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最終章 我愛你(ウォーアイニー) すべての謎を解くために
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侍女たちを連れて皇帝の元へと訪れた香 麗然は謁見の間に案内された。
皇帝の眠曹が玉座に腰かけると、香 麗然たちは膝をついて拱手する。
「陛下、この度はお時間を作ってくださり、ありがとうございます」
「構わぬ。して? 我に何の用だ?」
「その前に、人払いをしていただきたく存じます」
「…………あい、わかった」
彼の低い声が響いた。眠曹が片手を上げた瞬間、兵や宦官たちは拱手して部屋は出て行く。
香 麗然と侍女四人、そして曹朱の姿になった眠曹。この五人だけが、広い謁見の間に残された。
「で? わざわざ人払いをして、何の話があるというんだ?」
「曹朱、あなた、本当に皇帝のときと偉い違いね?」
皇帝と一般兵。その二役をやり続ける曹朱に、香 麗然は苦笑いものだ。
そして軽く咳払いをし、玥を前に出す。
「ん? その者は確か、楊周の元から君の侍女になった女性だろう?」
この妙齢の女性が一体何だというのか。彼は首を傾げる。
「うん。そうよ。長年侍女をやってるだけあって、すっごくしっかりしてるから助かってるわ。ただ……」
玥に目配せした。すると彼女は拱手し、あることを話し始めた。
「──陛下もご存知のとおり、私は長年、楊周妃様の侍女を務めてまいりました。ですがその前……楊周妃様の前に私は、とあるお妃様の元で、侍女をしておりました」
嗄れた声だけれどおっとりとしていて、心が優しくなれそうな響きをしている。そんな玥はスッと目を細めた。
「海羅妃様、彼女こそが、私が最初に仕えることになった、お妃様でございます」
「何!?」
彼の驚きようは無理もないだろう。皇帝とて、侍女一人一人の行方を把握できない。
ましてや海羅妃は先帝の妻だ。その息子で現皇帝の、眠曹が知らないのも無理はなかった。
「……そう、だったのか。俺は、父上とはあまり喋らなかった。後宮内で遭遇しても、挨拶程度しかしてこなかったからな」
眠曹は決して父を嫌いではなかった。けれど思想と理念が相容れず、最低限の会話しかしてこなかったのだ。
彼は今更ながらにそれを後悔しているよう。けれど首をふって、玥を直視した。
「玥、そなたが今それを話したということは、海羅の流産事件に関係しているということと見て、間違いはないのだな?」
「はい」
玥は話し始める。
先帝の時代、後宮には三人の医者がいた。一人は中年男性、二人目は王都の外から来た者。そして三人目は……
「この私、玥でございます」
あまりにも衝撃的な内容に、一同は言葉を失う。それでも玥は語り尽くしていった。
「私は、海羅妃様がご懐妊なされたと聞き、喜びました。そして海羅妃様の御子が誕生するまでの間、侍女として仕えていたのでございます」
けれど御子は産まれることなく、この世を去ってしまう。
その背景には、ある思惑が蠢いていたらしいこと。
彼女は見聞きしたことを包み隠さず語っていった。
「あの頃は毎日が、本当に楽しゅうございました。海羅妃様は本当に子供が好きで、お腹の御子に、子守唄を聴かせるほどでした」
しかしそんなある日、町の外から一人の医者がやってきた。その医者は先ほど語られた、王都の外からの者であった。
「……どうやって、先帝に取り入ったのかは存じ上げませんが。その医者は私の仕事……海羅妃様の専属医としての役目を、私から奪っていってしまったのでございます」
専属医を降ろされた玥はただの侍女として、海羅の元で働くことになる。
ただ、それがいけなかったのだろう。
「私は医者として、激しい運動は控えるようにと、申し上げておりました。しかしながら……外から来た医者は、【激しい運動は、御子が元気に産まれてきやすい。だから、日課の運動は欠かさずやるように】と、伝えてしまったのでございます」
その結果、海羅は流産。
そして玥は側にいながら忠告すらしなかったとされ、医者の免許を取られてしまった。
「……ん? ちょっと待て。ならば、その適当なことを言ったヤブ医者は、どうしたというのだ?」
曹朱の疑問はもっともだ。一番悪いのは嘘を教えた医者であって、玥ではない。さらにはその医者は玥から専属の地位を奪っていったのだ。
そのような輩が処罰されずに、なぜ、任を解かれた玥が罪を負わなければならないのだろうか。
香 麗然も納得がいかないと、何度も強く頷く。
玥は落ち着いた空気を放ちながら、首を左右にふった。
「……その医者は海羅様が流産したとたんに、姿を消したのです」
「……っ!?」
誰もが息を詰まらせる。
「結局は、私が罪を背負うかたちになってしまいました。その後私は海羅妃様のそばにはいられないと思い、後宮を去る決意をしました。けれど海羅妃様は、それをお止めになってくださり……楊周妃様の侍女として、推薦してくださったのです」
「……すまぬ。父上の考えなしの行動のせいで、そなたにも、海羅にさえ、消えない傷を追わせてしまった」
曹朱は悔しそうに拳を握った。そして皇帝という立場にいるというのに、簡単に頭を下げる。
玥は再び首をふり、微笑んだ。
