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【1話目】仕事始めは嵐の幕開け
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あぁ、働きたくない…。
心の底から働きたくない。
全身全霊で、全力で、力の限り、働きたくない。
それでも始業時間はやってくる。
「明けましておめでとうございます、平野さん」
「平野さん、今年も宜しくおねがいします!」
朝からバッチリとメイクをした女子社員に、次々と声を掛けられて、その一つ一つに挨拶を返す。
「今年も始まっちゃいましたね~。先輩、年末年始はゆっくりできましたか?」
「私はいつもと同じだよ。エリカちゃんこそ、婚約者さんの実家にお邪魔したんだよね?疲れてない?」
「も~、それが聞いてくださいよ~、やよいせんぱぁい!!!」
大きな瞳をウルウルと涙で潤ませながら、ポフンと胸元に縋り付いてくる可愛い後輩。
有難い事に私を慕ってくれて、仕事はもちろんプライベートな悩みも相談してくれる。私も先輩として教えられることは全て伝授して来た。
だけど、私の経験したことのないことを、この後輩は経験しているんだな、と少し焦燥感を覚える。
(婚約者が居たことも、ましてや彼氏の両親に挨拶したことも無い身としては、どっちが先輩か分かんないよね…)
私は女性用下着ブランドを取り扱う、株式会社ベルフィーユジャパンの受付嬢だ。
会社の華である私たち受付嬢は、当たり前の話なのかもしれないが見た目が良い。
目の前で泣きべそをかいている後輩のエリカちゃんは、手入れの行き届いた艶々の黒髪に、長いまつ毛、黒目がちな大きな瞳が特徴の24歳。
対する私は、入社15年目の37歳。外見は悪くはないのだろうが、この会社の受付嬢としては歳を重ね過ぎているらしい。
つい先日も、営業部の有名なセクハラ部長に「お客さんだって、どうせ受付してもらうなら、20代のピチピチした可愛い子が良いだろうにね~」と下卑た笑いと共に言われてしまった。
(あいつ、いつか、消す)
持ち場であるエントランスに向かいながら、思わず拳を握り締めてしまう。
いかんいかん、受付嬢は笑顔が命。仕事中はプライベートを封印せねば。
あぁ、しかし、お腹の底から働きたくない。
はぁ、っと深い溜息を吐くと、エリカちゃんに心配されてしまう。
「やよい先輩?調子悪いですか?溜息なんて珍しい」
「あははー。何回経験しても、仕事始めは憂鬱だなぁって」
「えー?意外です!先輩ほど仕事にプライドを持った受付嬢は居ませんから、そんな風に感じる事なんてないんだと思ってました!」
年明けだって仕事自体が憂鬱な訳じゃない。
下卑た上司の薄笑いはストレスだけど、仕事自体は楽しくやってる。
問題なのは、年末に突如として沸いた人間関係だ。
始業前の最終チェックをしていると、視界の端で受付へ歩いて来る人物を認めた。
「明けましておめでとうございます、やよいさん。去年お伝えしたプロポーズ、お答え頂けますか?」
ニッコリと満面の笑顔をたたえる、見目麗しい男性。
彼は私よりも一回りも歳下の25歳。
システム開発部のホープで、仕事ができる故に上司からの人望が厚いエンジニアだ。
「…平野さん、私的なご用件は終業後にお願いしますね?」
こちらもニッコリと笑顔で返すと、カウンターの卓上時計を指さした。
始業時間1分前だ。
「お互いに同じ『平野』なんですから、名前で呼んでくださいって言ってるじゃないですか」
「…それも含めて終業後に」
「言質取りましたよ。終業後に伺いますから、逃げないでくださいね」
芸術的なウインクをすると、軽い足取りでエレベーターホールへ向かう彼を見送る事なく、確認していた書類を一纏めにしてトントンと揃える。
シーンと静まり返ったエントランスは、彼が残した『プロポーズ』と言う爆弾発言のお陰で、視線が五月蝿いくらいに囁き合っている。
はい、皆さんの声を取りまとめます。
入社3年目の期待のエースが、何故よりにもよって12も歳上の行き遅れ受付嬢にプロポーズをしたのか、ですね?
知らないわよ!こっちが聞きたい!!
