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【Episode 39】
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「ゴン太、お待たせ!」
奈美は吾輩の首に手を回し、首輪から紐を外した。
『はい、待ちました。嫌ってほど待ちましたよ。それで、サラは?』
「まさかよねえ」
奈美が、ふと、そう洩らした。
『まさかよねえって、そんな、まさか……』
吾輩は愕然とした。
(サラが……、あのサラが……、死んだなんて、嘘だろ……)
「サラがね、仔猫を三匹も産んだのよ、ゴン太。もう、すごく可愛いんだから」
『そうですか。あのサラが――って、え? 仔猫を三匹も産んだ? じゃ、病気にかかって死んだわけではないんだ。なんだ、そうか。よかった』
吾輩はほっとし、とたんにうれしくなって飛び跳ねた。
「あ、こら、ゴン太! 散歩に行くのがうれしいのはわかるけど、まだリードがついてないんだから、暴れないで!」
『だって奈美。サラが病気じゃなかったんだよ。君も歓べよ』
奈美がなんとか首輪にリードを取りつけて、いざ散歩と相成った。
門を出ると、吾輩はずんずん進んだ。
サラが病気ではなくて、ほんとによかった。
一時は哀悼の弁を、真剣に考えようと思ったほどだ。
あの蛙の先生の死を悼んだばかりだというのに、それをサラまで喪(うしな)っていたら、もうとことんヘコみまくっていたことだろう。
それにしても、サラが丸太のように肥って見えたのは、胎内に子供がいたからだったとは驚きである。
それなのに吾輩は、知らなかったとはいえ、ほんとうにデリカシーのないことを言ってしまった。
そんな自分が、なんとも恥ずかしい。
男犬らしく、ここはきちんと謝罪を入れるべきだ。
とはいえ、どうしてひとこと言ってくれなかったのか。
それなら吾輩も、よけいな心配をしなくてすんだのだ。
水臭いとはこのことだ。
何にしても、仔猫が産まれたということはおめでたい。
これでサラも母親になったのであるから、心から祝福をする。
(仔猫が三匹か。サラに似て可愛いのだろうな……)
サラは憎たらしい天敵ではあるが、なかなかどうしてチャーミングなのである。
その遺伝子を受け継いだ仔猫たちなのだから、可愛くないはずはない。
だが待て。
となると、サラの相手はどこのどいつだ。
吾輩に紹介もせずに、いつの間にそんなことになっていたのか。
兄のような存在の吾輩に、事の顚末を話さぬとはなんとも水臭い。
種族は違えど、家族ではないか。
(うむ……)
とは言っても、そんなことはどうでもいいことではあるが。
「やあ、ベン。元気か?」
鈴木家の前に来て、吾輩は犬小屋で不貞寝をしているベンに声をかけた。
ベンは眼だけを向ける。
「元気に見えるか?」
ベンがふてくされたように、そう返す。
「いや、まったく」
「だったら訊くな」
「なんだ。今日もひとりで留守番か」
「うるさい。ほっとけ」
虫の居所が悪いところをみると、どうやら図星らしい。
「そう言うおまえは、なんかうれしそうだな。なにかいいことでもあったか」
「うん。実は、サラが仔猫を三匹も産んだんだよ」
「サラ? ああ、おまえのところの、あのメス猫のことか。そう言えば二ヵ月ちょっと前、ウチの裏のほうでサカリの真っ最中だったな。なんだ、もう産まれたのか」
「なに? それで、その相手はどんなやつだった」
「そんなの知るか。猫のサカリに興味はねえよ」
「なんだよ、役立たずな犬だな」
「なんだと? もういっぺん言ってみろ!」
「いっぺん言えば充分だよ。ってことで、おまえのぶんも散歩してきてやるよ」
吾輩はさっさと鈴木家をあとにした。
奈美は吾輩の首に手を回し、首輪から紐を外した。
『はい、待ちました。嫌ってほど待ちましたよ。それで、サラは?』
「まさかよねえ」
奈美が、ふと、そう洩らした。
『まさかよねえって、そんな、まさか……』
吾輩は愕然とした。
(サラが……、あのサラが……、死んだなんて、嘘だろ……)
「サラがね、仔猫を三匹も産んだのよ、ゴン太。もう、すごく可愛いんだから」
『そうですか。あのサラが――って、え? 仔猫を三匹も産んだ? じゃ、病気にかかって死んだわけではないんだ。なんだ、そうか。よかった』
吾輩はほっとし、とたんにうれしくなって飛び跳ねた。
「あ、こら、ゴン太! 散歩に行くのがうれしいのはわかるけど、まだリードがついてないんだから、暴れないで!」
『だって奈美。サラが病気じゃなかったんだよ。君も歓べよ』
奈美がなんとか首輪にリードを取りつけて、いざ散歩と相成った。
門を出ると、吾輩はずんずん進んだ。
サラが病気ではなくて、ほんとによかった。
一時は哀悼の弁を、真剣に考えようと思ったほどだ。
あの蛙の先生の死を悼んだばかりだというのに、それをサラまで喪(うしな)っていたら、もうとことんヘコみまくっていたことだろう。
それにしても、サラが丸太のように肥って見えたのは、胎内に子供がいたからだったとは驚きである。
それなのに吾輩は、知らなかったとはいえ、ほんとうにデリカシーのないことを言ってしまった。
そんな自分が、なんとも恥ずかしい。
男犬らしく、ここはきちんと謝罪を入れるべきだ。
とはいえ、どうしてひとこと言ってくれなかったのか。
それなら吾輩も、よけいな心配をしなくてすんだのだ。
水臭いとはこのことだ。
何にしても、仔猫が産まれたということはおめでたい。
これでサラも母親になったのであるから、心から祝福をする。
(仔猫が三匹か。サラに似て可愛いのだろうな……)
サラは憎たらしい天敵ではあるが、なかなかどうしてチャーミングなのである。
その遺伝子を受け継いだ仔猫たちなのだから、可愛くないはずはない。
だが待て。
となると、サラの相手はどこのどいつだ。
吾輩に紹介もせずに、いつの間にそんなことになっていたのか。
兄のような存在の吾輩に、事の顚末を話さぬとはなんとも水臭い。
種族は違えど、家族ではないか。
(うむ……)
とは言っても、そんなことはどうでもいいことではあるが。
「やあ、ベン。元気か?」
鈴木家の前に来て、吾輩は犬小屋で不貞寝をしているベンに声をかけた。
ベンは眼だけを向ける。
「元気に見えるか?」
ベンがふてくされたように、そう返す。
「いや、まったく」
「だったら訊くな」
「なんだ。今日もひとりで留守番か」
「うるさい。ほっとけ」
虫の居所が悪いところをみると、どうやら図星らしい。
「そう言うおまえは、なんかうれしそうだな。なにかいいことでもあったか」
「うん。実は、サラが仔猫を三匹も産んだんだよ」
「サラ? ああ、おまえのところの、あのメス猫のことか。そう言えば二ヵ月ちょっと前、ウチの裏のほうでサカリの真っ最中だったな。なんだ、もう産まれたのか」
「なに? それで、その相手はどんなやつだった」
「そんなの知るか。猫のサカリに興味はねえよ」
「なんだよ、役立たずな犬だな」
「なんだと? もういっぺん言ってみろ!」
「いっぺん言えば充分だよ。ってことで、おまえのぶんも散歩してきてやるよ」
吾輩はさっさと鈴木家をあとにした。
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