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16.先輩の謝罪
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先に部屋へ戻ったリントは、腕にかけていたローブを丁寧にたたみ直していた。
貴賓室に案内された際に、ローブは給仕が預かってくれていたので、部屋を退出する際にはブラシが掛けられ、とてもきれいな状態で戻ってきた。
艶やかな感触を手で確かめつつ、先ほどは時間が無くてしっかり見れなかった刺繍を確認する。
2本線の間に整然と配されている図案は、細身の葉と小花のようだった。
何の花なのか考えてみたが、銀糸一色で刺されているからか、結局思い出すことができない。
後でユールに聞いてみよう。そう思い、そのまま刺繍を指先でゆるく辿っていくと、胸元の国章が目に入った。
貴賓室を出てからずっと、同じ問いが頭を巡っていた。
討伐?私が?魔獣を殺す?
魚も肉も食べておいて何を今更、という話かもしれない。
魚は実家でよく捌いていたし、鶏を締めるのだって数えるほどではあるが、手伝ったことがある。
全くわだかまりがないわけではないが、最初は怖かったり、悲しかったそれも、回を重ねるうちに諦めと慣れに変わってしまった。
今回だってたぶん同じだ。
そうは思うのに不安が拭えないのは、あの圧倒的な炎を見たせいだろうか。
ユールの好戦的な顔を思い出した時、ぎぃっと扉が開く音がした。
わかってはいたが、姿を見せたのは今頭に思い浮かべていた当人だった。
「おかえりなさい」
なんとなく言ってしまってから、はたと気が付いた。『お疲れ様です』のほうがよかったのではないだろうか。
心配になって、ユールの表情を確認したが、とても嬉しそうな顔があっただけだった。
「ただいま。遅くなってごめん」
「大して待っていませんよ。あ、この刺繍って何の花かご存じですか?」
忘れないうちにと、手元のローブの刺繍を指で指しながら問いかける。
「ローワンだよ。『私はあなたを守ります』っていう意味。魔導士の心得と戒めが込められてる」
ローワン。
魔除けとして有名な木だ。
赤い実のイメージが強かったので、思いつかなかった。
ユール曰く、花は白色なのだそうだ。
街中でもよく植えられているそうなので、知らずに見ているのかもしれない。
リントはまじまじと図案を見つめた。
『守る』という言葉が、今のリントにはとても重い。
刺繍から目を離さないリントに向かって、ユールが声をかけた。
「リント、これから出かけるけど、その前にひとつ言わせて」
リントが視線を上げると、ユールはいつの間にか自分の正面に立っていた。
真っ直ぐリントの瞳を見つめ、深く頭を下げる。
「ごめん。俺の身勝手な行動のせいで、迷惑をかけた」
「あの、頭を上げてください。先輩に謝られることなんて何もないです」
リントは慌てて声をかける。
「あるよ。少なくとも、今君を悩ませている。討伐の件は、俺が関わっていなければ出なかった話だ。リントが参加する必要はないよ。隊長には俺から言っておく」
言い切るユールに、リントは迷いながらも言葉を返した。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。隊長へはちゃんと自分で返事をしますから」
「けど、魔獣を殺すことは、リントの本意ではないよね?」
『討伐』ではなく、わざわざ強い言葉を使ったのは、ユールの優しさなのだろう。
気持ちはありがたいが、甘えるわけにはいかない。
「それは、私だけではないと思います」
リントが言い返すとは思っていなかったらしい。
ユールは僅かに顔をゆがめたが、リントは気にせず話を続けた。
「『守る』って難しいですね。私、なんとなく、良いイメージしか持っていなかったんですけど、他のものを犠牲にしないと守れない事ってたくさんあるんだな、って今回思い知りました。フォクナー隊長は私を気遣って、はっきりとは口にしませんでしたけど、私の覚悟が足りない事わかっていらしたから、ちゃんと考えろって言ったんだと思います。勝手な解釈ですけど…」
自分なりに頑張って伝えてみたが、自信のなさからだんだん声が小さくなってしまった。
取り繕うように、声を1段明るくする。
「あ、それに、あの魔法陣は純粋に興味があります。使いこなしている先輩もすごく格好よかったです!」
てっきり調子よく返してくると思っていたのに、返事が無い。
見ると、ユールの顔がほんのり赤く色付いていた。
自分ではぽんぽん褒めるくせに、他人に言われるのは慣れていないのだろうか。
ちょっと『かわいい』と思ってしまったのは、内緒にしておく。
このまま黙っていると、こちらまで恥ずかしくなってきそうだったので、リントは言葉を続けた。
「あの、頼りないとは思いますけど、あまり心配しないでください。かけだしでも、魔導士の基礎は学んでいますし、足りない分の覚悟は、これからちゃんと向き合っていけるように頑張りますから」
フォクナー隊長が指摘したように、リントが魔導士を選んだのは、別に高い志があったからではない。
待遇の良さが1番の理由だし、周りから褒められる仕事は、やはり気持ちが良いものだ。
それでも、人の役に立ちたいという思いもまた嘘ではないし、肩書に恥じない自分でいたいとも思っている。
少しは、伝わっただろうか。
一瞬目を伏せた後、再び合わさったユールの目には、もう迷いは見られなかった。
「わかった。余計な事言ってごめん。あと、リントが望むなら、魔法陣の仕組みは今回の件と関係なく教えるよ。だから、本当に、無理だけはしないで」
「はい、ありがとうございます」
「そろそろ行こうか。あまり遅くなると、日が落ちる前に終わらなくなる」
ユールはなぜ討伐に参加したのだろう。
ふと沸いた疑問を聞いてみたいとは思ったが、すっかり切り替えて『壁』へと向かう背中に問いを投げかけることは躊躇われ、結局口にすることはできなかった。
貴賓室に案内された際に、ローブは給仕が預かってくれていたので、部屋を退出する際にはブラシが掛けられ、とてもきれいな状態で戻ってきた。
艶やかな感触を手で確かめつつ、先ほどは時間が無くてしっかり見れなかった刺繍を確認する。
2本線の間に整然と配されている図案は、細身の葉と小花のようだった。
何の花なのか考えてみたが、銀糸一色で刺されているからか、結局思い出すことができない。
後でユールに聞いてみよう。そう思い、そのまま刺繍を指先でゆるく辿っていくと、胸元の国章が目に入った。
貴賓室を出てからずっと、同じ問いが頭を巡っていた。
討伐?私が?魔獣を殺す?
