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単に基礎代謝
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イツキは最後までしゃべれなかった。
レヴィーンが止めに入る間もなく、シモーヌ医師の拳が、顔の真ん中に決まった。心配した通りだった。
メガネが真っ二つになって飛んで行った。もしかしたら鼻が折れたかもしれない。
ネット映像で、面白おかしくアップされる酔っぱらいの喧嘩みたいだけれど、ただ、この場合、笑い事では済まされない事情があった。
それは装備の問題だ。レヴィーンの見たところ、イツキは『パナケア』にとって特別な社員らしい。常に護身用の蜘蛛型ロボット『コディ』が寄り添って離れない。
このロボットは、自分自身の判断で、警護対象の脅威を取り除くようプログラムされていた。
スタッフルームの端っこで目立たないように充電していたコディが立ち上がった。
立ち上がると、人の胸くらいまでの高さがある。
いつもは、四本脚の歩幅を小さくとって、邪魔にならないよう、さかさまに立てた傘みたいにしているのだけれど、本来の姿で安定したスタンスをとると、人間よりずっと大きい機械だった。
腹部から煙突のような物がせり出し、現れると同時に根元から折れ曲がった。先端がシモーヌ医師へぴたりと狙いを定めていて、その六つの円筒をもつ物体が、銃だというのがわかった。
その機銃の愛称は『無痛銃』。撃たれたら痛みを感じる間もなく死ぬからだ。前にイツキがそう教えてくれた。
防護服を脱いで休憩を取っていた、他のスタッフが凍り付いた。
もし、発砲したら、みんなバケツとスコップで、シモーヌ医師の死体を集めることになる。テントの気密もアウトだ。それはマズイ。
「そこまでよ。キャンプを血の海にする気? シモーヌ。あなたも気が済んだ? 頭が冷えるまで別の棟に行ってくれると助かるんだけど」
アリーの声は、凛とした女の人の物だけれど、姿はごつごつした骨のお化けだった。強化外骨格とか言うらしい。話では、アリーの体は遠い海の向こうに有って、この骨のモンスターは遠隔操作で動かしているそうだ。
他のスタッフは強化外骨格のことを『スパルトイ』というあだ名で呼んでいた。『スパルトイ』というのは、ゲームに出てくる骨だけの姿になった兵士だ。これもゲーム好きのイツキが教えてくれた。
「駄目だ、コディ」
イツキは、手振りで攻撃を制した。鼻を押えた指の間から、血が滴り落ちた。
ヴヴ、と人間の耳には聞こえ辛い音を立てて――どういうわけか、イツキには通じているようなのだけれど――ロボットコディは、手品みたいに銃をしまった。元通りの、素直で愛嬌のあるロボットになった。
「――なんでもないよ。よくあることだ。誰もぼくを殺そうとはしていない――ただ、目障りだっただけだ」
そんな言い方するから、喧嘩になる。イツキは人づきあいが下手だ。
「イツキ 大丈夫、立てる?」
レヴィーンはイツキを助け起こすために肩を貸した。男の人なのに細くて、でもよく引き締まった、とてもしなやかな筋肉がついていた。
なんだか、ちょっとだけ、ドキッとした。
イツキは、ぼさぼさの天然パーマのくせに、無駄に体を鍛えてるみたいだ。
イツキは、椅子にぶつけて目尻も切ったようだ。手の甲で血をぬぐい、一緒に転倒した折り畳み椅子につかまって立ち上がった。そのまま居住区を出ていこうとしたけれど、レヴィーンはイツキの手を引いて止めた。
その手が暖かくて、戸惑ったレヴィーンは自分に言い聞かせる必要があった。
手の暖かさは、単に基礎代謝の問題で、べつにその人が優しい人かどうかとは関係ないのよ。それは本当のこと。だってお医者さんのシモーヌが教えてくれたんだから。
「駄目よ、処置しないと。傷口は感染の原因になるわ」
「平気だよ」
「規定でも決まってるでしょ。こっちへきて、手当してあげる」
