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二人の冒険者

ダイク機工店

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「なぁ、トンディ……その、さっきのは、助けてくれた……でいいんだよな?」

  夕暮れの商店街。 目的地のガラクタ屋に向かう最中、クレールは恐る恐るそう先を歩くトンディに問いかける。

「まぁね」

  その質問に対し、トンディは質素な相槌を返すのみ。

「その、ありがとう」

「感謝されるようなことはしてない。 クレールの方こそ大丈夫?」

「わ、私は大丈夫だよ‼︎ そもそも、素性を隠してる訳でもないし‼︎ ただ、ちょっと驚いちゃったのと……いきなりだったからつい、昔のこと思い出しちゃっただけで」

「大丈夫じゃない」

「あーうん……確かにそうだな、ごめん……助かったよ」

「別に、困ってたから助けただけ。 冒険者なら当たり前」

  当然というように鼻を鳴らすトンディ。 その頬は少しだけ紅潮しており、クレールは質素な返事はトンディの照れ隠しであることを悟る。

「ふっふふ……当たり前かぁ。やっぱりすごいなぁトンディは」

 クレールはそんなトンディに口元を緩めると、感謝を込めて優しく耳と耳の間を撫でる。

「ふひゃぁ‼︎?」

「えらいぞートンディ、ご褒美になでなでだ‼︎」


「あああ、頭、撫でない‼︎ 子供扱いしない‼︎ これでも私、クレールよりお姉さん‼︎」

「まんざらでもない顔して凄んだって無駄ですよーだ、ほれほれほれほれほれーもふもふもふもふー‼︎」

「んむうううーーーーー‼︎‼︎」

   ダンダンと地団駄を踏むように足で地面を蹴りつけるトンディ。
 
   しかし悲しきラヴィーナ族の習性か。 頭を撫でられるトンディのその表情は、それはそれは幸せそうに緩んでいるのであった。

                                       ◆
「まったく……撫ですぎ」

「へへへーごめんごめんー」
 
   頬を赤らめてむすっとするトンディとニヤつきながら心の一切こもらない謝罪をするク
レール。

   二人は誰がどう見ても仲睦まじく商店街を抜け、大きな広場へと出る。

   商店街の華やかさに比べ、人の少ない大広場。

   冒険者広場と呼ばれるこの場所は、運命の女神【アリアン】の像を中心に円を描くように鍛冶屋やアイテムショップ、魔導書店、錬金術工房等が立ち並び、この広場のみで冒険者達が旅支度を整えられるようにと配慮された作りとなっている。

   冒険者業がさかんな昨今、どの街でもこのような広場は昼も夜も問わず活気にあふれているはずなのだが、この平和な田舎町ではその例に漏れるようで、人がいないわけではないが商店街に比べれば閑散としている印象だ。

「相変わらず平和……」

   そんな冒険者広場の様子に、トンディは一つ鼻を鳴らす。

「まぁ、魔物も少ないし、魔王達との戦いもこんな内陸じゃ無縁だからね。本気で魔王を倒そうと思ってるような奴らや、稼ぎたいって思ってる奴らにとっちゃ居心地は悪いだろうけど、 冒険者見習いや、私たちみたいな兼業冒険者にはこれぐらい平和な方が助かるだろ?」

「確かにそうだけど……お店、潰れないかな」

「そこは別に大丈夫なんじゃないかな……平和といっても、田舎だからハイイロオオカミとかクマは出るし、作物を荒らす大モグラや鹿狩りの依頼は尽きないだろうからね……あーでも、若干一軒潰れそうな場所はあるか」

「……」

   苦笑いを浮かべながら、クレールとトンディはその潰れそうな店を見る。

   田舎ながらに凝った装飾の建物が多いエリンディアナの街で、おそらく唯一の掘っ建て小屋のような正方形の木造建築。

   屋根すらないボロボロの建物には、継ぎ接ぎだらけの板金で作られた扉があり、その上には大きくお世辞にも綺麗とは言えない文字で【ダイク機工店】と書かれている。
 
「品揃えも腕もいいんだけど……店で損してるよなダイクのやつは」

「いつも思う……まるで廃墟」

   好き勝手なことを言いながら二人はため息をつき、板金で作られた錆びついた扉を開ける。

   こもった鉄の匂いに強いカビの匂い。 

   誰しも初めて入った時はここは本当に店か? と疑問を持つであろうが、二人はもう慣れたという表情でズカズカとくず鉄を掻き分けるように奥へと向かう。
 
 と。

「かっ、珍しくもねえ客が来やがったな」

   悪態を吐くような声が部屋に響き、同時にキセルを叩く、カン、という音が店の中に一つ響く。

   音の方に振り返ると、そこには不機嫌そうな仏頂面のドワーフが、煙を吹かしながらカウンターで鉄を磨いていた。
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