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第一章 4月
お姉さまが欲しかったもの ★11★
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「ほら、結局上手く言ったでしょう」
「まだ全部が上手くいくか分かりませんよ」
「分かるわよ。有沢さんは素直で良い子だもの。緋村さんが入れば上手くいくわ」
その言い方に、柚鈴は疑問を持った。
「志奈さんは陸上部部長のことご存知なんですか?」
「知ってるわよ。有沢さんは緋村さんのペアになる前まではよく『偶然ですね』って声を掛けられてお話をしたもの。そのついでに手紙だって貰ったことがあるわ」
「え」
助言者が出来るまで『偶然』?
それに手紙?
どこか含みのある言い方に引っかかって考え込む。
それがどんな場所だったかは分からないが、そんな期間限定の偶然なんて起きるのだろうか?
そこはかとなく作為的なものを感じて志奈さんを見た。
「私は全生徒のお姉さまだったらしいからね。色んな子の偶然に出会って来たわ」
志奈さんは柚鈴の考えを肯定するような言い方でにっこり笑う。
察するに、どうやら有沢部長は志奈さんのファンだったということになる。
これは予想外だった。そういうこともあり得るという発想が欠落していたようだ。
いや、私の知ってる志奈さんだと、どうもそういう予想をしがたい。
高等部での志奈さんは、ちょっと違う一面を持っていたのではないかと、思い始めていた。
「志奈さんは有沢部長のこと、どう思っていたんですか?」
なんとなく聞くと、志奈さんは、うーんと少し考えた。
「気にはしていたわよ。でも他の子と同じくらい」
あとはもうケーキの方が気になると言った様子で。もう一口食べてから、なんとも幸せそうに微笑んだ。
な、なんか薄情な人だ。
そう思った柚鈴の目線に気づいたらしい。少し反省したような顔をしてみせた。
「彼女は緋村さんのペアになって、本当に成長したのよね。私を追っかけていた頃より、その後のほうが本当に素敵な生徒になったんだもの」
志奈さんは思い出すように言ってから、ふふっとわらった。
「生徒会長なんてつまらないわ。追いかけてきた生徒もペアを持つとみんなそっちに夢中になる。そして今までにないくらい輝き出すの。助言者制度でペアを持った子たちは沢山見せつけてくれたのよ。本当、羨ましいと思ったわ」
「羨ましかったんですか?」
「ええ。羨ましかった」
どこか寂しそうに言ってから、志奈さんはケーキを食べ進める。
しばらくして志奈さんはハッとしたように手を止め、カチャンとフォークを皿の上に置いた。
「あぁ!しまった。苺を食べちゃった。取っておいたら、柚鈴ちゃんにまた食べて貰えたかもしれないのに!」
見れば確かに志奈さんのケーキに苺は乗ってない。
志奈さんは本当にショックだったらしく、頭を抱えてしまっている。
「苺、好きなんでしょう?別にいいじゃないですか」
「好きよ!好きだけど、こんなチャンスめったにないのに」
美人も台無しな姿の志奈さんに、柚鈴は呆れたようにため息をついた。
仕方ないなぁ。
志奈さんのフォークを手に取った。それから残ったショートケーキを、小さく一口分取る。
気付いた志奈さんが顔をあげると同時くらいに、柚鈴は自分の口に運んで食べた。
「甘っ」
思わず眉を潜めると、志奈さんはキョトンとしてこちらを見ている。
柚鈴は志奈さんを諭すように言った。
「別にシェアするだけなら、苺じゃなくても出来ますよ」
「でも、柚鈴ちゃん。甘いの好きじゃないでしょう?」
「そうですよ。でもたまには、好きじゃないものもシェアしたって良いんじゃないですか?」
そう言ってから。
浮かんだ言葉をそのまま言うのが非常に恥ずかしい気がしたが、勢いのまま、口に出した。
「一応、姉妹なんですし」
ぱっと志奈さんが明るい顔になる。
「そうね」
その大きな瞳がキラキラしていて、直視するのは少し辛い。
しかし言ったものは仕方ない。
そして、言いたい気持ちになったから、それも仕方ないのだ。
お姉ちゃん、お姉さん、お姉さま。
『志奈さん』以外で、この人のことをなんと呼ぶのが一番抵抗ないか考えながら、柚鈴はコーヒーを飲んだ。
甘味の後のコーヒーの苦さは意外と好きかもしれない。
そんなことを思いながら。
「まだ全部が上手くいくか分かりませんよ」
「分かるわよ。有沢さんは素直で良い子だもの。緋村さんが入れば上手くいくわ」
その言い方に、柚鈴は疑問を持った。
「志奈さんは陸上部部長のことご存知なんですか?」
「知ってるわよ。有沢さんは緋村さんのペアになる前まではよく『偶然ですね』って声を掛けられてお話をしたもの。そのついでに手紙だって貰ったことがあるわ」
「え」
助言者が出来るまで『偶然』?
