96 / 114
95.お試し
しおりを挟む
「そういえば、ノエルの授業2日後だよね」
午後の休憩時間、いつものように2人でお茶とお菓子を味わっている最中にユールが突然口にした話題は、思いもよらぬものだった。
嫌な予感がしたリントは、ユール相手に無駄だとわかりつつも、つい身構えてしまう。
「そうですけど、何かありました?」
「俺も行っていい?」
「えっ」
授業が楽しみなのはもちろん、やっとノエルに相談できると昨日から期待していただけに、ユールの言葉はリントを落ち込ませるには十分だった。
つい漏れたリントの否定的な声に、彼は取り繕うように慌てて言葉を続ける。
「行くっていってもすぐ帰るから。仕事もあるし、ノエルと少し話をするだけ。…練習してる所を見られるのは緊張するよね?」
こちらの出方を窺うように付け加えられた言葉に、本当は見たいのかもしれないと思いながらも、リントはありがたく便乗した。
「そうですね。まだお見せできる状態でもないですし。あ、でもこれなら」
昔覚えたものなら失敗もないだろうと、リントは集中力を高め、指先をユールへと向けた。
淡い緑に色付いた魔力が彼の元へ届き、足元からゆっくりと包み込んでいく。
「!浮いた」
「少しですけど」
失敗して落ちても痛くないよう、床からの距離は30cmも上げてない。
「気持ち悪いとかないですか?」
「へーき」
「それならよかったです」
最初に自分で試したときは、慣れない浮遊感がめまいに近い感じでどうも好きになれなかったのだが、ユールは大丈夫らしい。
自分を取り囲むリントの魔法を見つめる彼の目は、子供のように輝いている。
楽しんでもらえたなら披露した甲斐があったと1人悦に入っていると、確かめるように手足を動かしていたユールが唐突に口を開いた。
「不思議だね」
「何がですか?」
「転移の時と違って、魔力に直接触れてるせいかな。あったかくて優しい感じが流れてくるんだ。リントに抱きしめられてるみたい」
「だっ…!」
思いもよらない台詞を吐かれ、リントは硬直した。
同時に集中も途切れ、ユールを包んでいた魔力も霧散する。
「あれ、もう終わり?」
こつん、とユールの靴が石造りの床に触れる音が響く。
「先輩が変な事言うからですよ!」
「素直な感想を言っただけなのに」
ユールは名残惜しそうに手元を見つめていたが、あんな事を言われた後に、『もう一度かけましょうか』とは絶対に言えない。
何となくにやついて見える顔に、不条理さを感じてしまったリントは少しばかり本音を口にした。
「…最近の先輩、なんだか意地悪です」
「リントの反応が可愛いから、つい。ごめんね」
絶対悪いと思っていない。
それがわかるのに、今日何度目かの『可愛い』にいつまで経っても慣れない自分を恨めしく思う。
「…ちょっと言ってみただけで、別に気にしてるわけじゃないですから」
迷った挙句口から出た言葉は、かなり言い訳がましく、可愛気のないものとなってしまった。
ユールは一瞬困ったような表情を浮かべたものの、リントの言葉に言及することなく魔法の話に戻っていく。
「ちなみに、さっきので飛べたりする?」
「飛べるというか、移動はできます。ただ、対象が大きいとそれだけ負荷がかかるので、ゆっくり歩いた時より遅いですね。高度も失敗したら生命に関わるので、1mくらいまでしか試したことがないです」
「そっか」
期待していたのだろう。
少し寂し気な声が返ってきて、なんだか申し訳ない気分になる。
「あの、この魔法は『浮かせる』事が目的なので。『飛ぶ』魔法で私が使える術もあるかもしれませんから、今度ノエルに聞いてみますね」
「ノエル?」
「はい」
「……」
急にユールの顔がおもしろくないと言わんばかりの顔に変わった。
彼の表情の変化についていけてないリントの頭は疑問符だらけだ。
「…え、だって聞く相手なんて他にいないですよね?」
「そうじゃなくて。なんで呼び捨て?」
「それは、堅苦しいのは嫌いだって言われて」
「…そう」
教えてもらっている相手に対して礼がなっていないと思われただろうか。
口元に手を当て、眉根を寄せるユールの姿を見たリントは、彼の胸の内を想像する。
「俺の時は拒否したのに…」
せめてユールの前では『さん』付けすればよかったと反省しているリントは、彼の呟きに気づけず、まさかそんな個人的な理由で機嫌を損ねたとは思ってもいなかった。
