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自分勝手でもかまわない
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二週間の経過観察が終わり、感染していないことが分かると、レヴィーンは隔離病棟から解放された。
徹底洗浄で肌は擦り切れそうになったし、隔離の間に体重が増えた。ほんとにろくなことがなかった。
あれから、イツキは面会に来てくれなかった。
自分が意地悪をしたのだから仕方がないことだし、それにこうなるよう面会しなかったのだから、これはレヴィーンが望んだ結果だ。
べつに、悲しむようなことじゃない。
わたしなんかに構わない方が、イツキの為にはいいのだ。
職場に復帰したレヴィーンを、スタッフのみんなはお祝いしてくれた。ランチを兼ねたピザパーティだった。というかレヴィーンがいない間に、レトルトの食品とピザがすべて無くなっていた。スタッフの栄養状態が心配だった。
ミーティングルームは、リボンとか、風船とか、ペーパーフラワーとかで飾り付けられていた。有り合わせの物なので、よく見ると、風船は手術用手袋やコンドームだったし、ランプはピルケースや採尿カップで、リボンは注射器の入っていた包装、ペーパーフラワーはガーゼと脱脂綿だった。
今回の件で、レヴィーンには傷痍手当が支給されるそうだ。例えば傷痍手当は、治療中に感染しまった場合などに支給されるのだそうだ。
「傷痍手当をもらって、まだ命があるなんて、レヴィーンはとてもラッキーよ」
と、シモーヌ医師は言った。
どこから持ち込んだのかシャンペンが空けられていて、何人かはもう、酔っ払っていた。
酔っぱらいの相手をしているのは、コディだった。若い男性医師は、コディの装甲にマジックで落書きをしていた。子供と一緒だ。
みんながレヴィーンのお皿を食べ物で一杯にして、これ以上体重は増やせない、と思ったレヴィーンは、コディの脚装甲の裏に、こっそり食べ物を押し込んだ。あとで冷蔵庫にしまって、小分けにすればいい。貴重なカロリーを浪費してはいけない。
コディが部屋にいるので、レヴィーンはイツキの姿を探してしまった。
隅々まで眺めても、テーブルの下にも、イツキの姿はなかった。
誰かが、アイスのカップを手渡したので、レヴィーンはスプーンをくわえた。もう体重はべつにいい。お腹を壊すまで食べたってかまわない。
ようやくパーティから解放されて、レヴィーンは部屋に戻ることにした。酔っ払い達に毛布を掛けてやり、簡単に食器の片づけをして――当直のスタッフはアルコールを控えて、もう仕事に向かっていた――ごみをまとめた。コディが片づけを手伝ってくれた。
片づけが終わると、コディは部屋の隅にある充電スペースにうずくまった。遊び疲れた子供みたいだった。後で落書きを消さないといけない。コディは、トラ縞でヒゲの長い白猫になっていた。
部屋に戻る途中で、通路にイツキが立っているのを見つけた。
たぶん、レヴィーンを待っていたのだ。
それだけで、もう嬉しくなってしまいそうだったけれど、なんとか気持ちを押えて、レヴィーンは冷たい声を作った。
「通れないわイツキ。ほんと、しつこいのね。ちょっと呆れた」
「レヴィーン、ぼくはなにか、きみを怒らせるようなことをしたかな?」
そんなわけないじゃない。そんなことあるわけないじゃない。
「べつに怒ってないわ。でも、もうなんとなく無理。わたしのことは放っておいて」
イツキは、ぼんやりとレヴィーンを見つめていた。レヴィーンは視線を合わすことが出来なかった。
あんなことがあって、あらためて、自分なんかはイツキには釣り合わない、と感じた。
レヴィーンのせいで、イツキは人を殺してしまった。
イツキは、誰も死なない、誰も誰かを傷つけない遠い国の人で、こんな場所に来てしまったのは何かの間違いで、レヴィーンは、イツキをこんなことに巻き込んでしまうべきではないのだ。
いつか、自分の場所に戻って、こんな場所やレヴィーンのことなんか、なにもかも忘れてしまうのが、いちばんいいいのだ。
そう、あきらめていた。
イツキは、なにも恨み言めいたことは言わなかった。ぼんやりした表情の奥で、なにを考えているのかは分からなかった。
レヴィーンは、イツキの横をすり抜けたけれど、イツキはなにもしなかった。
もしかしたら、手を掴んで引き止められることを期待していたのかもしれない。でも、そんな映画みたいなことは起こらなかった。
通り過ぎてから振り向くと、しょんぼりした背中が見えた。べつに背中を丸めているわけじゃないけど、そんな風に見えた。
もしかして、とレヴィーンは思う。この人はずっとこういうことを繰り返してきたんじゃないだろうか?
誰にも、いかないでくれ、とお願いしなかったんじゃないだろうか?
誰にも、優しくして欲しいと、言わなかったんじゃないだろうか?
わたしと同じように、諦めて背中を向け、それでいいと、無理やり、納得していたんじゃないだろうか?
背中を向けたまま、イツキは言った。
「気にしないでいいよレヴィーン。そもそも……ぼくがどうかしてた」
それを聞いた瞬間に、レヴィーンの中でなにかが壊れた。
自分勝手でもかまわない。思い違いでも、打算と言われても、なんでもいい。自分がどうしたいのかは、ずっと前から明らかだった。
物も言わずに歩き寄って、レヴィーンはイツキの腕を取った。振り向いたイツキを壁に押し付けて、乱暴に髪をまさぐり、背伸びをしてイツキの唇をさがした。
イツキの驚く気配があったけれど、いまさら、どう思われたってかまわなかった。
そういう情熱的な人だとは、夢にも思わなかったけれど――。
イツキはちゃんと、レヴィーンにこたえてくれた。
徹底洗浄で肌は擦り切れそうになったし、隔離の間に体重が増えた。ほんとにろくなことがなかった。
あれから、イツキは面会に来てくれなかった。
自分が意地悪をしたのだから仕方がないことだし、それにこうなるよう面会しなかったのだから、これはレヴィーンが望んだ結果だ。
べつに、悲しむようなことじゃない。
わたしなんかに構わない方が、イツキの為にはいいのだ。
職場に復帰したレヴィーンを、スタッフのみんなはお祝いしてくれた。ランチを兼ねたピザパーティだった。というかレヴィーンがいない間に、レトルトの食品とピザがすべて無くなっていた。スタッフの栄養状態が心配だった。
ミーティングルームは、リボンとか、風船とか、ペーパーフラワーとかで飾り付けられていた。有り合わせの物なので、よく見ると、風船は手術用手袋やコンドームだったし、ランプはピルケースや採尿カップで、リボンは注射器の入っていた包装、ペーパーフラワーはガーゼと脱脂綿だった。
今回の件で、レヴィーンには傷痍手当が支給されるそうだ。例えば傷痍手当は、治療中に感染しまった場合などに支給されるのだそうだ。
「傷痍手当をもらって、まだ命があるなんて、レヴィーンはとてもラッキーよ」
と、シモーヌ医師は言った。
どこから持ち込んだのかシャンペンが空けられていて、何人かはもう、酔っ払っていた。
酔っぱらいの相手をしているのは、コディだった。若い男性医師は、コディの装甲にマジックで落書きをしていた。子供と一緒だ。
みんながレヴィーンのお皿を食べ物で一杯にして、これ以上体重は増やせない、と思ったレヴィーンは、コディの脚装甲の裏に、こっそり食べ物を押し込んだ。あとで冷蔵庫にしまって、小分けにすればいい。貴重なカロリーを浪費してはいけない。
コディが部屋にいるので、レヴィーンはイツキの姿を探してしまった。
隅々まで眺めても、テーブルの下にも、イツキの姿はなかった。
誰かが、アイスのカップを手渡したので、レヴィーンはスプーンをくわえた。もう体重はべつにいい。お腹を壊すまで食べたってかまわない。
ようやくパーティから解放されて、レヴィーンは部屋に戻ることにした。酔っ払い達に毛布を掛けてやり、簡単に食器の片づけをして――当直のスタッフはアルコールを控えて、もう仕事に向かっていた――ごみをまとめた。コディが片づけを手伝ってくれた。
片づけが終わると、コディは部屋の隅にある充電スペースにうずくまった。遊び疲れた子供みたいだった。後で落書きを消さないといけない。コディは、トラ縞でヒゲの長い白猫になっていた。
部屋に戻る途中で、通路にイツキが立っているのを見つけた。
たぶん、レヴィーンを待っていたのだ。
それだけで、もう嬉しくなってしまいそうだったけれど、なんとか気持ちを押えて、レヴィーンは冷たい声を作った。
「通れないわイツキ。ほんと、しつこいのね。ちょっと呆れた」
「レヴィーン、ぼくはなにか、きみを怒らせるようなことをしたかな?」
そんなわけないじゃない。そんなことあるわけないじゃない。
「べつに怒ってないわ。でも、もうなんとなく無理。わたしのことは放っておいて」
イツキは、ぼんやりとレヴィーンを見つめていた。レヴィーンは視線を合わすことが出来なかった。
あんなことがあって、あらためて、自分なんかはイツキには釣り合わない、と感じた。
レヴィーンのせいで、イツキは人を殺してしまった。
イツキは、誰も死なない、誰も誰かを傷つけない遠い国の人で、こんな場所に来てしまったのは何かの間違いで、レヴィーンは、イツキをこんなことに巻き込んでしまうべきではないのだ。
いつか、自分の場所に戻って、こんな場所やレヴィーンのことなんか、なにもかも忘れてしまうのが、いちばんいいいのだ。
そう、あきらめていた。
イツキは、なにも恨み言めいたことは言わなかった。ぼんやりした表情の奥で、なにを考えているのかは分からなかった。
レヴィーンは、イツキの横をすり抜けたけれど、イツキはなにもしなかった。
もしかしたら、手を掴んで引き止められることを期待していたのかもしれない。でも、そんな映画みたいなことは起こらなかった。
通り過ぎてから振り向くと、しょんぼりした背中が見えた。べつに背中を丸めているわけじゃないけど、そんな風に見えた。
もしかして、とレヴィーンは思う。この人はずっとこういうことを繰り返してきたんじゃないだろうか?
誰にも、いかないでくれ、とお願いしなかったんじゃないだろうか?
誰にも、優しくして欲しいと、言わなかったんじゃないだろうか?
わたしと同じように、諦めて背中を向け、それでいいと、無理やり、納得していたんじゃないだろうか?
背中を向けたまま、イツキは言った。
「気にしないでいいよレヴィーン。そもそも……ぼくがどうかしてた」
それを聞いた瞬間に、レヴィーンの中でなにかが壊れた。
自分勝手でもかまわない。思い違いでも、打算と言われても、なんでもいい。自分がどうしたいのかは、ずっと前から明らかだった。
物も言わずに歩き寄って、レヴィーンはイツキの腕を取った。振り向いたイツキを壁に押し付けて、乱暴に髪をまさぐり、背伸びをしてイツキの唇をさがした。
イツキの驚く気配があったけれど、いまさら、どう思われたってかまわなかった。
そういう情熱的な人だとは、夢にも思わなかったけれど――。
イツキはちゃんと、レヴィーンにこたえてくれた。
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