拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、体育祭です! 16 ~前田光希~

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スタートを切るピストルの音が鳴った。

光希の願いが通じたのか、序盤のレースは薫の属する赤組が出遅れ、白組、黄組の順でリード。
しかも第二走者から第三走者へと渡る際、赤組はバトンミス。これでさらに大きな差が開く結果になる。
何してるのよ!バトンパスなんて致命的でしょう?
性分なのか何なのか、敵チームであっても陸上競技でのミスを喜べない光希は、思わず赤組の失敗に息を飲んでしまう。
この本番の舞台で結果を出せない苦しみをスランプを経験して誰よりも理解しているからかもしれない。

思わず縋るような気持ちなってしまい、アンカーとして待っている薫に視線をやった。
だが薫は特に何か感じている様子でもない。見ていなかったわけでもないだろうに何事もなかったようにトントンとかるく足の先で地面を叩いて、自分の番を待っている。

光希は、その冷静さにムッとなった。
これである。
自分と高村薫の違い。
勝負事に熱くなってるのはもしかしたら変わらないのかも知れないが、高村薫はいつもどこかマイペースなのだ。
そのくせ、その瞳は滾る闘志のようなものでキラキラ輝いているのも知っている。
つまり魅力的なのだ。
だからメンティにしたかったのに、ちっとも懐かない。反抗的で全く可愛くない。

勝負はいよいよ第四走者に移った。
順番が入れ替わり黄組がトップとしてバトンを渡し、次に白組。
その後の大きくついた紅組との差は、ここではそのまま流れていく。

そしてとうとう赤組のバトンを持った選手が薫と近づいた。
思わず光希にも緊張が走る。

薫は気負った様子はない。

受け取るためのポーズから走り出し。
そして受け取ってからの加速で、ぐんと伸びるように飛び出した。
いつも通りの流れるような薫の動きを、光希は誰よりも注目してしまっている。
だから気付いた。

グラウンド中で、この競技を見つめているあちこちからの目線が、吸い寄せられるように薫の走りに視線を寄越すのを。
どこか力任せで雑さを感じるが美しいフォームで、他の選手と違う流れを走っているだ。前の選手との距離があっという間に縮まる。
見ているだけで鼓動が強くなってしまう、息を飲むような迫力。
かっこいい、と誰かが近くで悲鳴のように声を上げるのが聞こえた。

んなこた、知ってる。
高村薫はかっこいい。陸上部の部長の家系に誰よりも相応しい。だからペアになりたいと思ったのだ。助言者には自分がなりたい。諦めるつもりは今だって全くない。
不満げな視線を高村薫に送りつつ、光希は無意識に拳を握りしめた。
それはまるで応援しているようにも見えるが本人はそこまで頭が回ってない。

どんどんと走りは加速していく。400mもあるなら、薫には大したハンデにはならないのかもしれないと思わせる。
スタミナなど気にしなくてもいい、ちょうど良い距離ではないかと。
声援の中、白組の選手を追い抜き、そのままゴールの前の最後のコーナーで、先頭を走っていた黄組の選手を追い抜く。
まだ余裕があるのだろう、ちらりと抜いた横を振り返って微かに笑ったのも分かる。

一着でのゴールに湧き上がる歓声の中、光希は釣られて声を上げかけて慌てて口を閉ざした。
それをしてしまったら、うまく言えないが負けを認めたようなものな気がする。それはいけない。

惜しみない拍手に軽く手を上げて答える薫の姿が絵になっていて、苦々しく感じながら腕を組んだ。

絶対、私のメンティにしてやるんだから。
そう決意を固め直した。

あの高村薫に『お姉さま』と呼ばせることこそが光希の目標。
自分以外の果たして誰がそれをなすと言うのだろうか。
そんなことを考えている自分自身が、気持ちが昂り、冷静さを全く失くしているいるということに、全く気づいてはいなかった。
やる気だけが空回ると結果が出ない。
それが光希の中々治らないクセなのだった。
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