-PEACE KEEPER- (バルバロイR2)アルファ版

ずかみん

文字の大きさ
84 / 85

交渉の相手としては、信ずるに足らない

しおりを挟む
 信じられないことだけれど、ショッピングモールを一往復する間に、唯斗は六回の休憩を必要とした。
 戦場にいない唯斗は、人並みのことすら満足には出来ない。なにか目的を与えられていない唯斗は、まるで、どこかに魂を置き忘れてきた、抜け殻みたいに見える。

「ヌエ、あんたの体力って高齢者並みよ? よく学校に行けるわね」

 とは言ったけれど、とりあえずアリシアは満足だった。

 最近、出来たばかりの巨大なショッピングモールは、集客の為に、あちこちでイベントを催していた。立ち並ぶファストファッションには、アリシアがよく知るブランドもある。
 施設内にはサンタやトナカイの姿をしたピエロが歩き回っていて、頭上からは、陽光と一緒に、有名アーティストが歌う「ラストクリスマス」が降り注いでいた。

 サンタの姿をしたピエロが、マジックを披露していた。手の中のお菓子は、捕まえても、捕まえても消え続けて、やがて、途方にくれたピエロが、うなだれていると、それを慰めに近づいてきた幼児のポケットから現れた。
 そのまま、お菓子をプレゼントされて、その女の子は満面の笑みを浮かべていた。

 思い返せば、店員のサービスも最高だった。押しつけがましいセールスはないけれど、必要な時は、必ず店員がそばにいた。まるで超能力者みたいだ。

 ここは、緑の豊かな休憩コーナーだった。スペースの真ん中には本物の大木が枝を張っていて――たぶん、ある種の遺伝子操作だ――大木には静かに雪が降り積もっていた。
 雪は、足元に落ちると同時に、三角コーンみたいな掃除ロボに回収されていた。手にとっても解けないし、べつに冷たくはない。偽物の雪だけれど、ひっそりと降り積もる情感は、本物と遜色なかった。

 足元に降り積もる雪は、プロジェクションマッピングだった。歩くと足跡が出来て、雪が足跡を消してゆく。映画のシーンみたいだ。
 食べかけたクレープの存在を忘れて、アリシアは歩き回った。

 ふと気がつくと、ベンチでぐったりしていた唯斗が雪に埋もれていた。凍死寸前の遭難者だ。アリシアは笑いながら、唯斗に降り積もった雪を払った。
 口に入った雪をぺっぺっと吐き出しながら、唯斗は、はしゃぐアリシアに目を細めた。

「もしかして、楽しいの?」
「すっごく」
「よかった……アリー、ほっぺにクリームがついてる」

 腕を伸ばした唯斗は、指先でアリシアの頬を拭った。そのまま指を舐めることをアリーは期待したのだけれど、唯斗は、なんだかばっちい感じで、ジーンズに指をこすりつけた。
 なんか、ショックだった。

「どうしたの?」
「べつに、なんでもないわよ!」

 メールの着信が入り、食べかけのクレープを唯斗に押し付けて、アリシアはバッグからスマートフォンを取りだした。
 届いたのはシモーヌ医師からのメールだった。
 防疫キャンプの近況を知らせる文章には、一枚の画像が添付されていた。

「ちょっと、これ、ヌエ」
「ん?」

 画像は、味気ない真四角の墓標と、それに無理やり着せられた、変なプリントのTシャツだった。黒地にオレンジでぬいた仏像とか。アリシアだったら殺されても着ない。
 たぶん、イツキが着せたのだろう。迷惑そうなレヴィーンの表情が、頭に浮かんだ。

「センスないわよね」
「まあ、レヴィーンは喜んだと思うよ。いいじゃない、べつに」

 休憩スペースには大きなモニターがあって、季節の商品や、イベントの情報が映し出されていた。その間には、時々ニュースクリップが挟まれていて、映し出されたのは、FOXニュースFNCのキャスターが伝える報道番組だった。ニュースには、AIが同時通訳する日本語の字幕がついていた。

 ニュースを伝える女性は、目尻がきつくて化粧が濃く、失礼だけど、ちょっと品のない感じだった。
 アリシアは、あんな感じになってないかと心配になって、近くの窓に映る影で、自分の化粧を確認した。

 大丈夫だ、唯斗好みの大人しい感じに出来ている。

 自然な色合いの口紅が、オフホワイトのタートルネックニットワンピとよく似合っている。清楚に見えている、と思う、たぶん。

 女性キャスターは言っていた。

「蔓延から十六か月を迎える『ハタイ脳炎』をめぐるニュースです。アメリカ合衆国大統領は、トルコ・シリア国境に発生した『ハタイ脳炎』禍について、『各国の献身的な努力により、事態はようやく終息を見つつある』との談話を発表しました。談話は、米国の協力体制についての取材に答える形で発表されましたが、その中で大統領は、険悪な関係にあると噂される人道団体『ハルシオン』の活動について、興味深いコメントを残しました――」

 べつに、聞きたかったわけじゃないけど、耳をふさぐつもりもなかった。この頃、『ハルシオン』の戦闘行動は、なにかと話題になって、しかも評判が悪い。
 大統領談話の論旨は、要約すると三つだった。

 一つ、『ハルシオン』の戦闘行動には、いかなる法的な根拠も、人道上の正当性も存在しない。国連の決議は『ハルシオン』の統制されない「暴力」を支持しない。

 二つ目に、以上の理由から、『ハルシオン』の武力行使は、感情的な世論を味方につけた、私兵による「テロ行為」にすぎない、と判断する。交渉の相手としては、信ずるに足らない。

 三つ目に、上記の結論として、いかなる状況であろうとも、米軍が『ハルシオン』と協調行動をとる理由はない。必要であれば、米軍は断固たる実力行使の準備がある。

 といった感じだ。
 談話と同時に映し出されていた映像は、爆弾で破壊された、トルコ・インジルリク空軍基地の滑走路だった。うなだれて、石ころや滑走路の破片を片付ける、若い作業者の姿が痛々しい。
 『ハルシオン』による代表的な「反社会行為」と言った感じだ。『ハルシオン』ってとんでもなく悪い奴らだ。まったく。

 滑走路の破壊は、妖精女王ティターニアの権威で、近くに展開していた部隊に強要した。アリシア自身がまさに主犯格なので、なんだか微妙な気分だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...