
「ヴゥゥゥゥゥ……」
「大丈夫、大丈夫」
魔理沙が背中を軽く叩く。
「私たちが一緒だ。怖がることはねぇよ」
「まぁ、あんたが余計なことしなきゃいいけどね」
霊夢がぼそりと付け加えた。
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――昼下がり。
人里の門が見えてきたとき、ケモノは立ち止まり、鼻をひくひくと動かした。
人の匂い、炊き物の匂い、土の匂い……慣れないほど多くの匂いが一度に押し寄せる。
「ヴゥゥ?……」
不安げに声を漏らすと、霊夢が前に立った。
「いい? ここでは暴れないの。私と魔理沙から離れちゃ駄目よ」
ケモノは理解できていないはずなのに、霊夢の強い声に押されるようにこくりと頷いた。
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里の中は活気に満ちていた。
商人の声、子供の笑い声、鍛冶屋の槌音――あまりにも騒がしく、ケモノは耳を押さえて小さく唸る。
「グルル……」
「おいおい、大丈夫か?」
魔理沙が慌てて肩を支える。
「大丈夫じゃないわね」霊夢は冷静に言った。
「まずは静かな場所に連れて行きましょう」
そう言って彼女が導いたのは、里の端にある茶屋だった。
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「いらっしゃい」
女将の柔らかい声が響く。
霊夢と魔理沙が席に着くと、ケモノはおそるおそる隣に腰を下ろす。
テーブルの上に茶と団子が並べられると、ケモノはまたしても団子を指でつつき、匂いを嗅ぎ……そして、手で鷲掴みにして口に放り込んだ。
「ちょ、ちょっと!」
霊夢が慌てて止めようとするが、女将はくすりと笑った。
「いいのよ。初めてなら仕方ないわ」
ケモノは夢中になって団子を頬張り、口の端に餡をつけながらもぐもぐと食べている。
その姿に、魔理沙は思わず吹き出した。
「ははは! 見ろよ霊夢、完全に子供じゃねぇか!」
霊夢も呆れながらも、口元が緩むのを隠せなかった。
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だが、周囲の人々は違った。
フードにお面、そして獣のような仕草をするケモノを見て、不安げに囁き合う声が広がっていく。
「あれ……何だ?」
「人間か……?」
「怖い顔……」
ケモノは敏感にそれを感じ取り、皿を握りしめて震え始めた。
「ウゥゥゥゥゥ……!」
遠吠えの予兆のように喉が鳴る。
霊夢はすぐにその前に立ち、真剣な眼差しを向けた。
「駄目!」
声に込められた気迫に、ケモノの体がびくりと固まる。
やがて、ゆっくりと肩を落とし、皿を手放した。
「……ガゥ」
それは、まるで「分かった」と言うかのような響きだった。
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茶屋を出る頃には、空は夕焼けに染まっていた。
ケモノは疲れ果てたのか、霊夢の袖をぎゅっと掴んで離さない。
「おいおい、霊夢のガキみたいだな」
魔理沙がからかうと、霊夢は顔を赤くして振り返る。
「うるさい! 放っておきなさいよ!」
ケモノはその意味を理解していない。
ただ、二人の声の響きに安心したのか、少しだけ目を細めていた。
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その夜。
館に戻ったケモノは、ぐったりと眠り込んだ。
霊夢と魔理沙は静かに見守り、幽香は微笑みながら口を開く。
「どうだった? 人里の“ヒト”は」
「……大変だったわ」霊夢が肩をすくめる。
「でも、悪くはなかった。少なくとも、暴れてばかりじゃなかったし」
「なにより……可愛かったぜ」
魔理沙が笑うと、幽香は小さく頷いた。
眠るケモノの胸は、静かに上下している。
その夢の中で、彼は初めて出会った“ヒトの世界”をどう見ているのだろうか。
まだ誰にも、それは分からなかった。
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