それに手紙?
どこか含みのある言い方に引っかかって考え込む。
それがどんな場所だったかは分からないが、そんな期間限定の偶然なんて起きるのだろうか?
そこはかとなく作為的なものを感じて志奈さんを見た。
「私は全生徒のお姉さまだったらしいからね。色んな子の偶然に出会って来たわ」
志奈さんは柚鈴の考えを肯定するような言い方でにっこり笑う。
察するに、どうやら有沢部長は志奈さんのファンだったということになる。
これは予想外だった。そういうこともあり得るという発想が欠落していたようだ。
いや、私の知ってる志奈さんだと、どうもそういう予想をしがたい。
高等部での志奈さんは、ちょっと違う一面を持っていたのではないかと、思い始めていた。
「志奈さんは有沢部長のこと、どう思っていたんですか?」
なんとなく聞くと、志奈さんは、うーんと少し考えた。
「気にはしていたわよ。でも他の子と同じくらい」
あとはもうケーキの方が気になると言った様子で。もう一口食べてから、なんとも幸せそうに微笑んだ。
な、なんか薄情な人だ。
そう思った柚鈴の目線に気づいたらしい。少し反省したような顔をしてみせた。
「彼女は緋村さんのペアになって、本当に成長したのよね。私を追っかけていた頃より、その後のほうが本当に素敵な生徒になったんだもの」
志奈さんは思い出すように言ってから、ふふっとわらった。
「生徒会長なんてつまらないわ。追いかけてきた生徒もペアを持つとみんなそっちに夢中になる。そして今までにないくらい輝き出すの。助言者制度でペアを持った子たちは沢山見せつけてくれたのよ。本当、羨ましいと思ったわ」
「羨ましかったんですか?」
「ええ。羨ましかった」
どこか寂しそうに言ってから、志奈さんはケーキを食べ進める。
しばらくして志奈さんはハッとしたように手を止め、カチャンとフォークを皿の上に置いた。
「あぁ!しまった。苺を食べちゃった。取っておいたら、柚鈴ちゃんにまた食べて貰えたかもしれないのに!」
見れば確かに志奈さんのケーキに苺は乗ってない。
志奈さんは本当にショックだったらしく、頭を抱えてしまっている。
「苺、好きなんでしょう?別にいいじゃないですか」
「好きよ!好きだけど、こんなチャンスめったにないのに」
美人も台無しな姿の志奈さんに、柚鈴は呆れたようにため息をついた。
仕方ないなぁ。
志奈さんのフォークを手に取った。それから残ったショートケーキを、小さく一口分取る。
気付いた志奈さんが顔をあげると同時くらいに、柚鈴は自分の口に運んで食べた。
「甘っ」
思わず眉を潜めると、志奈さんはキョトンとしてこちらを見ている。
柚鈴は志奈さんを諭すように言った。
「別にシェアするだけなら、苺じゃなくても出来ますよ」
「でも、柚鈴ちゃん。甘いの好きじゃないでしょう?」
「そうですよ。でもたまには、好きじゃないものもシェアしたって良いんじゃないですか?」
そう言ってから。
浮かんだ言葉をそのまま言うのが非常に恥ずかしい気がしたが、勢いのまま、口に出した。
「一応、姉妹なんですし」
ぱっと志奈さんが明るい顔になる。
「そうね」
その大きな瞳がキラキラしていて、直視するのは少し辛い。
しかし言ったものは仕方ない。
そして、言いたい気持ちになったから、それも仕方ないのだ。
お姉ちゃん、お姉さん、お姉さま。
『志奈さん』以外で、この人のことをなんと呼ぶのが一番抵抗ないか考えながら、柚鈴はコーヒーを飲んだ。
甘味の後のコーヒーの苦さは意外と好きかもしれない。
そんなことを思いながら。
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