午後の休憩時間、いつものように2人でお茶とお菓子を味わっている最中にユールが突然口にした話題は、思いもよらぬものだった。
嫌な予感がしたリントは、ユール相手に無駄だとわかりつつも、つい身構えてしまう。
「そうですけど、何かありました?」
「俺も行っていい?」
「えっ」
授業が楽しみなのはもちろん、やっとノエルに相談できると昨日から期待していただけに、ユールの言葉はリントを落ち込ませるには十分だった。
つい漏れたリントの否定的な声に、彼は取り繕うように慌てて言葉を続ける。
「行くっていってもすぐ帰るから。仕事もあるし、ノエルと少し話をするだけ。…練習してる所を見られるのは緊張するよね?」
こちらの出方を窺うように付け加えられた言葉に、本当は見たいのかもしれないと思いながらも、リントはありがたく便乗した。
「そうですね。まだお見せできる状態でもないですし。あ、でもこれなら」
昔覚えたものなら失敗もないだろうと、リントは集中力を高め、指先をユールへと向けた。
淡い緑に色付いた魔力が彼の元へ届き、足元からゆっくりと包み込んでいく。
「!浮いた」
「少しですけど」
失敗して落ちても痛くないよう、床からの距離は30cmも上げてない。
「気持ち悪いとかないですか?」
「へーき」
「それならよかったです」
最初に自分で試したときは、慣れない浮遊感がめまいに近い感じでどうも好きになれなかったのだが、ユールは大丈夫らしい。
自分を取り囲むリントの魔法を見つめる彼の目は、子供のように輝いている。
楽しんでもらえたなら披露した甲斐があったと1人悦に入っていると、確かめるように手足を動かしていたユールが唐突に口を開いた。
「不思議だね」
「何がですか?」
「転移の時と違って、魔力に直接触れてるせいかな。あったかくて優しい感じが流れてくるんだ。リントに抱きしめられてるみたい」
「だっ…!」
思いもよらない台詞を吐かれ、リントは硬直した。
同時に集中も途切れ、ユールを包んでいた魔力も霧散する。
「あれ、もう終わり?」
こつん、とユールの靴が石造りの床に触れる音が響く。
「先輩が変な事言うからですよ!」
「素直な感想を言っただけなのに」
ユールは名残惜しそうに手元を見つめていたが、あんな事を言われた後に、『もう一度かけましょうか』とは絶対に言えない。
何となくにやついて見える顔に、不条理さを感じてしまったリントは少しばかり本音を口にした。
「…最近の先輩、なんだか意地悪です」
「リントの反応が可愛いから、つい。ごめんね」
絶対悪いと思っていない。
それがわかるのに、今日何度目かの『可愛い』にいつまで経っても慣れない自分を恨めしく思う。
「…ちょっと言ってみただけで、別に気にしてるわけじゃないですから」
迷った挙句口から出た言葉は、かなり言い訳がましく、可愛気のないものとなってしまった。
ユールは一瞬困ったような表情を浮かべたものの、リントの言葉に言及することなく魔法の話に戻っていく。
「ちなみに、さっきので飛べたりする?」
「飛べるというか、移動はできます。ただ、対象が大きいとそれだけ負荷がかかるので、ゆっくり歩いた時より遅いですね。高度も失敗したら生命に関わるので、1mくらいまでしか試したことがないです」
「そっか」
期待していたのだろう。
少し寂し気な声が返ってきて、なんだか申し訳ない気分になる。
「あの、この魔法は『浮かせる』事が目的なので。『飛ぶ』魔法で私が使える術もあるかもしれませんから、今度ノエルに聞いてみますね」
「ノエル?」
「はい」
「……」
急にユールの顔がおもしろくないと言わんばかりの顔に変わった。
彼の表情の変化についていけてないリントの頭は疑問符だらけだ。
「…え、だって聞く相手なんて他にいないですよね?」
「そうじゃなくて。なんで呼び捨て?」
「それは、堅苦しいのは嫌いだって言われて」
「…そう」
教えてもらっている相手に対して礼がなっていないと思われただろうか。
口元に手を当て、眉根を寄せるユールの姿を見たリントは、彼の胸の内を想像する。
「俺の時は拒否したのに…」
せめてユールの前では『さん』付けすればよかったと反省しているリントは、彼の呟きに気づけず、まさかそんな個人的な理由で機嫌を損ねたとは思ってもいなかった。
0
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる