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2 始まりの日ニ

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「あら楽しみだわ。どこでお知りになったの?」
「友人の店なんだ。彼のデザインはとても繊細で美しくて…アレネにつけて欲しい」

さらりと答えた中に店への信頼が感じ取れる。
店に着くと彼は親しげに声を店主に声をかけた。

「ジュード、今日はすまないな」
「ヴァンの頼みとあればもちろん、どんなものでも用意するよ。こちらのご令嬢が君の自慢の婚約者殿かい?」
「ああ。アレネ=フォーエン公爵令嬢だ。彼女に似合う指輪を作りたい」

私が微笑んで会釈すると、ジュードと呼ばれた店主は驚いたように、しばらく私を見つめた後、にこりと笑った。

「もちろんだよ。ところで彼女に私を紹介してくれないのか?」

からかう口調で催促されたヴァンは、苦笑を浮かべながら私に彼を紹介する。

「俺の友人で、ジュエリーデザイナーのジュード=ヘブンスだ。彼の作品はとても美しい…それと美しい女性を見れば口説かずにはいられない人間だから気をつけて」
「美を愛する私にとっては当然のことだ」

二人の軽口を聞きながら私は、ふと疑問に思ったことを口にしていた。

「ヘブンス?」

その一言でジュードがしまった、と言う表情をする。言い訳するようにヴァンは私に事情を話した。

「ヘブンス公爵家の三男なんだ。貴族の格式ばったやりとりに嫌気がさして逃げ出したらしい。あまり虐めないでやってくれ」

その言葉に私もジュードも思わず笑ってしまう。場を和ますのもヴァンの特技の一つだ。私はジュードに向き直ると不用意な一言を詫びた。

「ジュード様、失礼しました。ヴァンのご友人としてどうぞよろしくお願いいたします。」
「アレネ様、私に敬称は不要です。こちらこそお気遣い感謝いたします。
ところで本日はどのようなものをお探しですか」

問われた私は言葉に詰まる。先ほど聞かされたばかりで、欲しい指輪など全く考えていなかった。

「石は彼女の瞳に合わせた色のもので。モチーフは蝶。デザインは任せるがシルバーで頼む。」
 
ちらりと伺うようにこちらを見つめてきたヴァンと目が合う。

「なんだ、お前が決めるのか」

それを意に介した様子もなく、ジュードは揶揄う口調でヴァンに答えた。その言葉にヴァンはさっと顔を赤らめる。それでジュードには何か分かったらしい。お前らしいな、と呟くとジュードは私に向き直り、にやりと笑った。

「アレネ様。ヴァンの要望通りのものでよろしいでしょうか?」

訳も分からないまま頷くと、ジュードは笑顔のまま続けた。

「自分の贈りたい指輪があなたの趣味に合うか心配したのですよ。気に入らないようであれば、すぐにあなたの希望を聞けるようにあなたを連れてきたのでしょう。」
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