ビン底眼鏡の灰かぶり公女は帝国皇太子のお見合い接待係

山田 ぽち太郎

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赤を纏う少女

決着の時1/3

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ミカエラたちはあれから直ぐにアジトから追い出されてしまった。ゴアトと睨み合いを続けるアドを外敵とみなした室内の人間の気が立ってしまい、急かされるようにして部屋を後にしたのだ。
仕方がないので一行はベルボーイたちに教えてもらったウルフ族の本拠地に向かう。
一度統領であるヴォークに会っておく方が得策だと考えたのだ。

しかし、本拠地はもぬけの殻になっていて、ヴォークはおろか人間軍の攻撃を毎日受けているはずの戦闘員の姿も見えなかった。もちろん、争いの痕跡すら見つからない。

「……ジーク様、これは一体どう言うことなのでしょうか?」

ミカエラは呆然としてジークに尋ねる。紛争が起こっていないことは何よりだが、これではベルボーイたちが嘘をついていることになってしまう。

「彼らが嘘をついている気配はありませんでしたよね?」

続いてアドがジークに問いかける。ジークは黙って首を縦に振ると、眉間に皺を寄せているミカエラに向き合った。

「先ほどの大柄の男が話しているとき、そなたの目には何が映った?」
「え…?」

ミカエラは心臓を鷲掴みにされた心地になる。ジークは自分の目が異質なものを捕らえたことを知っているのだと思った。

「黒いもやが彼の体に纏わりついているのを見ました」
「そうか…。やはりそなたの魔力は視界に宿ったか」
「…?」

ジークは少し逡巡してからミカエラに静かに語り出す。

「魔力を持つ者は真実を見極める能力が宿る。俺は真実を『聞く』、そなたは真実を『見る』、それが魔法だ。あの大柄の男は嘘を付いていた。俺の耳にもそう『聞こえた』。おそらく黒いもやは嘘を表す現象だろう」
「………真実を『見る』のが私の魔力…、魔法………」

ミカエラはジークの言葉を繰り返すと、グッと口をつぐんだ。ジークは静かにミカエラの虹色の瞳を覗き込んでいる。まるで、その煌めきを目に焼き付けようとするように。

「…人の嘘を目にするのだ、そなたにとっては辛い能力となるだろう」
「いえ…」

ミカエラの口元が僅かに震えている。呼吸も少し荒い。暗い顔をしたミカエラが、ジークを真っ直ぐに見据えて思い詰めたように口を開いた。

「…………では…っ」

ジークもアドも固唾を呑んでミカエラの言葉を待つ。

「…………魔法の力とは、金銀財宝を創り出すようなものではないのですね?」

悲しみを顔面全体に貼り付けたミカエラは、くぅぅぅっと顔を伏せた。ジークもアドも拍子抜けしてしまって、一瞬のが空いてしまう。

「クフフフフ♡おきさきちゃん、今気にするのはそこじゃないでしょぉ~!!」

チェルシャーがいつも通り突然の登場をして大きな笑い声をあげた。アドは頭を抱えている。

「ミカエラ様、念のため申し上げますが、偽造通貨の使用は死罪になる場合もございます。魔法の力で作り出せたとしても私の目の黒いうちは赦しませんよ」
「べ、別に、何も偽造通貨を作ろうとかそう言う話じゃないですよ。ただ、えっと…そう!ロマン!ロマンの話ですよ!」
「おきさきちゃんの言うロマンってお金儲けの話だけでしょぉ~?」
「失礼ね、チェルったら!空を飛ぶとか、そう言うロマンも知っているわ!…そうよ、魔法って言ったら空を飛ぶとか、念じるだけで物を動かすとか、火をつけるとか、風を起こすとか…そう言うものじゃないの?」
「そう言う力は獣人じゅうじんしか使えないねぇぇ。人間の使える魔法は真実を見抜くことだけだよぉ~♡しかも、その力も国を治める皇族にしか流れないはずなのにぃ…。おきさきちゃんってば、何者なのぉ~?」

糸目をしっかりと見開いて、チェルシャーが興味津々にミカエラを覗き込んだ。ミカエラはその爛々とした瞳の輝きから何とか逃げようと、傍らに立つジークへ視線を向けた。

「そなたの魔力は俺たち皇族に比べると弱いものだ。注視しないともやに気付くこともないだろう。…しかし俺の魔力は歴代の皇族一。遮断を意識しないと勝手に人の心の声が聞こえてくる始末だ」
「…えっ!?」

(…と、言うことは今の私の心の声も聞こえているということ…?)

「そうだ」
「!?」

ジークはミカエラの心の声に言葉を返す。ミカエラは大きく目を見開いた。アドもチェルシャーも黙って二人の様子を見守っている。

「…すまない。気味が悪いだろう?」

固まってしまったミカエラに、ジークがばつの悪そうな顔をして謝った。そのまま顔を伏せたジークは、いつものような傲慢な態度と真逆の顔色だ。

「いえ…気味が悪いなんて…」

ミカエラは言葉の途中で口をつぐむ。その瞳には涙が滲んでいるようだった。彼女の虹色のそれはユラユラと蜃気楼のように揺れている。

「……あ…」

先に沈黙に耐えかねたのはジークだ。彼はミカエラに『勝手に心の中を覗くようなことはしないから安心しなさい』と伝えようと口を開いた。しかし、ジークがその先の言葉を発するより先に、ミカエラの感情が彼の思考を埋め尽くす。

(すごい!!人の心の中が分かるなら、街中の購買欲求を探るのに最適じゃない!!!羨ましいなぁ…。なんてビジネス向きの魔法なんだろう…。あぁ、羨まし過ぎて涙が出そうだわ)

「……」

ジークはミカエラの顔を見つめたまましばらく呆然と立ち尽くしてしまった。彼は自分の能力のせいで疎まれることはあっても、羨ましがられたことなど一度もない。初めての反応にどう対応したら良いか分からなかった。

「…はっ!?…あ、あの…ジーク様…もしかして、今の心の声も聞こえてしまいましたか…?」
「あぁ、遮断するのを忘れてしまって…。……すまない」
「い、いいえ!私こそ羨ましいなんて思って申し訳ございません。商売の為に利用したいと言う私の不埒な考えではジーク様の魔法の力が魅力的に思えますが、意識をしないと勝手に人の心が分かってしまうなんて、きっと疲れてしまいますよね…」

ミカエラは眉根を寄せてジークに頭を下げる。ジークはそれを片手で制してミカエラの頭を撫でた。

「……どうやら、そなたの商魂たくましい心根に救われたようだ。ありがとう」

柔らかな笑みを浮かべるジークを、ミカエラは不思議な気持ちで見上げた。
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