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必要な武器
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シモーヌが時代遅れのダイヤル式金庫を使っていたおかげで、樹は予定よりもずいぶん遅れてしまった。
PDWの弾倉を三つ空にして、なんとか金庫から取り出したのは、病棟のマスターキーとカードだった。
防疫キャンプのスタッフはとっくに退避して、ここにいるのは樹と、コディだけだ。
作業は簡単で、障害はなにもないはずだった。
順番を冷静に検討すると、自分の判断で行動できる、病状の軽いアルファ病棟の患者から始めるのが、比較的に面倒がない筈だった。
万が一を考えて、出入り口とは反対側の死角から接近し、慎重に角を曲がった。そこには不吉な姿の義体が立っていた。
アリシアとヌエが使用する強化外骨格だ。やや背中を丸めた立ち姿で、ヌエだとわかった。
確かに、どのような作戦に従事しても、騙されない奴が一人くらいはいる。
ヌエは世間知らずな印象ではあったけれど、言葉を交わして、間抜けだとは思わなかった。第一印象は間違ってなかったようだ。樹の意図を見抜き、最初にどこから始めるか判断し、先回りをしてきたのだ。
おそらく、ただぼんやりと立っているわけでもない。すでに、それなりの手が打ってある。ぼんやりとしているのは擬態だ。人を油断させるというより、人に警戒されない為の擬態。それは樹の肌に染みついた習性と同じものだ。
ヌエの操作する外骨格は、不自然なほどに肉質の音声で言った。まるで生身の身体を持っているような声だった。
「患者を開放する気だったのかい?」
「……そうだ。患者を殺し、野犬を焼き払っても、『ハタイ脳炎』が地上から消えてなくなることはない。野犬に感染させた、おおもとの媒介者ベクターは特定されていないし、特定できたとしても、根絶など出来る筈がない――」
ヌエは小銃――自警団が装備しているようなカラシニコフで武装していた。
銃を確認して、コディが『ペインレスガン』のロックを解除する音が聞こえた。
「――防疫キャンプを焼き払っても、忘れた頃にまた現れて、理不尽な死をばらまく。それこそ、何度でも。エボラウイルスだって、前回の流行は五度目だ。どうすれば『ハタイ脳炎』を世界から消し去ることが出来るんだ、ヌエ」
ヌエは、もう答えを知っているようだった。このタイミングでここへ辿りついたからには、動機も方法も、全てパズルのピースが揃っているのだろう。
「論理的に、答えは一つしかないねイツキ。『ハタイ脳炎』の脅威を取り除くには、人類自身が『ハタイ脳炎』に打ち勝つしかない。かって、人類が天然痘に勝利したように」
「そうだ、その為には必要な武器がある。それがなにかわかるかヌエ」
ヌエは、小銃を肩に着け、イツキを照準した。だけど撃つ気がないのは分かっていた。『ハルシオン』は、部隊に人体への攻撃を命じているし、ヌエは、イツキとは違い、ためらいなく人を殺せるような人間とは思えなかった。
「……それは、まとまった金額の研究予算だよイツキ」
やはり、ヌエはすべてを理解していた。
「そうだ、予算を引き出すのは「恐怖」だ。家族を失うかもしれない、自分の大切な人が、この世から消えてしまうかもしれない。その恐怖だけが、経費を正当な物にする。ぼくは患者を解き放つ――難民キャンプが汚染されればいい。シリアでもトルコでもイラクにも――感染者が広がればいい。これ以上の不幸を防ぐには……それしかないんだ。ぼくは間違っているか? ヌエ」
「否定はできない……というよりむしろ、イツキは論理的に正しい。でもね――」
ヌエがなにか、ジェスチャーのような物を示すのが分かった。樹はコディに攻撃を命じた。
「――だからって、納得できるほど簡単じゃないだろ」
ギンッと鉄塊の変形する音がして、コディの装甲に紫色の火花が散った。銃声が遅れてやってきて、少し離れた場所からの狙撃だと分かった。
破片が頬に食い込んだけれど、べつに構う様な事じゃなかった。
