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世界中の人々が
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がっかりな談話だけれど、べつに腹を立てるようなことでもなかった。アリシアにしてみれば、そんなこと、【ピクシー】の操縦とは関係ない。
唯斗も同じ気持ちだろうと思って、横顔を盗み見たけれど、どう思っているのかは、表情では分からなかった。
ぼんやりと雑踏を眺めているだけだ。
そういう気持ちで観察していると、幸せな人々と自分たちの間には、大きな越えられない溝が存在するような気分になってくる。
この人達は、誰も殺さない。殺されることもないし、殺そうとも思わない。それは、お腹がいっぱいで、寄り添ってくれる誰かがいて、安心して眠ることができる、という意味だ。
裸足で、雪が降るのを恐れることもない。
人々が幸せでいられるのは、良いことだし、この人達はなにも悪くなんかない。それでも、アリシアは世界に取り残されてしまったような、誰も知っている人のいない異国に、一人で迷い込んでしまったような、そんな疎外感を感じた。
アリシアは、日本の雑誌を読んで、ちょっとハイになっていたレヴィーンのことを想い出した。もしかしたら、ここで一緒に、冷たくない雪を眺めることだって出来たのだ。
談話を聞いても怒ってはいないけれど、唯斗の横顔はどこか憂いを含んで見えた。唯斗はそういう所がある。誰も唯斗を責めていないのに、なんだか、いつも罪悪感を抱えているようだった。
仮にもしも、世界の不幸を舞台にして、唯斗が『ゲーム』を愉しんでしまったとしても、べつにそれは、唯斗が悪いわけじゃない。悪いのは紛争を起こす当事者で、唯斗はたまたまそこに居合わせただけだ。唯斗に悪気はないし、むしろ世界の役に立とうとしていた。
あなたはなにも悪くないのよ、とアリシアは言ってあげたかったけれど、それを口にするのは、なんだか恐かった。
草食のくせに意地っ張りな唯斗は、自分が傷ついていることなんか認めないだろうし、それに、追い詰めてしまうような気がした。
だって、もしも世界の不幸に胸を痛めていることを認めたら、それを利用して『ゲーム』を愉しむことなんて出来ない、それじゃあ、まるで……人でなしみたいだ。
買い物を楽しむカップルや、子供を連れた家族の姿が、目の前を流れてゆく。みんな笑顔で、人生を謳歌している。
レヴィーンが生まれた町に比べれば、ここはまさに楽園だった。
ここにいると、世界の全てがこんな風に満たされていると錯覚を覚えそうだけれど、そうではないことをアリシアは見た。
唯斗が、アリシアの指先をさぐるのがわかった。飛び上がりそうに驚いたけれど、アリシアはなんとか、何気ないふりで唯斗の手を握った。耳が熱くなった。ばくばくする心臓の音を聞かれないか心配だった。
指先はとても暖かくて、唯斗はあたしの指先を冷たいと思ってないかしら、と、そんな他愛もないことが、すごく気になった。
唯斗は考えすぎだ。考えすぎるから、傷ついてしまうのだ。唯斗には「それでべつにいいんだよ」と、誰かが言ってあげる必要がある。でないと唯斗は、いつかきっと壊れてしまう。
誰もそれを言ってあげないのなら、それは、きっとあたしの仕事だ。
上目づかいに唯斗の様子を窺うと、クリスマスの喧騒を眺める唯斗の横顔は、すこし寂し気に見えた。
突然、論理では説明のできない衝動につかまれて、アリシアは立ち上がった。
クレープを床に捨て、両手で顔を挟んで、唯斗をこちらに向き直らせた。
本能が赴くままに、アリシアは唯斗の頭を、胸の中に掻き抱いた。愛しいという言葉がどういう意味なのか、いま、生まれて初めて理解した。
「……ん、これ、なに?アリー」
「いいでしょ、べつに。なんか文句ある? 唯斗」
アリシアは初めて、唯斗を本当の名前で呼んだ。
きゃっと声をあげる女子学生がいて、ママァと指さす子供を、これっと母親がたしなめていた。掃除ロボットが、床に落ちたクレープを拭きとって行った。
「なんか……恥ずかしいんだけど」
「あたしもよ、唯斗」
ねぇ、唯斗。
もし、世界中の人々が敵になって、みんなが、あなたを指さしてなじったとしても、あたしは知っている。
あなたは、ただ、やるべきことをやっただけ。
あたしだけは、どんなことがあっても、ずっと、あなたのそばに居てあげるわ。
「少しだけなら、泣いてもいいわよ」
