-PEACE KEEPER- (バルバロイR2)アルファ版

ずかみん

文字の大きさ
85 / 85

世界中の人々が

しおりを挟む
 がっかりな談話だけれど、べつに腹を立てるようなことでもなかった。アリシアにしてみれば、そんなこと、【ピクシー】の操縦とは関係ない。
 唯斗も同じ気持ちだろうと思って、横顔を盗み見たけれど、どう思っているのかは、表情では分からなかった。
 ぼんやりと雑踏を眺めているだけだ。

 そういう気持ちで観察していると、幸せな人々と自分たちの間には、大きな越えられない溝が存在するような気分になってくる。
 この人達は、誰も殺さない。殺されることもないし、殺そうとも思わない。それは、お腹がいっぱいで、寄り添ってくれる誰かがいて、安心して眠ることができる、という意味だ。
 裸足で、雪が降るのを恐れることもない。

 人々が幸せでいられるのは、良いことだし、この人達はなにも悪くなんかない。それでも、アリシアは世界に取り残されてしまったような、誰も知っている人のいない異国に、一人で迷い込んでしまったような、そんな疎外感を感じた。
 アリシアは、日本の雑誌を読んで、ちょっとハイになっていたレヴィーンのことを想い出した。もしかしたら、ここで一緒に、冷たくない雪を眺めることだって出来たのだ。

 談話を聞いても怒ってはいないけれど、唯斗の横顔はどこか憂いを含んで見えた。唯斗はそういう所がある。誰も唯斗を責めていないのに、なんだか、いつも罪悪感を抱えているようだった。

 仮にもしも、世界の不幸を舞台にして、唯斗が『ゲーム』を愉しんでしまったとしても、べつにそれは、唯斗が悪いわけじゃない。悪いのは紛争を起こす当事者で、唯斗はたまたまそこに居合わせただけだ。唯斗に悪気はないし、むしろ世界の役に立とうとしていた。

 あなたはなにも悪くないのよ、とアリシアは言ってあげたかったけれど、それを口にするのは、なんだか恐かった。

 草食のくせに意地っ張りな唯斗は、自分が傷ついていることなんか認めないだろうし、それに、追い詰めてしまうような気がした。

 だって、もしも世界の不幸に胸を痛めていることを認めたら、それを利用して『ゲーム』を愉しむことなんて出来ない、それじゃあ、まるで……人でなしみたいだ。

 買い物を楽しむカップルや、子供を連れた家族の姿が、目の前を流れてゆく。みんな笑顔で、人生を謳歌している。
 レヴィーンが生まれた町に比べれば、ここはまさに楽園だった。
 ここにいると、世界の全てがこんな風に満たされていると錯覚を覚えそうだけれど、そうではないことをアリシアは見た。

 唯斗が、アリシアの指先をさぐるのがわかった。飛び上がりそうに驚いたけれど、アリシアはなんとか、何気ないふりで唯斗の手を握った。耳が熱くなった。ばくばくする心臓の音を聞かれないか心配だった。
 指先はとても暖かくて、唯斗はあたしの指先を冷たいと思ってないかしら、と、そんな他愛もないことが、すごく気になった。

 唯斗は考えすぎだ。考えすぎるから、傷ついてしまうのだ。唯斗には「それでべつにいいんだよ」と、誰かが言ってあげる必要がある。でないと唯斗は、いつかきっと壊れてしまう。

 誰もそれを言ってあげないのなら、それは、きっとあたしの仕事だ。

 上目づかいに唯斗の様子を窺うと、クリスマスの喧騒を眺める唯斗の横顔は、すこし寂し気に見えた。

 突然、論理ロジックでは説明のできない衝動につかまれて、アリシアは立ち上がった。
 クレープを床に捨て、両手で顔を挟んで、唯斗をこちらに向き直らせた。
 本能が赴くままに、アリシアは唯斗の頭を、胸の中に掻き抱いた。愛しいという言葉がどういう意味なのか、いま、生まれて初めて理解した。

「……ん、これ、なに?アリー」
「いいでしょ、べつに。なんか文句ある? 唯斗」

 アリシアは初めて、唯斗を本当の名前で呼んだ。
 きゃっと声をあげる女子学生がいて、ママァと指さす子供を、これっと母親がたしなめていた。掃除ロボットが、床に落ちたクレープを拭きとって行った。

「なんか……恥ずかしいんだけど」
「あたしもよ、唯斗」

 ねぇ、唯斗。
 もし、世界中の人々が敵になって、みんなが、あなたを指さしてなじったとしても、あたしは知っている。
 あなたは、ただ、やるべきことをやっただけ。
 あたしだけは、どんなことがあっても、ずっと、あなたのそばに居てあげるわ。

「少しだけなら、泣いてもいいわよ」
「……なんでぼくが泣く理由があるんだよ」

 と答えた唯斗は、ほんのちょっとだけれど、鼻声だった。


――終わり――
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...