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卑劣で嘘つき
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「ありがとう、イツキ……いいのか? これ」
「誰もこれがコーヒーだと知らないよ。賞味期限間近だ。有効利用さ……あ、そうだこれ」
今、思いだしたようなふりをしたけれど、最初から予定通りの行動だった。
準備して、整えたのだ。この機会を、逃すはずがない。
樹は青い不織布の室内着から、小さなメモリカードを取り出した。いつも思うけれど、この室内着は落ち着かない。あちこちが、風通し良すぎて、なんだか裸でいるみたいだ。
鼻息で飛んでしまいそうな小さくて四角いチップを、ミラー中尉は受け取った。
思わぬプレゼントに、ミラー中尉は困惑しているようだった。
「イツキ、これは?」
「約束の物だよ。映像ファイルとミュージックファイル。特典の壁紙もついてる」
ミラー中尉は、顔を紅潮させた。ちょっと興奮しているようだった。
日本のあるアイドルグループのファンだと知ったのは、二週間ほど前のことだ。大学生の頃から、日本のアイドルが大好きだったらしい。
樹が日本人だったので、それを打ち明けずにはいられなかったのだろう。
ミラー中尉が欲しかったのは、ネット販売では手に入らない特典だ。店頭販売の初回ロットにだけ、いくつかの映像、画像、壁紙、SNSサービスのスタンプなどが添付されている。
「ありがとうイツキ。本当にありがとう。冗談だったのに、手に入れてくれたのかい?」
「たまたまだよ。日本にいる弟が、同じようにファンだから……ファイル形式が特殊なので、専用のプレーヤーも一緒に入れてある。インストールの時にウィルス対策ソフトから警告があると思うけど、無視して実行しても大丈夫だ」
弟なんかいないし、動画を手に入れたのはたまたまじゃない。制作された意図から言うと厳密には動画ですらない。アイドルの歌って踊る姿はデータとして含まれているけれど、それは偽装だ。
対策ソフトから警告があるのは当たり前だ。それは警戒すべき実行ファイルだから。
「心配ない、イツキ。こう見えてもパソコンには強いんだ」
と言ったミラー中尉を、樹はまじまじと見つめた。
パソコンに強い人間は、人から渡されたソフトを警戒せずにインストールしたりはしないよ、ミラー中尉。
ほんとうに無邪気な人だな、あなたは。
「な、なぜそんな顔で見るんだ? イツキ。もし、費用がかかったのなら――」
樹は、慌てて手を振った。誤解させたようだ。ミラー中尉は、樹が対価を要求していると思ったらしい。
感情が顔に出ていたようだった。
秘密は、こういう所から綻んでゆく。自分がこれまでにないほど油断をしていることに、樹は気がついた。注意しなければいけない。樹のゲームは心ここにあらずでクリヤ出来るほど甘くない。
「そうじゃない。ミラー中尉。それに費用はかかってない。ほんとだ。喜んでくれて良かった。じゃあ、また後で」
空き缶を手にして、樹は立ち上がった。
なんだか、いたたまれない気分だった。
背中に、残されたミラー中尉の視線を感じた。やや釈然としない気持ちが残ったのだろう。
彼もいつか、樹のことを憎むのかもしれない。卑劣で嘘つきだとなじるのかもしれない。その時には、樹はもうこの場所にはいない。いつもそんな感じだ。
子供の頃、ゲームをクリヤするのは、もっと爽快な体験だった。
誰にも言い訳する必要はなくて、誰もそれを非人間的だとは言わなかった。
「誰もこれがコーヒーだと知らないよ。賞味期限間近だ。有効利用さ……あ、そうだこれ」
今、思いだしたようなふりをしたけれど、最初から予定通りの行動だった。
準備して、整えたのだ。この機会を、逃すはずがない。
樹は青い不織布の室内着から、小さなメモリカードを取り出した。いつも思うけれど、この室内着は落ち着かない。あちこちが、風通し良すぎて、なんだか裸でいるみたいだ。
鼻息で飛んでしまいそうな小さくて四角いチップを、ミラー中尉は受け取った。
思わぬプレゼントに、ミラー中尉は困惑しているようだった。
「イツキ、これは?」
「約束の物だよ。映像ファイルとミュージックファイル。特典の壁紙もついてる」
ミラー中尉は、顔を紅潮させた。ちょっと興奮しているようだった。
日本のあるアイドルグループのファンだと知ったのは、二週間ほど前のことだ。大学生の頃から、日本のアイドルが大好きだったらしい。
樹が日本人だったので、それを打ち明けずにはいられなかったのだろう。
ミラー中尉が欲しかったのは、ネット販売では手に入らない特典だ。店頭販売の初回ロットにだけ、いくつかの映像、画像、壁紙、SNSサービスのスタンプなどが添付されている。
「ありがとうイツキ。本当にありがとう。冗談だったのに、手に入れてくれたのかい?」
「たまたまだよ。日本にいる弟が、同じようにファンだから……ファイル形式が特殊なので、専用のプレーヤーも一緒に入れてある。インストールの時にウィルス対策ソフトから警告があると思うけど、無視して実行しても大丈夫だ」
弟なんかいないし、動画を手に入れたのはたまたまじゃない。制作された意図から言うと厳密には動画ですらない。アイドルの歌って踊る姿はデータとして含まれているけれど、それは偽装だ。
対策ソフトから警告があるのは当たり前だ。それは警戒すべき実行ファイルだから。
「心配ない、イツキ。こう見えてもパソコンには強いんだ」
と言ったミラー中尉を、樹はまじまじと見つめた。
パソコンに強い人間は、人から渡されたソフトを警戒せずにインストールしたりはしないよ、ミラー中尉。
ほんとうに無邪気な人だな、あなたは。
「な、なぜそんな顔で見るんだ? イツキ。もし、費用がかかったのなら――」
樹は、慌てて手を振った。誤解させたようだ。ミラー中尉は、樹が対価を要求していると思ったらしい。
感情が顔に出ていたようだった。
秘密は、こういう所から綻んでゆく。自分がこれまでにないほど油断をしていることに、樹は気がついた。注意しなければいけない。樹のゲームは心ここにあらずでクリヤ出来るほど甘くない。
「そうじゃない。ミラー中尉。それに費用はかかってない。ほんとだ。喜んでくれて良かった。じゃあ、また後で」
空き缶を手にして、樹は立ち上がった。
なんだか、いたたまれない気分だった。
背中に、残されたミラー中尉の視線を感じた。やや釈然としない気持ちが残ったのだろう。
彼もいつか、樹のことを憎むのかもしれない。卑劣で嘘つきだとなじるのかもしれない。その時には、樹はもうこの場所にはいない。いつもそんな感じだ。
子供の頃、ゲームをクリヤするのは、もっと爽快な体験だった。
誰にも言い訳する必要はなくて、誰もそれを非人間的だとは言わなかった。
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