「……なんでぼくが泣く理由があるんだよ」
と答えた唯斗は、ほんのちょっとだけれど、鼻声だった。
――終わり――
唯斗も同じ気持ちだろうと思って、横顔を盗み見たけれど、どう思っているのかは、表情では分からなかった。
ぼんやりと雑踏を眺めているだけだ。
そういう気持ちで観察していると、幸せな人々と自分たちの間には、大きな越えられない溝が存在するような気分になってくる。
この人達は、誰も殺さない。殺されることもないし、殺そうとも思わない。それは、お腹がいっぱいで、寄り添ってくれる誰かがいて、安心して眠ることができる、という意味だ。
裸足で、雪が降るのを恐れることもない。
人々が幸せでいられるのは、良いことだし、この人達はなにも悪くなんかない。それでも、アリシアは世界に取り残されてしまったような、誰も知っている人のいない異国に、一人で迷い込んでしまったような、そんな疎外感を感じた。
アリシアは、日本の雑誌を読んで、ちょっとハイになっていたレヴィーンのことを想い出した。もしかしたら、ここで一緒に、冷たくない雪を眺めることだって出来たのだ。
談話を聞いても怒ってはいないけれど、唯斗の横顔はどこか憂いを含んで見えた。唯斗はそういう所がある。誰も唯斗を責めていないのに、なんだか、いつも罪悪感を抱えているようだった。
仮にもしも、世界の不幸を舞台にして、唯斗が『ゲーム』を愉しんでしまったとしても、べつにそれは、唯斗が悪いわけじゃない。悪いのは紛争を起こす当事者で、唯斗はたまたまそこに居合わせただけだ。唯斗に悪気はないし、むしろ世界の役に立とうとしていた。
あなたはなにも悪くないのよ、とアリシアは言ってあげたかったけれど、それを口にするのは、なんだか恐かった。
草食のくせに意地っ張りな唯斗は、自分が傷ついていることなんか認めないだろうし、それに、追い詰めてしまうような気がした。
だって、もしも世界の不幸に胸を痛めていることを認めたら、それを利用して『ゲーム』を愉しむことなんて出来ない、それじゃあ、まるで……人でなしみたいだ。
買い物を楽しむカップルや、子供を連れた家族の姿が、目の前を流れてゆく。みんな笑顔で、人生を謳歌している。
レヴィーンが生まれた町に比べれば、ここはまさに楽園だった。
ここにいると、世界の全てがこんな風に満たされていると錯覚を覚えそうだけれど、そうではないことをアリシアは見た。
唯斗が、アリシアの指先をさぐるのがわかった。飛び上がりそうに驚いたけれど、アリシアはなんとか、何気ないふりで唯斗の手を握った。耳が熱くなった。ばくばくする心臓の音を聞かれないか心配だった。
指先はとても暖かくて、唯斗はあたしの指先を冷たいと思ってないかしら、と、そんな他愛もないことが、すごく気になった。
唯斗は考えすぎだ。考えすぎるから、傷ついてしまうのだ。唯斗には「それでべつにいいんだよ」と、誰かが言ってあげる必要がある。でないと唯斗は、いつかきっと壊れてしまう。
誰もそれを言ってあげないのなら、それは、きっとあたしの仕事だ。
上目づかいに唯斗の様子を窺うと、クリスマスの喧騒を眺める唯斗の横顔は、すこし寂し気に見えた。
突然、論理では説明のできない衝動につかまれて、アリシアは立ち上がった。
クレープを床に捨て、両手で顔を挟んで、唯斗をこちらに向き直らせた。
本能が赴くままに、アリシアは唯斗の頭を、胸の中に掻き抱いた。愛しいという言葉がどういう意味なのか、いま、生まれて初めて理解した。
「……ん、これ、なに?アリー」
「いいでしょ、べつに。なんか文句ある? 唯斗」
アリシアは初めて、唯斗を本当の名前で呼んだ。
きゃっと声をあげる女子学生がいて、ママァと指さす子供を、これっと母親がたしなめていた。掃除ロボットが、床に落ちたクレープを拭きとって行った。
「なんか……恥ずかしいんだけど」
「あたしもよ、唯斗」
ねぇ、唯斗。
もし、世界中の人々が敵になって、みんなが、あなたを指さしてなじったとしても、あたしは知っている。
あなたは、ただ、やるべきことをやっただけ。
あたしだけは、どんなことがあっても、ずっと、あなたのそばに居てあげるわ。
「少しだけなら、泣いてもいいわよ」
「……なんでぼくが泣く理由があるんだよ」
と答えた唯斗は、ほんのちょっとだけれど、鼻声だった。
――終わり――
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