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コールオブホーリーガール

母性に目覚めたトンディ

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「ふんふーん……ふんふんふーん♪」

  鉄の香りと百合の香水の香りが混ざり合うクレールの工房。

  手に入れたアルミにヤスリをかけて粉末状にするクレールの傍。トンディは積み上げられた本の上で上機嫌で鼻歌を歌い、白銀にかがやく球体を我が子のようになで付ける。

「トンディ……帰ってきてからずっとそんな調子だけど。それ絶対孵らないと思うんだけど」

 「そんなことない。 命がある金属もいるって言ったのクレール」

「いや、確かに言ったけどさ。卵から孵る機械なんて聞いたことないし……そもそも鉄の時代の遺物だったら、卵だったとしても孵らないでしょ」

「クマノミムシの卵は乾燥させて五百年放置しても、水をあげればちゃんと孵化する。 これもきっと同じ……私には分かる」

  むふーと鼻を鳴らすトンディに、クレールは「だめだこりゃ」と肩をすくめる。

「……っていうかまさかトンディ、お前それ抱えてギルドに報酬受け取りに行ったんじゃないよな?」

「行ったよ?」

「おいまじかよ……何か言われなかった?」

「そういえばお大事にって言われた、私が産んだと思われたかな?」

「頭おかしくなったと思われたんだよ……」

「解せぬ」

「解せるわ」

  呆れたと言わんばかりにクレールはため息を漏らす。

「心外な……あ、そうだ。ギルドで思い出した、ダンジョン探索の報酬はミノタウロスのツノも合わせて金貨十枚、ちょっとサービスあった」

「この前のSランククエストに比べたら見劣りはするけれど、それでも結構奮発してくれたな」

「まぁ、ね。ただ、キリサメに新しく入ったAランククエスト受けて欲しいって頼まれた。断ったけど」

「それ、賄賂っていうんじゃないか? 大丈夫かうちのギルド……」

  トンディの言葉に顔をひきつらせるクレール。
  
  大丈夫だよ……とトンディは言おうと口を開きかけたが、Aランククエストが隠居同然のSランクに頼らないと解決できないという現状に、一つ頬を汗が伝う。

  思ったよりもうちのギルドやばいんじゃ……。
 
  そんな疑問が脳裏をよぎると同時に。

  ゴーン……ゴーンと、二人の不安をかき消すように夜を告げる鐘の音が街に響く。

「わ、もうこんな時間……ご飯にしよっか、クレール」

「そうだな。ヤスリがけと加工もだいぶ終わったし、ご飯にしよう。 今日のご飯は?」

「みんな大好き、人参ステーキ」

「……それ、ステーキなのか?」

「心頭滅却すれば、人参もまた肉……Byトンディ」

「あんたじゃん」

「私だー」

  鼻歌交じりに卵を撫でながらキッチンへと向かうトンディを見送り、クレールはやれやれともう一度ため息を漏らした。

                 ◇
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