センサにエラーが生じたのだろう。コディはわずかに動きを止めたけれど、すぐに復帰して、腹部の7.62㎜ガトリングガンをヌエの#強化外骨格に向けた。
PDWの弾倉を三つ空にして、なんとか金庫から取り出したのは、病棟のマスターキーとカードだった。
防疫キャンプのスタッフはとっくに退避して、ここにいるのは樹と、コディだけだ。
作業は簡単で、障害はなにもないはずだった。
順番を冷静に検討すると、自分の判断で行動できる、病状の軽いアルファ病棟の患者から始めるのが、比較的に面倒がない筈だった。
万が一を考えて、出入り口とは反対側の死角から接近し、慎重に角を曲がった。そこには不吉な姿の義体が立っていた。
アリシアとヌエが使用する強化外骨格だ。やや背中を丸めた立ち姿で、ヌエだとわかった。
確かに、どのような作戦に従事しても、騙されない奴が一人くらいはいる。
ヌエは世間知らずな印象ではあったけれど、言葉を交わして、間抜けだとは思わなかった。第一印象は間違ってなかったようだ。樹の意図を見抜き、最初にどこから始めるか判断し、先回りをしてきたのだ。
おそらく、ただぼんやりと立っているわけでもない。すでに、それなりの手が打ってある。ぼんやりとしているのは擬態だ。人を油断させるというより、人に警戒されない為の擬態。それは樹の肌に染みついた習性と同じものだ。
ヌエの操作する外骨格は、不自然なほどに肉質の音声で言った。まるで生身の身体を持っているような声だった。
「患者を開放する気だったのかい?」
「……そうだ。患者を殺し、野犬を焼き払っても、『ハタイ脳炎』が地上から消えてなくなることはない。野犬に感染させた、おおもとの媒介者ベクターは特定されていないし、特定できたとしても、根絶など出来る筈がない――」
ヌエは小銃――自警団が装備しているようなカラシニコフで武装していた。
銃を確認して、コディが『ペインレスガン』のロックを解除する音が聞こえた。
「――防疫キャンプを焼き払っても、忘れた頃にまた現れて、理不尽な死をばらまく。それこそ、何度でも。エボラウイルスだって、前回の流行は五度目だ。どうすれば『ハタイ脳炎』を世界から消し去ることが出来るんだ、ヌエ」
ヌエは、もう答えを知っているようだった。このタイミングでここへ辿りついたからには、動機も方法も、全てパズルのピースが揃っているのだろう。
「論理的に、答えは一つしかないねイツキ。『ハタイ脳炎』の脅威を取り除くには、人類自身が『ハタイ脳炎』に打ち勝つしかない。かって、人類が天然痘に勝利したように」
「そうだ、その為には必要な武器がある。それがなにかわかるかヌエ」
ヌエは、小銃を肩に着け、イツキを照準した。だけど撃つ気がないのは分かっていた。『ハルシオン』は、部隊に人体への攻撃を命じているし、ヌエは、イツキとは違い、ためらいなく人を殺せるような人間とは思えなかった。
「……それは、まとまった金額の研究予算だよイツキ」
やはり、ヌエはすべてを理解していた。
「そうだ、予算を引き出すのは「恐怖」だ。家族を失うかもしれない、自分の大切な人が、この世から消えてしまうかもしれない。その恐怖だけが、経費を正当な物にする。ぼくは患者を解き放つ――難民キャンプが汚染されればいい。シリアでもトルコでもイラクにも――感染者が広がればいい。これ以上の不幸を防ぐには……それしかないんだ。ぼくは間違っているか? ヌエ」
「否定はできない……というよりむしろ、イツキは論理的に正しい。でもね――」
ヌエがなにか、ジェスチャーのような物を示すのが分かった。樹はコディに攻撃を命じた。
「――だからって、納得できるほど簡単じゃないだろ」
ギンッと鉄塊の変形する音がして、コディの装甲に紫色の火花が散った。銃声が遅れてやってきて、少し離れた場所からの狙撃だと分かった。
破片が頬に食い込んだけれど、べつに構う様な事じゃなかった。
センサにエラーが生じたのだろう。コディはわずかに動きを止めたけれど、すぐに復帰して、腹部の7.62㎜ガトリングガンをヌエの#強化外骨格に向けた。
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