74 / 85
必要な武器
しおりを挟む
シモーヌが時代遅れのダイヤル式金庫を使っていたおかげで、樹は予定よりもずいぶん遅れてしまった。
PDWの弾倉を三つ空にして、なんとか金庫から取り出したのは、病棟のマスターキーとカードだった。
防疫キャンプのスタッフはとっくに退避して、ここにいるのは樹と、コディだけだ。
作業は簡単で、障害はなにもないはずだった。
順番を冷静に検討すると、自分の判断で行動できる、病状の軽いアルファ病棟の患者から始めるのが、比較的に面倒がない筈だった。
万が一を考えて、出入り口とは反対側の死角から接近し、慎重に角を曲がった。そこには不吉な姿の義体が立っていた。
アリシアとヌエが使用する強化外骨格だ。やや背中を丸めた立ち姿で、ヌエだとわかった。
確かに、どのような作戦に従事しても、騙されない奴が一人くらいはいる。
ヌエは世間知らずな印象ではあったけれど、言葉を交わして、間抜けだとは思わなかった。第一印象は間違ってなかったようだ。樹の意図を見抜き、最初にどこから始めるか判断し、先回りをしてきたのだ。
おそらく、ただぼんやりと立っているわけでもない。すでに、それなりの手が打ってある。ぼんやりとしているのは擬態だ。人を油断させるというより、人に警戒されない為の擬態。それは樹の肌に染みついた習性と同じものだ。
ヌエの操作する外骨格は、不自然なほどに肉質の音声で言った。まるで生身の身体を持っているような声だった。
「患者を開放する気だったのかい?」
「……そうだ。患者を殺し、野犬を焼き払っても、『ハタイ脳炎』が地上から消えてなくなることはない。野犬に感染させた、おおもとの媒介者ベクターは特定されていないし、特定できたとしても、根絶など出来る筈がない――」
ヌエは小銃――自警団が装備しているようなカラシニコフで武装していた。
銃を確認して、コディが『ペインレスガン』のロックを解除する音が聞こえた。
「――防疫キャンプを焼き払っても、忘れた頃にまた現れて、理不尽な死をばらまく。それこそ、何度でも。エボラウイルスだって、前回の流行は五度目だ。どうすれば『ハタイ脳炎』を世界から消し去ることが出来るんだ、ヌエ」
ヌエは、もう答えを知っているようだった。このタイミングでここへ辿りついたからには、動機も方法も、全てパズルのピースが揃っているのだろう。
「論理的に、答えは一つしかないねイツキ。『ハタイ脳炎』の脅威を取り除くには、人類自身が『ハタイ脳炎』に打ち勝つしかない。かって、人類が天然痘に勝利したように」
「そうだ、その為には必要な武器がある。それがなにかわかるかヌエ」
ヌエは、小銃を肩に着け、イツキを照準した。だけど撃つ気がないのは分かっていた。『ハルシオン』は、部隊に人体への攻撃を命じているし、ヌエは、イツキとは違い、ためらいなく人を殺せるような人間とは思えなかった。
「……それは、まとまった金額の研究予算だよイツキ」
やはり、ヌエはすべてを理解していた。
「そうだ、予算を引き出すのは「恐怖」だ。家族を失うかもしれない、自分の大切な人が、この世から消えてしまうかもしれない。その恐怖だけが、経費を正当な物にする。ぼくは患者を解き放つ――難民キャンプが汚染されればいい。シリアでもトルコでもイラクにも――感染者が広がればいい。これ以上の不幸を防ぐには……それしかないんだ。ぼくは間違っているか? ヌエ」
「否定はできない……というよりむしろ、イツキは論理的に正しい。でもね――」
ヌエがなにか、ジェスチャーのような物を示すのが分かった。樹はコディに攻撃を命じた。
「――だからって、納得できるほど簡単じゃないだろ」
ギンッと鉄塊の変形する音がして、コディの装甲に紫色の火花が散った。銃声が遅れてやってきて、少し離れた場所からの狙撃だと分かった。
破片が頬に食い込んだけれど、べつに構う様な事じゃなかった。
センサにエラーが生じたのだろう。コディはわずかに動きを止めたけれど、すぐに復帰して、腹部の7.62㎜ガトリングガンをヌエの#強化外骨格に向けた。
PDWの弾倉を三つ空にして、なんとか金庫から取り出したのは、病棟のマスターキーとカードだった。
防疫キャンプのスタッフはとっくに退避して、ここにいるのは樹と、コディだけだ。
作業は簡単で、障害はなにもないはずだった。
順番を冷静に検討すると、自分の判断で行動できる、病状の軽いアルファ病棟の患者から始めるのが、比較的に面倒がない筈だった。
万が一を考えて、出入り口とは反対側の死角から接近し、慎重に角を曲がった。そこには不吉な姿の義体が立っていた。
アリシアとヌエが使用する強化外骨格だ。やや背中を丸めた立ち姿で、ヌエだとわかった。
確かに、どのような作戦に従事しても、騙されない奴が一人くらいはいる。
ヌエは世間知らずな印象ではあったけれど、言葉を交わして、間抜けだとは思わなかった。第一印象は間違ってなかったようだ。樹の意図を見抜き、最初にどこから始めるか判断し、先回りをしてきたのだ。
おそらく、ただぼんやりと立っているわけでもない。すでに、それなりの手が打ってある。ぼんやりとしているのは擬態だ。人を油断させるというより、人に警戒されない為の擬態。それは樹の肌に染みついた習性と同じものだ。
ヌエの操作する外骨格は、不自然なほどに肉質の音声で言った。まるで生身の身体を持っているような声だった。
「患者を開放する気だったのかい?」
「……そうだ。患者を殺し、野犬を焼き払っても、『ハタイ脳炎』が地上から消えてなくなることはない。野犬に感染させた、おおもとの媒介者ベクターは特定されていないし、特定できたとしても、根絶など出来る筈がない――」
ヌエは小銃――自警団が装備しているようなカラシニコフで武装していた。
銃を確認して、コディが『ペインレスガン』のロックを解除する音が聞こえた。
「――防疫キャンプを焼き払っても、忘れた頃にまた現れて、理不尽な死をばらまく。それこそ、何度でも。エボラウイルスだって、前回の流行は五度目だ。どうすれば『ハタイ脳炎』を世界から消し去ることが出来るんだ、ヌエ」
ヌエは、もう答えを知っているようだった。このタイミングでここへ辿りついたからには、動機も方法も、全てパズルのピースが揃っているのだろう。
「論理的に、答えは一つしかないねイツキ。『ハタイ脳炎』の脅威を取り除くには、人類自身が『ハタイ脳炎』に打ち勝つしかない。かって、人類が天然痘に勝利したように」
「そうだ、その為には必要な武器がある。それがなにかわかるかヌエ」
ヌエは、小銃を肩に着け、イツキを照準した。だけど撃つ気がないのは分かっていた。『ハルシオン』は、部隊に人体への攻撃を命じているし、ヌエは、イツキとは違い、ためらいなく人を殺せるような人間とは思えなかった。
「……それは、まとまった金額の研究予算だよイツキ」
やはり、ヌエはすべてを理解していた。
「そうだ、予算を引き出すのは「恐怖」だ。家族を失うかもしれない、自分の大切な人が、この世から消えてしまうかもしれない。その恐怖だけが、経費を正当な物にする。ぼくは患者を解き放つ――難民キャンプが汚染されればいい。シリアでもトルコでもイラクにも――感染者が広がればいい。これ以上の不幸を防ぐには……それしかないんだ。ぼくは間違っているか? ヌエ」
「否定はできない……というよりむしろ、イツキは論理的に正しい。でもね――」
ヌエがなにか、ジェスチャーのような物を示すのが分かった。樹はコディに攻撃を命じた。
「――だからって、納得できるほど簡単じゃないだろ」
ギンッと鉄塊の変形する音がして、コディの装甲に紫色の火花が散った。銃声が遅れてやってきて、少し離れた場所からの狙撃だと分かった。
破片が頬に食い込んだけれど、べつに構う様な事じゃなかった。
センサにエラーが生じたのだろう。コディはわずかに動きを止めたけれど、すぐに復帰して、腹部の7.62㎜ガトリングガンをヌエの#強化外骨格に向けた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる