香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫

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金明《ジンミン》妃の侍女

謎の言葉

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 ”もう、苛められることはない。すべて解決する。”
 その言葉を口にした妓女、権姜クォンカンは翌日、変わり果てた姿で発見された。



「──それ、どういう意味?」

「……分かりません。彼女が何を言いたかったのか。その言葉にどんな意味があるのか。ずっとわたしは、その言葉が胸に引っかかっているんです」

 金明ジンミン妃は弱々しく首をふる。権姜クォンカンの言葉の意味について、本当に心当たりがないようだった。

 香 麗然コウ レイランは顎に手を当てて、思考を巡らせてみる。

 (……言葉そのままの意味で捉えるのなら、苛めはもう起きないってことになる。でもそうなると、どうやって苛めをなくすというの?)

 ただ現在は、権姜クォンカンという侍女の言葉どおりにはなっていない。それどころか、陰湿な苛めは続いている。
 現状を見るに権姜クォンカンが何かをして、それで苛めがなくなるということだったのだろう。権姜クォンカンという妓女がどうやって、金明ジンミン妃に対する苛めを終わらせるといのか。

 (……もしかしたらそこに、権姜クォンカンの死の真相があるんじゃないかしら? だとしたら、どうやって苛めを阻止するのか。それが、鍵となるんじゃないかしら?)

 うんと、自分の考えに納得して起立した。金明ジンミン妃へと向き直り、少女の頭を優しく撫でる。

「とりあえず、ちょっともやもやするから、曹朱ツァオジュで遊ん…… こほんっ。相談してくるわね」

「え? あ、はい……あっ、お気をつけて、お姉様ー!」

「ふふ。じゃあ、またねー」 

 香 麗然コウ レイランの表情はコロコロと変わった。そして手をふりながら、その場を去って行く。



 そんな彼女の背中が小さくなるまで、金明ジンミン妃は見つめた。世話しなく動く香 麗然コウ レイランに笑顔を送る。ふと、あることを思い出した。

「……そういえばお姉様、曹朱ツァオジュ様のことを言っていたけど。あの方の正体をご存知なのかしら?」

 香 麗然コウ レイランがあまりにも自然にその名を出すものだから、金明ジンミン妃は受け流してしまっていた。けれどまあいいかときびすを返して、宮へと戻って行った。

 □ □ □ ■ ■ ■ 

 金明ジンミン妃と別れ、香 麗然コウ レイラン曹朱ツァオジュを探す。けれど彼の姿はどこにもなく、広い宮殿の中で迷子になってしまった。

「うー。ここは、どこだべさ?」

 彼女が働く場所は皇帝の妃が住む宮だ。そして今香 麗然コウ レイランがいるのは、殿と呼ばれる皇帝の住まいでもある。
 先ほどまで金明ジンミン妃と話してい場所は宮の庭だ。本来ならば庭を突っ切って、そのまままっすぐ進むべきだった道を、なぜか左へと曲がってしまう。 一瞬で見覚えのない景色へと変わったせいもあり、脳が混乱した。その結果、来たこともない場所にたどり着いてしまう。

「……ほんに、どこだっぺ?」

 目の前にある建物は宮よりも、はるかに豪邸だった。あかの壁と柱、そして屋根。それが四階建てとなっている。左右のの面積も大きく、先が全く見えないほどだ。

「おら、宮の庭にいたはず……はっ! 誰かの仕業!? これは誰かの術だっぺぷしぃー!」

「そんな訳あるか!」

 頭部に突然、拳がふり下ろされる。とは言ってもほとんど痛くなく、手加減された拳のようだ。
 その正体は曹朱ツァオジュで、怪訝けげんな表情で眉をひそめている。

曹朱ツァオジュ! 探してたのよ。もう! どこにいたのよ!?」 

「食堂だ。毒草についてのことを聞いていた。君こそ、こんなところでいったい何をやっている?」

「あー……迷っちゃって……」

 土地勘がない以上は仕方のないこと。昨日今日来たばかりの香 麗然コウ レイランにとって、後宮は迷路でしかなかった。
 一人で行動をとるとこうなることは予想はできていたのだけれど、何分、知り合いがいない。仕事をしている同期の侍女でもある楊凛ヨウリンに頼むわけにもいかなかった。