魚も肉も食べておいて何を今更、という話かもしれない。
魚は実家でよく捌いていたし、鶏を締めるのだって数えるほどではあるが、手伝ったことがある。
全くわだかまりがないわけではないが、最初は怖かったり、悲しかったそれも、回を重ねるうちに諦めと慣れに変わってしまった。
今回だってたぶん同じだ。
そうは思うのに不安が拭えないのは、あの圧倒的な炎を見たせいだろうか。
ユールの好戦的な顔を思い出した時、ぎぃっと扉が開く音がした。
わかってはいたが、姿を見せたのは今頭に思い浮かべていた当人だった。
「おかえりなさい」
なんとなく言ってしまってから、はたと気が付いた。『お疲れ様です』のほうがよかったのではないだろうか。
心配になって、ユールの表情を確認したが、とても嬉しそうな顔があっただけだった。
「ただいま。遅くなってごめん」
「大して待っていませんよ。あ、この刺繍って何の花かご存じですか?」
忘れないうちにと、手元のローブの刺繍を指で指しながら問いかける。
「ローワンだよ。『私はあなたを守ります』っていう意味。魔導士の心得と戒めが込められてる」
ローワン。
魔除けとして有名な木だ。
赤い実のイメージが強かったので、思いつかなかった。
ユール曰く、花は白色なのだそうだ。
街中でもよく植えられているそうなので、知らずに見ているのかもしれない。
リントはまじまじと図案を見つめた。
『守る』という言葉が、今のリントにはとても重い。
刺繍から目を離さないリントに向かって、ユールが声をかけた。
「リント、これから出かけるけど、その前にひとつ言わせて」
リントが視線を上げると、ユールはいつの間にか自分の正面に立っていた。
真っ直ぐリントの瞳を見つめ、深く頭を下げる。
「ごめん。俺の身勝手な行動のせいで、迷惑をかけた」
「あの、頭を上げてください。先輩に謝られることなんて何もないです」
リントは慌てて声をかける。
「あるよ。少なくとも、今君を悩ませている。討伐の件は、俺が関わっていなければ出なかった話だ。リントが参加する必要はないよ。隊長には俺から言っておく」
言い切るユールに、リントは迷いながらも言葉を返した。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。隊長へはちゃんと自分で返事をしますから」
「けど、魔獣を殺すことは、リントの本意ではないよね?」
『討伐』ではなく、わざわざ強い言葉を使ったのは、ユールの優しさなのだろう。
気持ちはありがたいが、甘えるわけにはいかない。
「それは、私だけではないと思います」
リントが言い返すとは思っていなかったらしい。
ユールは僅かに顔をゆがめたが、リントは気にせず話を続けた。
「『守る』って難しいですね。私、なんとなく、良いイメージしか持っていなかったんですけど、他のものを犠牲にしないと守れない事ってたくさんあるんだな、って今回思い知りました。フォクナー隊長は私を気遣って、はっきりとは口にしませんでしたけど、私の覚悟が足りない事わかっていらしたから、ちゃんと考えろって言ったんだと思います。勝手な解釈ですけど…」
自分なりに頑張って伝えてみたが、自信のなさからだんだん声が小さくなってしまった。
取り繕うように、声を1段明るくする。
「あ、それに、あの魔法陣は純粋に興味があります。使いこなしている先輩もすごく格好よかったです!」
てっきり調子よく返してくると思っていたのに、返事が無い。
見ると、ユールの顔がほんのり赤く色付いていた。
自分ではぽんぽん褒めるくせに、他人に言われるのは慣れていないのだろうか。
ちょっと『かわいい』と思ってしまったのは、内緒にしておく。
このまま黙っていると、こちらまで恥ずかしくなってきそうだったので、リントは言葉を続けた。
「あの、頼りないとは思いますけど、あまり心配しないでください。かけだしでも、魔導士の基礎は学んでいますし、足りない分の覚悟は、これからちゃんと向き合っていけるように頑張りますから」
フォクナー隊長が指摘したように、リントが魔導士を選んだのは、別に高い志があったからではない。
待遇の良さが1番の理由だし、周りから褒められる仕事は、やはり気持ちが良いものだ。
それでも、人の役に立ちたいという思いもまた嘘ではないし、肩書に恥じない自分でいたいとも思っている。
少しは、伝わっただろうか。
一瞬目を伏せた後、再び合わさったユールの目には、もう迷いは見られなかった。
「わかった。余計な事言ってごめん。あと、リントが望むなら、魔法陣の仕組みは今回の件と関係なく教えるよ。だから、本当に、無理だけはしないで」
「はい、ありがとうございます」
「そろそろ行こうか。あまり遅くなると、日が落ちる前に終わらなくなる」
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