柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 18】

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 ルーシーに向かって、なんと汚い言葉を使うやつであろうか。
 って言うか、おまえのような危険極まりないやつが、どうしてリードを外してもらってるんだよ。
 人間に危険を及ぼさなければ、この公園はリードを外してもいいことになってはいるが、おまえは我らにとって危険なんだからな。
 まったく、野獣を野に放っているようなものだ。

「ごきげんよう。ビトーさん」

 ルーシーは、野獣でも隔てなくやさしい返事を返す。
 だけれど、こいつにだけは、やさしくしてほしくはない。

「このいい天気に、こんな腑抜けたやつとデートかい?」

 ドン・ビトーが、馬鹿にした眼で吾輩を見やる。

 むむッ、腑抜けたやつとはなんだ……。
 おまえなんて、おまえなんて……。
 うッ、くそ、胸がスカッとするような罵倒の言葉が見つからない……。

 とは言え、罵倒する言葉が見つかったとしても、口にすることはできるわけがない。
 胸には、鬱憤(うっぷん)が溜まっていくばかりだ。

「こんなやつとじゃなくて、俺とデートをしないか」

 ドン・ビトーが、ギガムカつく台詞を吐く。

 むむむッ、ふざけるな……。
 ルーシーがおまえとデートなどするもんか……。
 彼女は吾輩を誘ったのだ……。
 第一、 おまえの出る幕などない。引っこんでろ!

 大きな声で、そう言ってやりたい。
 だが、そう言える度胸など、我輩には微塵もない。

(ま、どうせ断られるのが関の山だろうがな……)

 すると、

「ええ、いいわよ」

 ルーシーはさらっとそう答えた。

 ハハハ、どうだ参ったか……。
 ざまあみろ! 
 って、え? 
 誘いを受けた? 
 デートしちゃうのかよ!

 そうツッコミたくともツッコめない。

「そうかそうか、やっぱり俺のほうがいいか。そりゃそうだよな。ゴン太のようなチンケなやつより、俺のほうがいいに決まっている。ゴン太よ、そういうことだ。おまえは、あそこのマルチーズの小娘とでもデートをつづけな」

 ドン・ビトーは、見下すように鼻で笑った。

 うぐぐッ、なぜだ……。
 なぜなんだ、ルーシー……。

 吾輩はとたんにうなだれた。
 やはり、ルーシーのような美犬が、吾輩のような柴犬に好意を持つはずなどないのだ。
 ドン・ビトーがどんなに嫌なやつで、獰猛かつ傲慢で薄汚くて、脳タリンでアンポンタンであっても、彼はドーベルマンだ。
 顔立ちや身体つきも、すべてが吾輩とは違いすぎる。
 吾輩はアッパー・パンチを打ちこまれて、一発でKOされた気分だった。

「じゃ、行こうか、ルーシー」

 その言葉が胸を刺す。

(あァ、ルーシー、君は行ってしまうんだね……)

 吾輩は打ちひしがれる。
 と、

「勘違いしないで、ビトーさん」

 ルーシーがそう言った。

「ん? なにがだ」

 ドン・ビトーは意味がわからず、訊き返す。

「私はなにも、いま、あなたとデートをすると言ったわけではないわ」

 オオ、この展開は……。

「どういうことだ」

 ドン・ビトーは、さらに訊き返す。

「私とデートをしたいなら、マネージャーにアポイントを取ってからにしてくださらない? その上でなら、いつでもお誘いを受けるわ。とは言っても、私のスケジュールは、三年先までいっぱいですけれど」

 いいぞ、ルーシー……。

 吾輩はワクワクした。

「マネージャーにアポイントだ? おまえ、俺を舐めてるのか」
「あら、私はあなたを舐めるほど、悪趣味ではないわ」
「な、なに! てめえ、少しばかりいい女だからって、ふざけた口を利きやがると、ただじゃすまねえぞ!」

 ドン・ビトーは、鋭い牙を覗かせて威圧をかけてきた。
 だがルーシーは、その威圧に負けたりはしない。

「まァ、キレてるの? ドンと呼ばれるほどのあなたが、女を相手にキレるなんて噂とずいぶん違うのね。噂では、あなたはとても寛大で、強気をくじき弱きを助け、そして物わかりのいい方だと聞いているのに、まさか女に牙を向けたりなんてしないわよね」
「あ、いや、そりゃあ、その……、そ、そうさ。俺はとても寛大で、強気をくじき弱気を助ける男だよ。女に牙を向けるどころか、手をあげる、いやいや、前脚をあげるなんてことをするわけがねえ」

 ドン・ビトーは気圧されて、身を一歩退くと、

「お、あそこに、俺を呼んでるやつがいるな。ということで、デートはまた今度だ。ルーシー、ゴン太。なにか困ったことがあったら、いつでも相談に乗るぜ。じゃあな」

 そそくさと、その場を離れていった。
 俺を呼んでるやつがいる、などと言っていたが、そんなやつが1匹たりともいるわけがないのはわかっている。
 事実、ドン・ビトーが行った先に眼をやれば、彼は草むらをやたらと嗅ぎまわっているだけであった。
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