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君の腕にエスケープ

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人が殴られる音を初めて聞いた。

パキィィッ!

金髪くんの拳が相手の顎にクリーンヒットする。
案外人の骨は乾いた音を立てるものなんだな、と場違いなことを考えながらその光景を見ていた。
それでも地面に沈まない相手に、さらに蹴りを入れる金髪くん。
相手の顔面にはその鼻から流れる血、血、血。
街灯の光に晒された惨状に眩暈がしてしまう。生臭い、血。

「まだやんの?もう無理くない?」

息を弾ませる相手に、金髪くんは全く呼吸を乱さずに尋ねた。
少しの膠着こうちゃくのあと、ボコボコにされた相手が背中を向けて逃げ出す。
金髪くんも私もその後は追わない。

「…………あの…」

蚊の鳴くような声で金髪くんに声を掛ける。
しっかりとお礼を言わなくちゃならない。
なぜなら、金髪くんが暴力をふるった相手は私に痴漢を働いてきた男だからだ。
金髪くんは私を助けてくれたのである。大人としてお礼はせねばなるまい。
漫画や映画のスクリーンでは見慣れた殴り合いの喧嘩(と言っても今回は、金髪くんが一方的に殴ったり蹴ったりしただけだ)
実際に目の当たりにするとやっぱり怖くてすくんでしまう。

「…痴漢、やっつけて……くれて…どうも…ありがとう…ございまし…た…?」

段々と尻すぼみになってしまったのは、金髪くんが私との距離を徐々に詰めてきたからだ。

「あ…のっ……なに…か?」
「…アンタ、甘い匂いする。…クンクン…なんだ?これ。シャンプーとかか?」
「に…匂い…なんて…しません……!あ……あの!…きゃっ」

私の首元の匂いを嗅いでいた金髪くんが、突然身を屈めて私の胸に顔を埋めた。

「あの……なに……を……?」
「…クンクン……こっからも甘い匂いする。アンタ飴かなんかで出来てんのか?」
「出来て……ません…!放して………くださ…い…」

恥ずかしさと恐怖でカタカタと震えてしまう。
私よりも頭一つ以上背の高い金髪くんに、すっぽりと収まるように拘束されてしまった。
彼は髪の毛の匂いも入念に嗅いでいるようだ。
頭上で『スンスン』と鼻息が聞こえてくる。

「ちっちぇし、良い匂いするし、プルプル震えるし…アンタ俺好みの女だ」
「…ひぇっ」

金髪くんは私の身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてきた。
一見するとひょろりとした体格の彼は、それでもやっぱり男性なのだと思わせる身体の硬さだ。
私は思わずブルリと身震いをしてしまう。

「なぁ……今から俺んち行かね?」
「そん…っ…!」

そんなことしません!と言おうとした口を結ぶ。
待って、これはもしかしたら良い機会かもしれない。
そこで初めて金髪くんの顔をまじまじと見上げた。

「あ?俺の顔になんかついてる?」
「い、いえっ!」

シャープな輪郭に一重だけど印象の強い目、すらっと通った鼻筋に、少し厚みのある唇。
なかなかに男前の部類に入るのではないだろうか。
彼なら、私のを捧げても良いかもしれない。

「…なぁって。俺んち、行く?行かない?」
「……ごくり」

思わず生唾を飲み込む。

「おーい。目ぇ開けたまま寝てんのか?チューするぞ?」
「っ!?」
「…その顔、そそる…」
「……ぁっ…」

彼の柔らかな唇が私の唇を奪った。
金髪くんは容赦なく私の口内を暴く。
ネトネトとした唾液を纏った彼の舌先は私の歯列や上顎を何度もなぞった。
彼の右手は私の頭の後ろを、そして左手は私の腰元をしっかりと押さえている。
私は頭の中でいくつもの火花を散らしながら、見ず知らずの男性からのキスを受け止め続けた。

「…んっ……ふぁっ……」

不思議と嫌な気持ちはしない。
むしろ、もっと続けていたいくらいだった。
それは金髪くんも同じのようで、何度も角度を変えて深く口付けを交わした。

「…っ……、っは~…。やっば!チンポ勃ったつ~の」
「ち…!」
「は?なにその反応。…まさか、アンタ処女なわけ?」

金髪くんは私をジロジロと舐めるように見下ろす。
ふ~ん、と舌なめずりをする彼に、私は思わず叫んでしまった。

「…処女じゃない…です…!でも…私の……セカンド…バージン………もらって…くだ…さいっ!」

そのまま勢い良く頭を下げたら、丁度私の顔を覗くようにしていた金髪くんの顎に額をぶつけてしまう。
私と金髪くんは人通りの少ない住宅街の夜道で、しばらく悶絶し合った。
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