「頭をお上げください。それから、皇帝が簡単に頭をさげてはなりませんよ?」
ふふっと、微笑する。
曹朱もまた、彼女の笑顔に肩の荷を降ろしたようで、苦笑いが溢れた。
皇帝の眠曹が玉座に腰かけると、香 麗然たちは膝をついて拱手する。
「陛下、この度はお時間を作ってくださり、ありがとうございます」
「構わぬ。して? 我に何の用だ?」
「その前に、人払いをしていただきたく存じます」
「…………あい、わかった」
彼の低い声が響いた。眠曹が片手を上げた瞬間、兵や宦官たちは拱手して部屋は出て行く。
香 麗然と侍女四人、そして曹朱の姿になった眠曹。この五人だけが、広い謁見の間に残された。
「で? わざわざ人払いをして、何の話があるというんだ?」
「曹朱、あなた、本当に皇帝のときと偉い違いね?」
皇帝と一般兵。その二役をやり続ける曹朱に、香 麗然は苦笑いものだ。
そして軽く咳払いをし、玥を前に出す。
「ん? その者は確か、楊周の元から君の侍女になった女性だろう?」
この妙齢の女性が一体何だというのか。彼は首を傾げる。
「うん。そうよ。長年侍女をやってるだけあって、すっごくしっかりしてるから助かってるわ。ただ……」
玥に目配せした。すると彼女は拱手し、あることを話し始めた。
「──陛下もご存知のとおり、私は長年、楊周妃様の侍女を務めてまいりました。ですがその前……楊周妃様の前に私は、とあるお妃様の元で、侍女をしておりました」
嗄れた声だけれどおっとりとしていて、心が優しくなれそうな響きをしている。そんな玥はスッと目を細めた。
「海羅妃様、彼女こそが、私が最初に仕えることになった、お妃様でございます」
「何!?」
彼の驚きようは無理もないだろう。皇帝とて、侍女一人一人の行方を把握できない。
ましてや海羅妃は先帝の妻だ。その息子で現皇帝の、眠曹が知らないのも無理はなかった。
「……そう、だったのか。俺は、父上とはあまり喋らなかった。後宮内で遭遇しても、挨拶程度しかしてこなかったからな」
眠曹は決して父を嫌いではなかった。けれど思想と理念が相容れず、最低限の会話しかしてこなかったのだ。
彼は今更ながらにそれを後悔しているよう。けれど首をふって、玥を直視した。
「玥、そなたが今それを話したということは、海羅の流産事件に関係しているということと見て、間違いはないのだな?」
「はい」
玥は話し始める。
先帝の時代、後宮には三人の医者がいた。一人は中年男性、二人目は王都の外から来た者。そして三人目は……
「この私、玥でございます」
あまりにも衝撃的な内容に、一同は言葉を失う。それでも玥は語り尽くしていった。
「私は、海羅妃様がご懐妊なされたと聞き、喜びました。そして海羅妃様の御子が誕生するまでの間、侍女として仕えていたのでございます」
けれど御子は産まれることなく、この世を去ってしまう。
その背景には、ある思惑が蠢いていたらしいこと。
彼女は見聞きしたことを包み隠さず語っていった。
「あの頃は毎日が、本当に楽しゅうございました。海羅妃様は本当に子供が好きで、お腹の御子に、子守唄を聴かせるほどでした」
しかしそんなある日、町の外から一人の医者がやってきた。その医者は先ほど語られた、王都の外からの者であった。
「……どうやって、先帝に取り入ったのかは存じ上げませんが。その医者は私の仕事……海羅妃様の専属医としての役目を、私から奪っていってしまったのでございます」
専属医を降ろされた玥はただの侍女として、海羅の元で働くことになる。
ただ、それがいけなかったのだろう。
「私は医者として、激しい運動は控えるようにと、申し上げておりました。しかしながら……外から来た医者は、【激しい運動は、御子が元気に産まれてきやすい。だから、日課の運動は欠かさずやるように】と、伝えてしまったのでございます」
その結果、海羅は流産。
そして玥は側にいながら忠告すらしなかったとされ、医者の免許を取られてしまった。
「……ん? ちょっと待て。ならば、その適当なことを言ったヤブ医者は、どうしたというのだ?」
曹朱の疑問はもっともだ。一番悪いのは嘘を教えた医者であって、玥ではない。さらにはその医者は玥から専属の地位を奪っていったのだ。
そのような輩が処罰されずに、なぜ、任を解かれた玥が罪を負わなければならないのだろうか。
香 麗然も納得がいかないと、何度も強く頷く。
玥は落ち着いた空気を放ちながら、首を左右にふった。
「……その医者は海羅様が流産したとたんに、姿を消したのです」
「……っ!?」
誰もが息を詰まらせる。
「結局は、私が罪を背負うかたちになってしまいました。その後私は海羅妃様のそばにはいられないと思い、後宮を去る決意をしました。けれど海羅妃様は、それをお止めになってくださり……楊周妃様の侍女として、推薦してくださったのです」
「……すまぬ。父上の考えなしの行動のせいで、そなたにも、海羅にさえ、消えない傷を追わせてしまった」
曹朱は悔しそうに拳を握った。そして皇帝という立場にいるというのに、簡単に頭を下げる。
玥は再び首をふり、微笑んだ。
「頭をお上げください。それから、皇帝が簡単に頭をさげてはなりませんよ?」
ふふっと、微笑する。
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