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89.ままならない
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リントの願いなど知る由もないユールは、淡々と話しを続ける。
「今エドが会長をしている商会は、母方の家業なんだ。彼女の兄が継いでたんだけど、子宝に恵まれなくて。何れ遠縁から養子でもと考えていたところに妹が子供連れで戻ってきたわけ。血筋も近いし、何よりエドは優秀だからね。すぐに話が来たらしいよ。母親も母方の祖父母も乗り気だったのに、本人が時間をくれって何年も保留にしてた。なぜだかわかる?」
少しだけ考えた後、リントは口を開いた。
「父方との縁を切りたくなかったから…ですか?」
「そう。エドにとって父親と祖父は特別だった。物心ついた頃からずっと、彼らは尊敬すべき対象であり、誇りであり、目標でもあった。後継者になれなかったうえに、養子に行ってしまったら、本当に何も残らないからね。それが最良とわかっていても、断ち切る為の時間が欲しかったんだと思う」
リントは意識が薄れゆく中で見た、ウェイトナーのすがるような視線を思い出した。
努力だけではどうにもならない事などいくらでもある。
魔導士になることを強く願う者の望みは叶わず、中途半端な自分がこの場所にいる。
理不尽でもそれが現実だ。
ウェイトナーだって、憂いても仕方がないとわかっていたからこそ、商会を継ぐ決意をしたのだろう。
「だから、養子に入った時点で父親の事も魔力の事も、彼なりに折り合いをつけてたはずなんだ。今は商会長という立場もあるし、私情で動くなんて普段の彼ならあり得ない。なのに、突然リントと会う機会が出来て、薬まで手に入ってしまったものだから、ずっと一人で抱えてきた想いが急激に膨れ上がったんだろうね。事実を知りたいというのも嘘ではないだろうけど、それ以上に、彼らの事を共有できる君に気持ちを受け止めて欲しかったんだと思う。言いたいこと言ってすっきりしただろうし、独りよがりの思い違いだったって気がついて、今頃は反省してるよきっと」
『ま、俺は許さないけど』と当たり前のように付け足したユールの言葉を、リントは聞こえなかったことにした。
ユールには内緒だが、会食から数日後、リントはウェイトナーに手紙を送っていた。
歓迎されないのは承知の上だ。
けれど、どうしても魔法板のお礼を伝えたかった。
後は、服薬中に不快な話を聞かせてしまったことへの謝罪と、この先自分の非が明確になれば、如何様にも償うつもりでいること。
最後に、ユールと今まで通りの付き合いをと願った。
返事は来ていないが、送り返して来なかったので目は通してくれたのだと思う。
食事をしている間の2人は自然体で、とても良い関係に見えた。
ユールは薬を使った事自体が許せないようだが、同意の上の選択であり、話した内容についてもウェイトナー自身の非になることは何もない。
それに当事者である自分が『いい』といっているのだ。
いつまでもユールが気にする方がおかしい。
リントにとっては、自分のせいで彼の親しい友人を失くす方がよっぽど辛かった。
ただ、先ほどの発言からしても、今は良い返事がもらえないのははっきりしているので、ユールにはもう少し時間を置いてから伝えようと思っている。
「私、ちょっとはウェイトナーさんの役に立てたんでしょうか」
「魔法板の分は十分返したんじゃない?はい、休憩終わり。あと少しだから頑張って」
ぽん、と軽くリントの頭を撫でた後、ユールは自分の作業へと戻っていく。
撫でられた頭の辺りを自分の手で触れながら、ささやかなふれあいにもときめいてしまっている自分に呆れつつ、リントも机に向き直った。
「今エドが会長をしている商会は、母方の家業なんだ。彼女の兄が継いでたんだけど、子宝に恵まれなくて。何れ遠縁から養子でもと考えていたところに妹が子供連れで戻ってきたわけ。血筋も近いし、何よりエドは優秀だからね。すぐに話が来たらしいよ。母親も母方の祖父母も乗り気だったのに、本人が時間をくれって何年も保留にしてた。なぜだかわかる?」
少しだけ考えた後、リントは口を開いた。
「父方との縁を切りたくなかったから…ですか?」
「そう。エドにとって父親と祖父は特別だった。物心ついた頃からずっと、彼らは尊敬すべき対象であり、誇りであり、目標でもあった。後継者になれなかったうえに、養子に行ってしまったら、本当に何も残らないからね。それが最良とわかっていても、断ち切る為の時間が欲しかったんだと思う」
リントは意識が薄れゆく中で見た、ウェイトナーのすがるような視線を思い出した。
努力だけではどうにもならない事などいくらでもある。
魔導士になることを強く願う者の望みは叶わず、中途半端な自分がこの場所にいる。
理不尽でもそれが現実だ。
ウェイトナーだって、憂いても仕方がないとわかっていたからこそ、商会を継ぐ決意をしたのだろう。
「だから、養子に入った時点で父親の事も魔力の事も、彼なりに折り合いをつけてたはずなんだ。今は商会長という立場もあるし、私情で動くなんて普段の彼ならあり得ない。なのに、突然リントと会う機会が出来て、薬まで手に入ってしまったものだから、ずっと一人で抱えてきた想いが急激に膨れ上がったんだろうね。事実を知りたいというのも嘘ではないだろうけど、それ以上に、彼らの事を共有できる君に気持ちを受け止めて欲しかったんだと思う。言いたいこと言ってすっきりしただろうし、独りよがりの思い違いだったって気がついて、今頃は反省してるよきっと」
『ま、俺は許さないけど』と当たり前のように付け足したユールの言葉を、リントは聞こえなかったことにした。
ユールには内緒だが、会食から数日後、リントはウェイトナーに手紙を送っていた。
歓迎されないのは承知の上だ。
けれど、どうしても魔法板のお礼を伝えたかった。
後は、服薬中に不快な話を聞かせてしまったことへの謝罪と、この先自分の非が明確になれば、如何様にも償うつもりでいること。
最後に、ユールと今まで通りの付き合いをと願った。
返事は来ていないが、送り返して来なかったので目は通してくれたのだと思う。
食事をしている間の2人は自然体で、とても良い関係に見えた。
ユールは薬を使った事自体が許せないようだが、同意の上の選択であり、話した内容についてもウェイトナー自身の非になることは何もない。
それに当事者である自分が『いい』といっているのだ。
いつまでもユールが気にする方がおかしい。
リントにとっては、自分のせいで彼の親しい友人を失くす方がよっぽど辛かった。
ただ、先ほどの発言からしても、今は良い返事がもらえないのははっきりしているので、ユールにはもう少し時間を置いてから伝えようと思っている。
「私、ちょっとはウェイトナーさんの役に立てたんでしょうか」
「魔法板の分は十分返したんじゃない?はい、休憩終わり。あと少しだから頑張って」
ぽん、と軽くリントの頭を撫でた後、ユールは自分の作業へと戻っていく。
撫でられた頭の辺りを自分の手で触れながら、ささやかなふれあいにもときめいてしまっている自分に呆れつつ、リントも机に向き直った。
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