-PEACE KEEPER- (バルバロイR2)アルファ版

ずかみん

文字の大きさ
3 / 85

天然ウランから砂糖まで

しおりを挟む
 最後の襲撃は、もう二週間も前だった。国連難民高等弁務官事務所UNCHRの疫病対策キャンプには、やや、安堵感みたいなものが漂っていた筈だ。

 どうしてこんなことに、とレヴィーンは思う。
 スタッフの一人が亡くなって、みんなが傷ついた。まだ幼かった彼の為に、レヴィーンも少しだけだけれど泣いた。その少年は、疫病対策キャンプでただ一人だけ、レヴィーンと同じ年頃だったのだ。

 でも、みんなで乗り越えたはずなのに、日常を取り戻した筈なのに、どうして仲良く出来ないのだろう?
 確か最初は、興味本位の調査ならとっと帰れ、という話だったと思う。

 国連難民高等弁務官事務所UNCHRの疫病対策キャンプは、キャスト整形された発泡スチロールスタイロフォーム 製だ。テントは与圧されているので造りは頑丈だけれど、ダンスホールみたいに広い、というわけではない。

 同じスタッフルーム――ここは休憩所兼、食堂兼、ミーティングルームだ。これでもキャンプで一番広い空間だ――にいれば嫌でも会話が耳に入る。不穏な気配に気がついたレヴィーンは、そっとイツキのそばに寄り添った。

 それを切り出したのは、シモーヌ・ルロワ。国境なき医師団MSFが派遣しているフランス人医師だ。医師というよりは傭兵といった方がしっくりくる感じの骨太な女性だ。
 そう言えば先日も、携帯に向かって、薬はいいから地対空ミサイルをよこして、と怒鳴っていた。この人なら、本気でトルコ軍の攻撃ヘリを撃墜しかねない。
 今はイツキと揉めているけど、べつに悪い人じゃない。志の高い、尊敬できる人だ。むしろ素性で言えば、確かにイツキの方が、ちょっと胡散臭い。

「じゃあ、何人なの? 何人死ねば採算があうの!」

 シモーヌ医師はけっこう、頭にきているみたいだった。理由は、たぶんイツキの態度だ。
 ポリカーボネート製の天窓から降り注ぐ光が、シモーヌ医師の表情に複雑な陰影をつけていて、疲れた様子もあって、いつもより少し年をとった感じに見えた。

 無理もないね、とレヴィーンは思う。
 レヴィーンがこのキャンプに手伝いに来てからも、たぶん、それより以前から、この疫病キャンプでは、誰一人患者を救えていないのだ。

 説教されているイツキは、大手製薬会社『パナケア』から派遣された若い病理調査員だ。
 自分では日本人だと言っていた。ひょろっとした長身のてっぺんに、もじゃもじゃのくせ毛が乗っかっていて、今の姿は青い不織布の室内着だけれど、黄色い防護服を着ている時は、まるでピクサーのCGアニメキャラみたいに見えることもある。

 日本の青年が、どういう経緯でフランスの大手製薬会社『パナケア』 に入社することになり、また、いったいどういったいきさつで、疫病が荒れ狂う紛争地帯のど真ん中に、派遣される羽目になったのだろう。なにか仕事で大きなミスでもしたのだろうか?

 イツキのことを、すごく、いろいろ知りたかったけれど、イツキは、レヴィーンにあまり自分の話をしてくれない。

「そんなこと言われても。だいたい、ぼくはプロジェクトに承認を出す立場じゃないし、好きでこんなところへ来てるわけでもありません。ただ商品の可能性として病理データを収集に来ただけです。気に入らないが、社命です。無償で新薬開発なら、○ァイザーとか、富○フィルムとか。もっと理念にあふれた製薬会社があるでしょ」
「『パナケア』 に理念はないと言う意味なの?」
「ありませんよ、そんなもの。『パナケア』 の親会社は『オリゾン』です。あなたも知っているでしょう、オリゾン」

 『オリゾン』の悪い評判は、世間から遠く離れた難民キャンプにいても聞こえてくる。天然ウランから砂糖まで、CMのキャッチフレーズでも有名な、謎に包まれた世界最大の非公開企業。CMのさわやかなイメージとは違って、利益の為にはどんなことでもやる、と世間では噂されている。
 噂が本当なのかどうか、レヴィーンにはわからないけれど、半年に一度くらいの周期でスキャンダルがニュースになるのは本当だ。
 輸出禁制品の密輸とか、未開発国での汚職とか、未認可薬物での投薬試験とか。
 
わが社パナケアが新薬の開発に乗り出さないのは、経済性の問題です。考えてみてください。年間三千人にもみたない死者の為に、いちいち社運をかけてたら――」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...