あぁ、働きたくない。
今すぐ家に帰って眠ってしまいたい。
そしてこの事態を夢として処理したい。
けれど無情にも始業のベルが鳴り、受付嬢の私はお客様をお迎えする為に最上の笑顔を浮かべる。
仕事始めは嵐の幕開け。
心の底から働きたくない。
全身全霊で、全力で、力の限り、働きたくない。
それでも始業時間はやってくる。
「明けましておめでとうございます、平野さん」
「平野さん、今年も宜しくおねがいします!」
朝からバッチリとメイクをした女子社員に、次々と声を掛けられて、その一つ一つに挨拶を返す。
「今年も始まっちゃいましたね~。先輩、年末年始はゆっくりできましたか?」
「私はいつもと同じだよ。エリカちゃんこそ、婚約者さんの実家にお邪魔したんだよね?疲れてない?」
「も~、それが聞いてくださいよ~、やよいせんぱぁい!!!」
大きな瞳をウルウルと涙で潤ませながら、ポフンと胸元に縋り付いてくる可愛い後輩。
有難い事に私を慕ってくれて、仕事はもちろんプライベートな悩みも相談してくれる。私も先輩として教えられることは全て伝授して来た。
だけど、私の経験したことのないことを、この後輩は経験しているんだな、と少し焦燥感を覚える。
(婚約者が居たことも、ましてや彼氏の両親に挨拶したことも無い身としては、どっちが先輩か分かんないよね…)
私は女性用下着ブランドを取り扱う、株式会社ベルフィーユジャパンの受付嬢だ。
会社の華である私たち受付嬢は、当たり前の話なのかもしれないが見た目が良い。
目の前で泣きべそをかいている後輩のエリカちゃんは、手入れの行き届いた艶々の黒髪に、長いまつ毛、黒目がちな大きな瞳が特徴の24歳。
対する私は、入社15年目の37歳。外見は悪くはないのだろうが、この会社の受付嬢としては歳を重ね過ぎているらしい。
つい先日も、営業部の有名なセクハラ部長に「お客さんだって、どうせ受付してもらうなら、20代のピチピチした可愛い子が良いだろうにね~」と下卑た笑いと共に言われてしまった。
(あいつ、いつか、消す)
持ち場であるエントランスに向かいながら、思わず拳を握り締めてしまう。
いかんいかん、受付嬢は笑顔が命。仕事中はプライベートを封印せねば。
あぁ、しかし、お腹の底から働きたくない。
はぁ、っと深い溜息を吐くと、エリカちゃんに心配されてしまう。
「やよい先輩?調子悪いですか?溜息なんて珍しい」
「あははー。何回経験しても、仕事始めは憂鬱だなぁって」
「えー?意外です!先輩ほど仕事にプライドを持った受付嬢は居ませんから、そんな風に感じる事なんてないんだと思ってました!」
年明けだって仕事自体が憂鬱な訳じゃない。
下卑た上司の薄笑いはストレスだけど、仕事自体は楽しくやってる。
問題なのは、年末に突如として沸いた人間関係だ。
始業前の最終チェックをしていると、視界の端で受付へ歩いて来る人物を認めた。
「明けましておめでとうございます、やよいさん。去年お伝えしたプロポーズ、お答え頂けますか?」
ニッコリと満面の笑顔をたたえる、見目麗しい男性。
彼は私よりも一回りも歳下の25歳。
システム開発部のホープで、仕事ができる故に上司からの人望が厚いエンジニアだ。
「…平野さん、私的なご用件は終業後にお願いしますね?」
こちらもニッコリと笑顔で返すと、カウンターの卓上時計を指さした。
始業時間1分前だ。
「お互いに同じ『平野』なんですから、名前で呼んでくださいって言ってるじゃないですか」
「…それも含めて終業後に」
「言質取りましたよ。終業後に伺いますから、逃げないでくださいね」
芸術的なウインクをすると、軽い足取りでエレベーターホールへ向かう彼を見送る事なく、確認していた書類を一纏めにしてトントンと揃える。
シーンと静まり返ったエントランスは、彼が残した『プロポーズ』と言う爆弾発言のお陰で、視線が五月蝿いくらいに囁き合っている。
はい、皆さんの声を取りまとめます。
入社3年目の期待のエースが、何故よりにもよって12も歳上の行き遅れ受付嬢にプロポーズをしたのか、ですね?
知らないわよ!こっちが聞きたい!!
あぁ、働きたくない。
今すぐ家に帰って眠ってしまいたい。
そしてこの事態を夢として処理したい。
けれど無情にも始業のベルが鳴り、受付嬢の私はお客様をお迎えする為に最上の笑顔を浮かべる。
仕事始めは嵐の幕開け。
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