「……すまん。待ち合わせ場所を決める……いや。俺が、迎えに行くべきだったな。配慮が足らなかった」

 彼女が本当に迷子になっていたということを知ると、彼は頭を下げてくる。生真面目な彼らしい姿勢だ。

 香 麗然コウ レイランは背伸びして、曹朱ツァオジュの頭をいい子いい子する。

「もういいわよ。別に怒ってるわけじゃないし。それよりも、私が掴んできた情報を聞いてくれる?」

「……ああ。俺の方も少しばかり、進展はあったからな」
 
 二人は皇帝の居でもある殿から離れ、人気のない園へと向かった。



 園には人の気配はない。あるのは鳥のさえずりと、風が柳を揺らす音だけだった。園の中心地には池があって、たくさんの鯉が泳いでいる。
 池の上にはあかがあり、二人はそこで話を始めた。


「──苛めは終わる。そして解決する。か……妙に引っかかる言い方だな。それにまるで、断言しているような口振りに聞こえるぞ?」

 曹朱ツァオジュは低い声を響かせる。あかい橋に両肘を置き、黒髪を風に遊ばせた。

「うん。私もそう思う。どうにも、そこが引っかかるのよね。何で断言しちゃってるんだろう? できるだけの何かが、その侍女にはあったってことなのかしら?」

 相槌あいづちを打つように、香 麗然コウ レイランは頷く。池の中にいる鯉を目で追いかけ、口を尖らせた。
 鯉たちが口をパクパクさせながら近づいてくるのを見て、頬を緩ませる。

「あっ。そっちの方はどうだったの? 進展があった、みたいなこと言ってたけど……」

「ああ。実はな。こちらの方も、少し妙なことになってきた」

「え?」

 パシャンと、池の鯉が静かに跳ねた。

「薬草として取ってきた葉っぱは、前日と翌日では、量が異なっていたらしい」

「……? えっと。どういう意味?」

「薬草は、食べる日の前日に取ってくるものらしい。昨日もいつものように取ってきて、台所に置いておいたそうだ。だが翌日……今日の朝、台所へ行ってみると、薬草の量が明らかに増えていたらしい」

 薬草は前日に採取しておくのが基本だ。葉を塩水に漬けて一晩置くことで、独特の臭みが消せることが理由らしい。
 翌日は増えている葉っぱを不思議に思いながらも、誰かが取ってきてくれたのだろうと考えた。その結果、粥に入れるだけでは余ってしまい、残りは食堂に来る者たちのおかずとして出された。

「え? それって……余ったのなら翌日に、金明ジンミン妃のお粥に混ぜればよかったんじゃないの?」

「いいや。薬草は日を追う毎に、どんどん栄養素をなくしていくそうだ。ただでさえ、食べれるものが限定している金明ジンミン妃だ。持って一日の栄養が限度だろう」

 薬草は金明ジンミン妃が毎日、ご飯に混ぜて食べるもの。少女は食が細く、基本は柔らかいものしか食べれない。硬いものなどは喉を通りにくいらしく、よく残してしまうことが多かった。そこで料理長は考えた。お粥ならば食べられるのではないかと。

「それ以来、金明ジンミン妃の主食は、薬草の入った粥になったらしい」

「……そう……あれ?」

「ん? どうした?」

 ハタと、香 麗然コウ レイランは固まった。

 (ちょっと待って。それだと、金明ジンミン妃の事情に詳しいくないとできないんじゃないの?)

「ねえ。金明ジンミン妃の食事情に詳しい人って誰?」

 神妙な面持ちで質問をする。灰金アッシュブロンドの髪を押さえ、彼と向き合った。

 すると、何かを悟ったらしい曹朱ツァオジュは橋から体を離す。

「食堂の料理人すべて。金明ジンミン妃の侍女たちもそうだ。そして、兄である皇帝もそうだ」

「……私、考えたの。今あなたがあげた人たちの中に、犯人がいるんじゃないかって」

「……っ!?」

 証拠などありはしない。けれど曹朱ツァオジュがあげた名の者たちは皆、条件が合致していた。

 後宮に来てまだ日の浅い。宮廷で暮らす者たちに何の思い入れもない香 麗然コウ レイランだからこそ、そこにたどり着けたのかもしれない。
 香 麗然コウ レイランは全員に疑惑をつけ、一人一人を容疑者候補にしていった。
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