新人魔導士と過保護な先輩

トキどき

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23.無知

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 ノエルは久しぶりに大技を使える事にわくわくしていた。
 ここでは魔力保持者はめずらしいので、目立たない様に魔法を使えることは隠している。
 知っているのは身内と呼べる数人だけだ。

 ただ、ノエル自身は元々魔法を使うことは嫌いでは無かった。
 特に戦闘系の大技は楽しくて、子供の頃、一生懸命練習した。
 力で勝てない相手を組み伏せた時のあの悦びは、戦いでしか得られない特別なものだ。

 ノエルは呼吸を整え、魔鳥に意識を集中した。
 その時、目の前に鮮やかな緑色の結界が現れる。
 あの魔導士が張ってくれたのだろう。
 せっかく魔力を使ってくれたのに悪いが、自分には必要ない。
 力を使いすぎてこの後の彼女の仕事に支障がでなければいいが。

「タット」

 小さく、でもしっかりと故郷の言葉を発する。
 風が応え、思い描いた通りに魔鳥を切り刻んだ。
 うまくいったとほくそ笑んだ時、魔鳥が消えた。
 
「は?」

 スパンと小気味よい音が聞こえた後、血が飛び散り、無惨な姿を晒すはずの魔鳥は、跡形もなく消えていた。

「幻術、か?」

 目的は自分か、それともあの魔導士か。
 そう思い、魔導士のいる方向へ目を向けると、こちらに掌を向けたまま固まっていた。
 魔法板を手にしていない。
 その事実を知って、ノエルはひどく落ち込んだ。

「属性持ちか…」

 面倒なことになった。
 緊急だったので、魔法を使うことに躊躇いはなかった。
 ただそれは、終わった後に記憶を消してしまえばいいと思っていたからだ。

 属性持ちは総じて魔力が高い。
 そして、自分より魔力が高いものに対しては許可なく記憶操作は使えない。

 考えていても仕方がない。
 とりあえず試してみるしかないと、ノエルはリントの方へと歩き出した。

「おい、あれ、もうしまっていいぞ」

 すでに守るべき人間も、防ぐべき魔鳥もいなくなった場所で、未だに輝き続けている結界を指しながら言う。

「あ」

 はっとしたリントは、両手を降ろした。
 彼女の動きに合わせて結界も消える。

「あの、さっきの魔法は」
「悪いけど、巻き込まれるのはごめんなんだ。だから、忘れろ」

 ノエルはリントの言葉を遮るとともに、彼女の額に手をあてがった。
 うまく流れたかと思われた魔力は、すぐさま強い衝撃で遮られる。

「ぃ…っつ」
「!大丈夫ですか!?」
「あんた魔力いくつ?」

 手のびりつきが止まらない。
 呻きたいのを気力で必死に抑えて、リントに問いかけた。

「…4です」
「嘘つくな。もっとあるだろ」

 ノエルは、リントの逡巡を嘘と捉えた。
 自分の魔法が弾かれた時点で4というのはありえない。
 リントはひどく落ち込んだ表情になった。

「嘘というか、無属性でしか測ったことがないんです。属性があることは内緒にしていて。なので、もし属性を抑えていることで魔力値が変わるのであれば、正しい数値はわからないです」
「無属性だけ測るって…そんなことできるのか?」
「小さい頃から、属性持ちだということは周りに知られない様にって、無属性だけで使えるように教えられました」

 よくわからない。
 この国では属性持ちは希少だ。
 守られこそすれ、危険があるようには思えない。

 魔法を教えてくれた先生から、危険だからと子供の頃から言われ続けていたらしいが、リント自身、理由はよく知らない様だった。
 本人的には魔力持ちが特別扱いを受けるのは多々あったので、さらに珍しい存在になったら面倒だという意味にとっていたらしい。

「あのっ、ノエルさんは属性持ちなんですよね!?私に教えてくれませんか、魔法!」

 いきなりの提案にノエルは面食らった。

「は!?そんなの魔導士のやつらに頼めばいいだろ」
「ですから、属性があるのは隠してるんです。それに、属性持ちは少ないので資料も少ないですし。そもそもこの国では戦闘魔法は習いませんから聞きようがないです」
「戦闘魔法は習わない?」

 意外な事を聞いてしまった。

「はい。もともと魔力を使える方自体が少ないですし、戦闘魔法を扱える程の力を持っているとなると、両手に収まる位しかいないと思います。それに、魔導士は国民の脅威になってはいけないので、攻撃性の高いものは教えないことになっています」
「ユールは?」
「せんぱ…ナファルさんは、特殊なんです。自作の魔法を使われているので、どういう仕組みであの威力を出しているのかは私には説明できません」

 自作。
 飄々としているが、意外に努力家らしい。

「戦闘魔法を覚えたいのか?」
「はい。今一番足りていないのはそこだと思うので」

 彼女が『足りていない』と思うのは、確実にユールのせいだろう。
 魔導士庁が彼女をユールにあてがったのは、何か意図でもあるのだろうか。
 単純な疑問からだんだん深みにはまっていくのを感じて、ノエルは思考を止めた。
 これ以上関わり合いになりたくない。

「駄目だ。俺、人に教えるとかできないし」
「基本だけでもいいんです。お願いします!」

 必死に食らいついてくるが、こちらにも色々事情があるのだ。
 仕方ないので素直に理由を告げる。

「俺、魔法使えないことになってるから正直これ以上巻き込まれたくない。さっきお前の記憶消そうと思ったのに、弾かれちまって。今、どうしたらいいか悩んでる」
「さっきの、記憶を消す魔法だったんですか?」

 リントが目をまるくしてびっくりしている。

「それも知らないのか?記憶操作系は、本人に同意せずにかける場合、術者よりかけられる奴の魔力が強ければ弾かれるんだよ」

『魔導士』という肩書を持つ人間とは思えないあまりの無知さに、ノエルは唖然とした。
 先ほどの彼女の話からしても、自分の知っている魔導士と、この国の魔導士は根本的に違うらしい。
 本当に厄介な奴に出会ってしまった。
 ノエルは深くため息を吐いた。
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