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お花畑転生娘と大監獄

お花畑転生娘と死神令嬢の決意

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「あんた……どうしてそんなに普通にしてられるの? 転生者ってバレたんだよ? わけわかんない」

 マリーローズも転生者だった。
 衝撃的な事実を知ったミラの声は、小さく震えていた。

「バレたって……別に最初から隠してませんよ? 貴女みたいにわざわざ吹聴もしてませんが。それより下着はご自分ではいてください」

「……っ! 気になるのそっち!?」

「そりゃそうでしょう。他人様に下着を着せるなんてたとえ同性でも気まずいですよ。赤ちゃんや介護の必要なお年寄りじゃあるまいに」

 ああ、やっぱりこいつ日本人だ。
 この世界じゃ赤ちゃんはそのまま垂れ流しだし、老人は介護が必要になる前に死んでしまうから。

 変なところでミラは納得した。

 せかされることはなかったが、のろのろと着替え終わるとすかさず手をとって立ち上がらされる。

「着替え終わりましたね? ではお部屋に戻りましょうか」

 マリーローズは独房とは決して言わないんだな、とミラはちょっとしたところが気になった。
 バスルームへの往復の途中、通りがかった房から囚人に挨拶されることもあったが、マリーローズは囚人を番号や侮蔑的なあだ名で呼ぶことなくきちんと名前を呼び、丁寧に話しかけていた。

 囚人をきちんとした尊厳のある人間として扱う。そこのところは徹底しているんだな、と妙に感心する。なんだか前世のテレビで見た外国の刑務所みたい。

 二言目には職務とか法とかを口にするマリーローズのことだ、知り合いだからと言ってミラを特別扱いしているわけではないだろう。そもそも嫌われたり恨まれる心当たりは山ほどあるが、好かれたり特別扱いされる要素はどこにもない。

 もともとそういう決まりになっていたのだろうか? あれこれ考え込むのは性に合わない。ミラは思い切って訊ねてみることにした。

「これってさ、アンタの家……えっと、エクテレシィ家だっけ?の家訓かなにかなの?」

「?? 何がでしょう?」

 一瞬、何を訊かれたのかわからなかったマリーローズは怪訝そうに目を瞬かせる。

「だからさ、うちらみたいな囚人にもちゃんと丁寧に話してさ、ご飯とかもちゃんとしてて。なんかすごく人間扱いされてるって感じだけど、それってアンタの家の習慣かなにか?」

 取り調べが徹底して拷問に終始するような社会だ。
 前世のような人権意識があるとはとても思えないのに、ここの監獄の囚人の扱いは現代の社会で意識の高い人権派の人でも感心するくらい、限られた予算の中で囚人を丁寧に扱っているように感じる。

「たしかに我が家では法と判決がすべてで、刑の執行以外では囚人に危害を加えてはならない、という掟は厳しく教え込まれましたね。囚人とは法によって裁かれ法によって刑を処される者。処刑人や看守の一存で勝手に虐げて良いものではない、との教えが我々処刑人の家にも看守の家にもあるのはたしかです。ただ、囚人を意図的に尊厳のある人間として扱うのは、この監獄が私の管轄下だからです」

「え?」

「今は革命直後で混乱してますでしょう? 囚人の扱いなんて、ちゃんと明文化された決まりは残ってないんですよ。だから、私が『こういうルールになってます』と言えばそれが正式なルールとして残るんですよ。この新しい国がある限り」

「……それって職権乱用……」

「もちろん、私がムッシュ・ド・ロテルを継いでから今まで、一度も法や掟を破ることなく、厳格かつ公正に職務を全うしてきた信用があるからこそ可能なことですが」

「マリーローズ、アンタ……」

「おかげで軽犯罪の再犯率が下がって、刑期を終えた元囚人の順法意識が上がったと好評なんですよ。もっとも、革命で貴賤を問わず人口が大幅に減ったうえ、経済状況が改善して生活水準が向上した効果も大きいのですが」

 いたずらっぽく笑うマリーローズ。

「私はね、ミラ。この世界で少しでも悲惨さや理不尽をなくしたい。そのために、自分の使える権限のあるところではできるだけ残酷な行いをなくしていきたいのですよ。そのための努力はなんでもします。それがセレスとの約束ですから」

 振り返ったマリーローズの瞳は強い意志の光を放ち、直視されたミラはなんだかまぶしく感じて目をそらしてしまった。
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