新人魔導士と過保護な先輩

トキどき

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「そういえば、ノエルの授業2日後だよね」

 午後の休憩時間、いつものように2人でお茶とお菓子を味わっている最中にユールが突然口にした話題は、思いもよらぬものだった。
 嫌な予感がしたリントは、ユール相手に無駄だとわかりつつも、つい身構えてしまう。

「そうですけど、何かありました?」
「俺も行っていい?」
「えっ」

 授業が楽しみなのはもちろん、やっとノエルに相談できると昨日から期待していただけに、ユールの言葉はリントを落ち込ませるには十分だった。
 つい漏れたリントの否定的な声に、彼は取り繕うように慌てて言葉を続ける。

「行くっていってもすぐ帰るから。仕事もあるし、ノエルと少し話をするだけ。…練習してる所を見られるのは緊張するよね?」

 こちらの出方を窺うように付け加えられた言葉に、本当は見たいのかもしれないと思いながらも、リントはありがたく便乗した。

「そうですね。まだお見せできる状態でもないですし。あ、でもこれなら」

 昔覚えたものなら失敗もないだろうと、リントは集中力を高め、指先をユールへと向けた。
 淡い緑に色付いた魔力が彼の元へ届き、足元からゆっくりと包み込んでいく。

「!浮いた」
「少しですけど」

 失敗して落ちても痛くないよう、床からの距離は30cmも上げてない。

「気持ち悪いとかないですか?」
「へーき」
「それならよかったです」

 最初に自分で試したときは、慣れない浮遊感がめまいに近い感じでどうも好きになれなかったのだが、ユールは大丈夫らしい。
 自分を取り囲むリントの魔法を見つめる彼の目は、子供のように輝いている。

 楽しんでもらえたなら披露した甲斐があったと1人悦に入っていると、確かめるように手足を動かしていたユールが唐突に口を開いた。

「不思議だね」
「何がですか?」
「転移の時と違って、魔力に直接触れてるせいかな。あったかくて優しい感じが流れてくるんだ。リントに抱きしめられてるみたい」
「だっ…!」

 思いもよらない台詞を吐かれ、リントは硬直した。
 同時に集中も途切れ、ユールを包んでいた魔力も霧散する。

「あれ、もう終わり?」

 こつん、とユールの靴が石造りの床に触れる音が響く。

「先輩が変な事言うからですよ!」
「素直な感想を言っただけなのに」

 ユールは名残惜しそうに手元を見つめていたが、あんな事を言われた後に、『もう一度かけましょうか』とは絶対に言えない。

 何となくにやついて見える顔に、不条理さを感じてしまったリントは少しばかり本音を口にした。

「…最近の先輩、なんだか意地悪です」
「リントの反応が可愛いから、つい。ごめんね」

 絶対悪いと思っていない。
 それがわかるのに、今日何度目かの『可愛い』にいつまで経っても慣れない自分を恨めしく思う。

「…ちょっと言ってみただけで、別に気にしてるわけじゃないですから」

 迷った挙句口から出た言葉は、かなり言い訳がましく、可愛気のないものとなってしまった。

 ユールは一瞬困ったような表情を浮かべたものの、リントの言葉に言及することなく魔法の話に戻っていく。

「ちなみに、さっきので飛べたりする?」
「飛べるというか、移動はできます。ただ、対象が大きいとそれだけ負荷がかかるので、ゆっくり歩いた時より遅いですね。高度も失敗したら生命いのちに関わるので、1mくらいまでしか試したことがないです」
「そっか」

 期待していたのだろう。
 少し寂し気な声が返ってきて、なんだか申し訳ない気分になる。

「あの、この魔法は『浮かせる』事が目的なので。『飛ぶ』魔法で私が使える術もあるかもしれませんから、今度ノエルに聞いてみますね」
「ノエル?」
「はい」
「……」

 急にユールの顔がおもしろくないと言わんばかりの顔に変わった。
 彼の表情の変化についていけてないリントの頭は疑問符だらけだ。

「…え、だって聞く相手なんて他にいないですよね?」
「そうじゃなくて。なんで呼び捨て?」
「それは、堅苦しいのは嫌いだって言われて」
「…そう」

 教えてもらっている相手に対して礼がなっていないと思われただろうか。
 口元に手を当て、眉根を寄せるユールの姿を見たリントは、彼の胸の内を想像する。

「俺の時は拒否したのに…」

 せめてユールの前では『さん』付けすればよかったと反省しているリントは、彼の呟きに気づけず、まさかそんな個人的な理由で機嫌を損ねたとは思ってもいなかった。
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