レヴィーンは、救急キットを手にして、困惑しているイツキの手を引いた。
レヴィーンが止めに入る間もなく、シモーヌ医師の拳が、顔の真ん中に決まった。心配した通りだった。
メガネが真っ二つになって飛んで行った。もしかしたら鼻が折れたかもしれない。
ネット映像で、面白おかしくアップされる酔っぱらいの喧嘩みたいだけれど、ただ、この場合、笑い事では済まされない事情があった。
それは装備の問題だ。レヴィーンの見たところ、イツキは『パナケア』にとって特別な社員らしい。常に護身用の蜘蛛型ロボット『コディ』が寄り添って離れない。
このロボットは、自分自身の判断で、警護対象の脅威を取り除くようプログラムされていた。
スタッフルームの端っこで目立たないように充電していたコディが立ち上がった。
立ち上がると、人の胸くらいまでの高さがある。
いつもは、四本脚の歩幅を小さくとって、邪魔にならないよう、さかさまに立てた傘みたいにしているのだけれど、本来の姿で安定したスタンスをとると、人間よりずっと大きい機械だった。
腹部から煙突のような物がせり出し、現れると同時に根元から折れ曲がった。先端がシモーヌ医師へぴたりと狙いを定めていて、その六つの円筒をもつ物体が、銃だというのがわかった。
その機銃の愛称は『無痛銃』。撃たれたら痛みを感じる間もなく死ぬからだ。前にイツキがそう教えてくれた。
防護服を脱いで休憩を取っていた、他のスタッフが凍り付いた。
もし、発砲したら、みんなバケツとスコップで、シモーヌ医師の死体を集めることになる。テントの気密もアウトだ。それはマズイ。
「そこまでよ。キャンプを血の海にする気? シモーヌ。あなたも気が済んだ? 頭が冷えるまで別の棟に行ってくれると助かるんだけど」
アリーの声は、凛とした女の人の物だけれど、姿はごつごつした骨のお化けだった。強化外骨格とか言うらしい。話では、アリーの体は遠い海の向こうに有って、この骨のモンスターは遠隔操作で動かしているそうだ。
他のスタッフは強化外骨格のことを『スパルトイ』というあだ名で呼んでいた。『スパルトイ』というのは、ゲームに出てくる骨だけの姿になった兵士だ。これもゲーム好きのイツキが教えてくれた。
「駄目だ、コディ」
イツキは、手振りで攻撃を制した。鼻を押えた指の間から、血が滴り落ちた。
ヴヴ、と人間の耳には聞こえ辛い音を立てて――どういうわけか、イツキには通じているようなのだけれど――ロボットコディは、手品みたいに銃をしまった。元通りの、素直で愛嬌のあるロボットになった。
「――なんでもないよ。よくあることだ。誰もぼくを殺そうとはしていない――ただ、目障りだっただけだ」
そんな言い方するから、喧嘩になる。イツキは人づきあいが下手だ。
「イツキ 大丈夫、立てる?」
レヴィーンはイツキを助け起こすために肩を貸した。男の人なのに細くて、でもよく引き締まった、とてもしなやかな筋肉がついていた。
なんだか、ちょっとだけ、ドキッとした。
イツキは、ぼさぼさの天然パーマのくせに、無駄に体を鍛えてるみたいだ。
イツキは、椅子にぶつけて目尻も切ったようだ。手の甲で血をぬぐい、一緒に転倒した折り畳み椅子につかまって立ち上がった。そのまま居住区を出ていこうとしたけれど、レヴィーンはイツキの手を引いて止めた。
その手が暖かくて、戸惑ったレヴィーンは自分に言い聞かせる必要があった。
手の暖かさは、単に基礎代謝の問題で、べつにその人が優しい人かどうかとは関係ないのよ。それは本当のこと。だってお医者さんのシモーヌが教えてくれたんだから。
「駄目よ、処置しないと。傷口は感染の原因になるわ」
「平気だよ」
「規定でも決まってるでしょ。こっちへきて、手当してあげる」
レヴィーンは、救急キットを手にして、困惑しているイツキの手を引いた。
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