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はた目には馬鹿
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唯斗は二人を見送って、ぼうっとしていた。なんだか腹が立ったので、アリシアはわき腹を肘で小突いてやった。
「なに、見とれてんのよ!」
アリシアと唯斗の身体は、レイセオン社の強化外骨格なので、実際には、ガシャンっと金属の触れ合う音がしただけだ。
「べつに、見とれてないけど……レヴィーンはアリーと同じくらいの年だね」
愉快じゃないけれど、レヴィーンは確かに美人だった。年はアリシアより上だ。たぶん十六歳くらい。唯斗には女性の年齢なんか分からないし、いずれ分かるようにさえならない。馬鹿だから。たちの悪い女からしたら騙し放題だ。
少し茶色がかった黒髪、透き通るような白い肌に、深い鳶色の瞳。しっかりとした眉は意志の強さを感じさせるけれど、ふっくらとした唇は、もう、隠しきれない母性と色気を振りまいている。
肩にかからないように切りそろえた髪が少し幼かったけれど、スタッフ標準の青い室内着の下に透けて見えるほっそりとした腰つきは、もし髪を伸ばしたら、 きっと男がほっとかない感じだった。
「ちょっと、アリーに似てる?」
「似てないわよ。あたしの方が美人じゃない」
なんか気にいらない。アリシアはイライラと手を動かした。二人には医学の心得なんかはないので、キャンプの清掃を主な奉仕内容にしている。床にこぼれた血を拭き、念の為、次亜塩素酸水のスプレーで消毒をする。
唯斗はテーブルのごみを片付けていたけれど、マットブラックに塗装されたエクソスケルトンが掃除をする様子は、まるで骨だけのアンデッドが、ふらふらと自分の肉を探しているように見える。チタン合金とカーボンファイバーのアンデッドだ。
懲罰ペナルティ にあまり、コストはかけられないので、『ハルシオン』はPKO兵士が使用するエクソスケルトンに人型のダミーを載せることで、遠隔操作を実現していた。
ぱっと見には人間が外骨格を装着しているように見えるけれど、よく見るとヘルメットの中には単眼のカメラが設置されているし、指や爪先の部分は、筋電繊維駆動の金属製マニュピレータだった。胴体や腕の部分は、皮膚表面電位を再現するグリーンのパッドがあるだけで、よく見ると中身はスカスカだ。
唯斗は、掃除に飽きてしまったようだった。
カメラの前にマニュピレータをかざし、握ったり開いたりを繰り返している。トルクとか反射とかを一つ一つ確認しているのだ。自分で言うのもあれだけど、天才肌のアリシアは絶対にやらない作業だ。
実は唯斗の強さは、こうやって一つ一つ積みあげていく、実直な堅実さのなかにある。
それはないわ、とアリシアが思う様なことでも、一応、自分の身体で確認する。はた目には馬鹿みたいに見えるけど、馬鹿にそういう想像力はない。唯斗は馬鹿じゃなくて、普通じゃないのだ。
「働きなさいよ。誰のせいでこんなことになってると思ってんのよ」
アリシアと唯斗に課せられた懲罰ペナルティは、百二十時間の社会奉仕だった。唯斗は命令違反、許可なき攻撃。アリシアは部下の監督不行き届き。他のメンバーはサブリーダーである唯斗の命令に従っただけ、ということでお咎めなしだ。
罰で社会奉仕活動とか……こんな屈辱、三年前の狂言誘拐以来だわ。
「アリー、このマニュピレータ、武器の操作出来ると思う?」
唯斗は、こういうところ、頭がおかしい。ぼうっとしてるくせに、いつもサバイバルと攻略ばかりを考えている。草食なんだか肉食なんだか、わけがわからない。
「さあ? 握力は十分だったけど、この間、缶コーヒー握り潰しちゃったし」
レイセオン社の強化外骨格は、兵士の戦闘能力を上げるのではなく、武器携行能力を上げるための機械だ。よりたくさんの弾を持つことが出来れば、兵士単体の任務遂行能力は格段に上がる。対物ライフルか重機関銃を使うのでもない限り、銃を撃つのにそれほどの腕っぷしは必要ない。
モーターとギヤで駆動する外骨格にはゆらぎがなく、結果的に正確な射撃が可能になった、という副産物はあったようだ。
ダミーを使用したこの義体は、マニュピレータまでが機械で構成されているので、射撃の正確さは、おそらく生身の兵士とは比べ物にならないだろう。
「いいね。小銃もいける」
唯斗は、握ったマニュピレータを勢いよく開いた。
「馬鹿ね、戦闘ならピクシーを着た方が早いわよ。慣れてるし」
不慣れな強化外骨格と違って、長年つきあってきた【ピクシー】は、自分の肉体のように、体になじんでいる。対戦車ミサイルを、リンゴに当てることだって出来るし――当てた後はしらないけど――二十ミリ機銃で、二千メートルの狙撃だって出来る。一発だけ弾道特性を計測すれば、次は必ず当たる。実際にそういう任務もあった。
――ま、人間に当てたことはないけどね。
唯斗が何を考えているのかは分からないけれど、わざわざ貧弱な強化外骨格を使って戦闘する理由はなかった。
