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昼の蟷螂
※其の二(昆虫・残虐注意)
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ごちゃごちゃした路地裏を小柄な少年が歩いて行く。
軽やかな足取りにあわせてうなじのあたりで無造作に括られた長い髪がゆらゆらと揺れて、まるでしっぽのよう。
そんじょそこらではまずお目にかかれないような、すこぶるつきの美形である。
浮世離れした雰囲気は、こんな薄汚い路地裏に似つかわしくないことおびただしい。
見たところ、年は15、6だろうか?
磨き抜かれた橄欖石のような瞳はこぼれおちそうに大きく、星屑のような光を孕んでキラキラと輝いている。
この独特の輝きを放つ瞳は妖精族の特徴で、かすかに尖った耳の先を見とあわせて考えると何代か前の祖先に妖精族の血が混じっているに違いない。
となれば、見た目通りの年齢ではないかもしれない。
サラサラした癖のない艶やかな髪は早春に萌え出る草の芽のように鮮やかな緑色。
あどけなさの残る可憐な顔立ちは、少女と言われても違和感はないが、人を喰ったような不敵な表情や闊達な仕草が、彼が少年であることを雄弁に語っていた。
彼は袋小路の突き当たりの、無造作に様々なゴミが積み上がった場所で足を止めた。
すさまじい悪臭が鼻につく。
こんな所に一体何の用だろうか?
彼はしばしゴミの山を眺めていたかと思うと、ぎちぎちと奇妙奇天烈な音を立て始めた。
すると、不思議なことに、ゴミの山にたかっていた虫たちが一斉にうぞうぞと動きはじめたではないか。
蠅や#埋葬虫__シデムシ_#、閻魔虫たちは翅を広げて飛び立ち、蛆虫や翅隠たちはごそごそと這いずりまわって、みなどこかに向かっている。
それを見届けた少年はにんまりと笑うと満足気に独りごちた。
「任務、完了」
夕刻になって、貿易商としても有名なパルマキオン男爵の館で死体が発見された。
購入したばかりのお気に入りの奴隷を私室に連れ込み、呼ぶまで近寄らないようにと使用人たちを下がらせたのが前日の夜。
それが家人や使用人たちが生きている主を見た最後であった。
夜が明けるどころか夕刻になり、どうしても外せない会合の時間が迫ったので、仕方なく家令が声をかけたところ、何の応答もない。
さすがに異変を感じて合鍵で中に入ったところ、血塗れの室内と、何千……いや何万匹もの夥しい数の虫にびっしりとたかられた主人の遺骸を発見したのだ。
遺骸は虫たちに喰われていたため損傷があまりに激しく、喉に鋭い刃物の傷がある事とすさまじい量の出血があった事の他は、死亡推定時刻も武器の種類も割り出すことができなかった。
おそらくは腹部にも激しい損傷があったものと思われるが、すさまじい数の虫にたかられ喰われて皮膚も肉もボロボロになっており、一部は白骨化しているほどだったので、大きな傷が一つあるだけなのか、滅多刺しにされていたのか、全くもってわからない。
そのため、おおまかな動機の見当をつけることすらできなかった。
滅多刺しならば怨恨の可能性が高い。
違法な奴隷売買に手を染めていたくらいだ。
おそらく恨みの一つや二つ……どころかダース単位でため込んでいそうだ。
容疑者はいくらでも出てくることだろう。
大きな傷が一つだけであれば、確実に仕留める事を目的としているプロの仕事。
依頼主は商売敵か、はたまた対立する派閥のものか……こちらも容疑者はダース単位で出てきそうだ。
それでも動機がどちらかに絞れれば、容疑者は半減するはず……
自然現象とはいえ、何故か大量発生した虫たちの食欲が恨めしい捜査陣一同であった。
軽やかな足取りにあわせてうなじのあたりで無造作に括られた長い髪がゆらゆらと揺れて、まるでしっぽのよう。
そんじょそこらではまずお目にかかれないような、すこぶるつきの美形である。
浮世離れした雰囲気は、こんな薄汚い路地裏に似つかわしくないことおびただしい。
見たところ、年は15、6だろうか?
磨き抜かれた橄欖石のような瞳はこぼれおちそうに大きく、星屑のような光を孕んでキラキラと輝いている。
この独特の輝きを放つ瞳は妖精族の特徴で、かすかに尖った耳の先を見とあわせて考えると何代か前の祖先に妖精族の血が混じっているに違いない。
となれば、見た目通りの年齢ではないかもしれない。
サラサラした癖のない艶やかな髪は早春に萌え出る草の芽のように鮮やかな緑色。
あどけなさの残る可憐な顔立ちは、少女と言われても違和感はないが、人を喰ったような不敵な表情や闊達な仕草が、彼が少年であることを雄弁に語っていた。
彼は袋小路の突き当たりの、無造作に様々なゴミが積み上がった場所で足を止めた。
すさまじい悪臭が鼻につく。
こんな所に一体何の用だろうか?
彼はしばしゴミの山を眺めていたかと思うと、ぎちぎちと奇妙奇天烈な音を立て始めた。
すると、不思議なことに、ゴミの山にたかっていた虫たちが一斉にうぞうぞと動きはじめたではないか。
蠅や#埋葬虫__シデムシ_#、閻魔虫たちは翅を広げて飛び立ち、蛆虫や翅隠たちはごそごそと這いずりまわって、みなどこかに向かっている。
それを見届けた少年はにんまりと笑うと満足気に独りごちた。
「任務、完了」
夕刻になって、貿易商としても有名なパルマキオン男爵の館で死体が発見された。
購入したばかりのお気に入りの奴隷を私室に連れ込み、呼ぶまで近寄らないようにと使用人たちを下がらせたのが前日の夜。
それが家人や使用人たちが生きている主を見た最後であった。
夜が明けるどころか夕刻になり、どうしても外せない会合の時間が迫ったので、仕方なく家令が声をかけたところ、何の応答もない。
さすがに異変を感じて合鍵で中に入ったところ、血塗れの室内と、何千……いや何万匹もの夥しい数の虫にびっしりとたかられた主人の遺骸を発見したのだ。
遺骸は虫たちに喰われていたため損傷があまりに激しく、喉に鋭い刃物の傷がある事とすさまじい量の出血があった事の他は、死亡推定時刻も武器の種類も割り出すことができなかった。
おそらくは腹部にも激しい損傷があったものと思われるが、すさまじい数の虫にたかられ喰われて皮膚も肉もボロボロになっており、一部は白骨化しているほどだったので、大きな傷が一つあるだけなのか、滅多刺しにされていたのか、全くもってわからない。
そのため、おおまかな動機の見当をつけることすらできなかった。
滅多刺しならば怨恨の可能性が高い。
違法な奴隷売買に手を染めていたくらいだ。
おそらく恨みの一つや二つ……どころかダース単位でため込んでいそうだ。
容疑者はいくらでも出てくることだろう。
大きな傷が一つだけであれば、確実に仕留める事を目的としているプロの仕事。
依頼主は商売敵か、はたまた対立する派閥のものか……こちらも容疑者はダース単位で出てきそうだ。
それでも動機がどちらかに絞れれば、容疑者は半減するはず……
自然現象とはいえ、何故か大量発生した虫たちの食欲が恨めしい捜査陣一同であった。
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