「だよね」
と、唯斗は短く返事した。
なにかを思って、そんなことを確認したのだろうけれど、今のところ、唯斗自身にも、理由はうまく説明できないのかもしれない。
「なに、見とれてんのよ!」
アリシアと唯斗の身体は、レイセオン社の強化外骨格なので、実際には、ガシャンっと金属の触れ合う音がしただけだ。
「べつに、見とれてないけど……レヴィーンはアリーと同じくらいの年だね」
愉快じゃないけれど、レヴィーンは確かに美人だった。年はアリシアより上だ。たぶん十六歳くらい。唯斗には女性の年齢なんか分からないし、いずれ分かるようにさえならない。馬鹿だから。たちの悪い女からしたら騙し放題だ。
少し茶色がかった黒髪、透き通るような白い肌に、深い鳶色の瞳。しっかりとした眉は意志の強さを感じさせるけれど、ふっくらとした唇は、もう、隠しきれない母性と色気を振りまいている。
肩にかからないように切りそろえた髪が少し幼かったけれど、スタッフ標準の青い室内着の下に透けて見えるほっそりとした腰つきは、もし髪を伸ばしたら、 きっと男がほっとかない感じだった。
「ちょっと、アリーに似てる?」
「似てないわよ。あたしの方が美人じゃない」
なんか気にいらない。アリシアはイライラと手を動かした。二人には医学の心得なんかはないので、キャンプの清掃を主な奉仕内容にしている。床にこぼれた血を拭き、念の為、次亜塩素酸水のスプレーで消毒をする。
唯斗はテーブルのごみを片付けていたけれど、マットブラックに塗装されたエクソスケルトンが掃除をする様子は、まるで骨だけのアンデッドが、ふらふらと自分の肉を探しているように見える。チタン合金とカーボンファイバーのアンデッドだ。
懲罰ペナルティ にあまり、コストはかけられないので、『ハルシオン』はPKO兵士が使用するエクソスケルトンに人型のダミーを載せることで、遠隔操作を実現していた。
ぱっと見には人間が外骨格を装着しているように見えるけれど、よく見るとヘルメットの中には単眼のカメラが設置されているし、指や爪先の部分は、筋電繊維駆動の金属製マニュピレータだった。胴体や腕の部分は、皮膚表面電位を再現するグリーンのパッドがあるだけで、よく見ると中身はスカスカだ。
唯斗は、掃除に飽きてしまったようだった。
カメラの前にマニュピレータをかざし、握ったり開いたりを繰り返している。トルクとか反射とかを一つ一つ確認しているのだ。自分で言うのもあれだけど、天才肌のアリシアは絶対にやらない作業だ。
実は唯斗の強さは、こうやって一つ一つ積みあげていく、実直な堅実さのなかにある。
それはないわ、とアリシアが思う様なことでも、一応、自分の身体で確認する。はた目には馬鹿みたいに見えるけど、馬鹿にそういう想像力はない。唯斗は馬鹿じゃなくて、普通じゃないのだ。
「働きなさいよ。誰のせいでこんなことになってると思ってんのよ」
アリシアと唯斗に課せられた懲罰ペナルティは、百二十時間の社会奉仕だった。唯斗は命令違反、許可なき攻撃。アリシアは部下の監督不行き届き。他のメンバーはサブリーダーである唯斗の命令に従っただけ、ということでお咎めなしだ。
罰で社会奉仕活動とか……こんな屈辱、三年前の狂言誘拐以来だわ。
「アリー、このマニュピレータ、武器の操作出来ると思う?」
唯斗は、こういうところ、頭がおかしい。ぼうっとしてるくせに、いつもサバイバルと攻略ばかりを考えている。草食なんだか肉食なんだか、わけがわからない。
「さあ? 握力は十分だったけど、この間、缶コーヒー握り潰しちゃったし」
レイセオン社の強化外骨格は、兵士の戦闘能力を上げるのではなく、武器携行能力を上げるための機械だ。よりたくさんの弾を持つことが出来れば、兵士単体の任務遂行能力は格段に上がる。対物ライフルか重機関銃を使うのでもない限り、銃を撃つのにそれほどの腕っぷしは必要ない。
モーターとギヤで駆動する外骨格にはゆらぎがなく、結果的に正確な射撃が可能になった、という副産物はあったようだ。
ダミーを使用したこの義体は、マニュピレータまでが機械で構成されているので、射撃の正確さは、おそらく生身の兵士とは比べ物にならないだろう。
「いいね。小銃もいける」
唯斗は、握ったマニュピレータを勢いよく開いた。
「馬鹿ね、戦闘ならピクシーを着た方が早いわよ。慣れてるし」
不慣れな強化外骨格と違って、長年つきあってきた【ピクシー】は、自分の肉体のように、体になじんでいる。対戦車ミサイルを、リンゴに当てることだって出来るし――当てた後はしらないけど――二十ミリ機銃で、二千メートルの狙撃だって出来る。一発だけ弾道特性を計測すれば、次は必ず当たる。実際にそういう任務もあった。
――ま、人間に当てたことはないけどね。
唯斗が何を考えているのかは分からないけれど、わざわざ貧弱な強化外骨格を使って戦闘する理由はなかった。
「だよね」
と、唯斗は短く返事した。
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